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鬼覇ノ王眼  作者: 袖山静鹿
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王の眼

 

 海月と陸人が、Elixirに訪れる数分前のこと。

 Elixirへ訪れる際、遠回りするようシャーペットから連絡が来ていた。空人はそれに従って遠回りした。尾行を対策だったのだが、彼女の思惑を空人は知らない、もちろん尾行されていたことも知らない。

 一緒に行ってくれればいいのに、と内心思っていた。

 

 空人がElixirに訪れた理由は、事務所がこの店の地下だからだ。

 コーヒーショップの横にある階段を下る。突き当りに古びた扉がある。冷たい金属のドアノブを握る。開かない、というよりも見た目より重かった。空人は肩を押し当て、扉を押し開ける。力んで吐息交じりの声が漏れる。

 扉が開いて、「ごめんください」と控えめに言った。

 バーカウンターには栗色の髪をした男と、ブロンド色の長髪の女がいた。二人はカウンターに身体を預け、腕を枕にして寝ていた。音に反応したように、緩慢な動作で空人の方を振り向いた。その顔は眠そうで、ひどく気だるげだ。


「まだこの店はオープンしてないぜ。坊や」

「帰りな。坊や」男に続いて女も口を開く。

「あの、白氷さんにここへ来るようにと……」

「ハクヒョウ?」

 二人は首を傾げた。一拍置いて瞠目し勢いよく立ち上がった。立ち上がった弾みで椅子が倒れ、激しく床に叩きつけられた。


 空人は気圧され退る。二人は破顔していた。

「ああ、君がフライングバードボーイだね」

「フライングボーイ……」

 空人は微苦笑を浮かべた。

「シャーペットちゃんが言うとおり弱そうだなー。まあ気にするな。ウルヴェルトに鍛えてもらえばいい」

「強く生まれ変わるんだね」

 どうでもいいことで二人は心を抉る。

「それはそうと、俺はニックだ。よろしくな」

 ニック白い歯をのぞかせて、グッドのハンドサインをした。

「私はニコール。ニコって呼んでね」

 ニコは両手をグッドサインした。


 二人同時に空人に手を差し出した。空人は戸惑い躊躇ったが両手を差し伸べ、二人の腕を掴んだ。

 よろしく、と二人が言うと、空人の腕がサーファーなら、喜びそうなほどのビッグウェイブと言わんばかりに波打った。


 抑揚のない女の声がした。

「二人とも早く案内して」

 カウンター奥にある厨房から、シャーペットが顔を覗かせていた。


「あ、はい」と二人は声を揃えた。意気消沈していた。


 空人が厨房へ入ると、二人が煌々と輝いた眼差しを空人へ向ける。

「じゃあ、またな少年」

「元気でな。少年」

 二人は隠し扉へ入る空人を見て、目に涙を浮かべていた。口にはハンカチを咥えていた。もう会えない友人を見送るように彼を見ていた。隠し扉が閉まるまで、二人はずっと彼を見ていた。

 空人は苦笑いを浮かべた。


 空人とシャーペットは、地下室への階段を下る。

「あの人たち変わってるね」

「そうね、うるさくて仕方ないわ」

「あの人たちも仲間なの?」

「仲間というか――いわば見張りというか……表の顔役ね」

「表の顔?」

 空人は首を傾げた。

「そう。私たち吸血鬼が表立って活動するのは危険でしょう? 言わば窓口よ」

「窓口か。でも、あの人たちで大丈夫なの?」

「ああ見えて、意外としっかりしてるのよ。あなたよりはよっぽど役に立つわね」

 空人は苦笑いした。


 階段を下って長い廊下が続いている。階段のすぐそばにある扉。廊下を挟むように設置された扉のうち、右手にある扉にシャーペットは入っていった。空人も追従する。


「空人君。いらっしゃい。僕たちの事務所へ」

 ギルバートの声だ。しかし姿は見えない。というよりも目の前の光景が衝撃的で、目を離すことができなかった。

 空人の目に飛び込んだのは、白いエプロン姿の巨大なゴリラだった。二度見、三度見した。目も擦った。自分を疑った。しかし、それは現実だった。白いエプロンの巨体はウルヴェルトだ。三角頭巾まで被って掃除をしている。

 恐ろしく手慣れた手さばきだ。武道の型をやっているかのように、無駄がなく、しなやかな体さばきでこなしている。空人は呆然とした。


 空人が通された部屋は、日当たりが良く白い壁が際立っていた。凡そ五十平米ほどの開けた部屋には、真っ赤なカーペットが敷かれ、その上に客間用の茶色い皮革のソファとガラスのテーブルが置かれている。どれも埃一つない。

 その向こうに、少し間隔を隔てて、高級そうな木製の机が設置されている。その上にはパソコンが置かれている。その向こうからギルバートが、ひらひらと手を振っていた。


「こんにちは」

 空人は硬い表情で言った。

「まあ、そう身構えないでくれよ。ここはもう君のオフィスでもあるんだからさ」

「ええ、はい」

 緊張と言うのは何か少し違っていた。依然としててきぱきと掃除を続けるウルヴェルトが視界にちらちら入り、気が持っていかれる。


「さて、突然だが君が君の命を守れるよう、戦う術を教えようと思う」

 空人はギルバートへ視線を戻す。

「……やはり戦わないといけませんか?」

  ギルバートは黙って頷いた。

「……それは、この眼と関係していますか」


 ギルバートは鼻からを吐き、口を開きかけた。

「龍の眼」空人が言った。


 ギルバートの柳眉がピクリと動く。

「知っていたのか」


 空人は頷く。

「今日は訊きたいことがいくつかあるんです。教えたください。この眼は一体何なんですか」


 ギルバートは目を細めた。

「龍の眼――別名、王の眼」


「王の眼?」


 ギルバートは頷いて話を続ける。

「その名のとおり王がもつ眼だ。その目をもつ者は、次期吸血鬼の王――吸血鬼を統べる者となる権利を持っている」


 空人の口がわななく。

「……吸血鬼の王、そんなの、僕には関係ありませんよ」


「そうは言えない」

 ギルバートは抑揚のない声で言った。

「龍の眼を保有する吸血鬼は、百年に一度の周期で全世界に現れ、最後の一人になるまで戦い続けなければならない。そうして最後に残った一人が吸血鬼の王となる」


「なら、僕は逃げます。どこまでも逃げます」

「それは無理だ」ギルバートは即答する。

「龍の眼を持つ吸血鬼は、不思議と引力の様なもので引かれあい、必ず戦う運命を辿ることになる」


「じゃあ、僕はどうすればいいんですか?」


「希望となるかはわからないが、こういう話もある。戦いを勝ち抜き王になったものは、何でも好きな願い事を叶えることができるという。それはこの世の理を超えたことも叶えることができるらしい」


 空人は顔を上げる。

「人に戻ることもできるんでしょうか」


「理を超えたことでも叶う、のであれば可能だろう。王になる気があるのなら、戦う術は必要不可欠だと思う。――この二百年ほど王座は空席らしく、当然二百年戦い続けている者もいる。当然生き残りは猛者ばかり」


 空人は腕を垂らしたまま拳を握る。

「それでも、まだ決心はできません」


「だよねー」

 ギルバートは、椅子に勢いよく凭れて笑う。途端にその場の緊張した空気が霧散した。

「俺が空人君の立場なら無理だもん。君に戦う決意ができたら、また言ってよ。今は生存できる方法だけ教えるからさ」


 空人は苦笑いを浮かべる。

「どうして、見ず知らずの僕にそこまで」


「君は知り合った人間を見殺しにできるのかい?」


 空人は黙る。


「人は距離が遠いと無関心になったり、攻撃的になったりする。テレビや、SNSの向こう側の人間とかね。でも僕は目の前にいる人くらいは助けたいんだよ。それだけさ」


「すごいです。ギルバートさんは、とても僕にはできません」


「君は大切な者を失ったことがないから」ぼそりと言った。


 え、っと空人は聞き返す。ギルバートは微笑んで何でもないよ、と誤魔化した。


「ところで他にも聞きたいこと、あるんじゃないの? 訓練はそのあと始めよう」


 空人は眉尻を掻く。わだかまりを残ったままだった。

「あ、はい――実は吸血鬼になって初めて太陽を浴びた時、身体が燃え上がるような幻覚を見たんです。でも、次に陽を浴びた時には何ともなくて……」


「それも龍の眼の特殊能力みたいなものだね」


「というと?」


「龍の眼をもつ者は、自分の最期を見ることができる。そう言われている」


 体全身が震え、開く口がわななく。

「僕は、焼けて死ぬんでしょうか」


「君がそんな幻覚を見たのなら、そうかもしれないね」


「この運命を変えることは」


ギルバートは首を横に振る。

「正直に言うと、僕にはわからない」


「そんな……日光に焼けて死ぬんでしょうか」空人は後退る。


「吸血鬼が日光に焼けて死ぬことはほとんどない。君も日光を浴びた時、身体が気だるくなっただけだったろう?」


空人は首を縦に振る。


「そういうことさ。――そうだな、吸血鬼は日の下ではせいぜい力が半減するくらいのもんだ。ま、一日中浴び続けたりすると焼けて死ぬ。と言われていたりもするが、普通の人でも一日中日の下にいることなんてほとんどないから、日光はそこまで警戒しなくてもいいが、日の下での戦いは避けたほうがいい、特にハンターとは」


「わかりました」

 空人は浮かない顔で返事をする。業火に焼かれて死ぬ。それが脳裏から離れなかった。


「ほかに質問は?」


「ないです」


「じゃあ早速行こうか」


ギルバートはそう言って立ち上がった。それが合図だったかのように、ウルヴェルトがエプロンを脱いだ。黒いTシャツにはくっきりと厚い胸板の形が見えた。気がつくとエプロンは綺麗に畳まれていた。

 ウルヴェルトは空人を一瞥し、部屋を後にした。空人も後に続いた。

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