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鬼覇ノ王眼  作者: 袖山静鹿
16/17

バーテンダー


 一難二難あった学校が終わる。空人はため息交じりの息を吐いて、項垂れた。

 チャイムが鳴ってからすぐに、シャーペットの姿を探したが、すでに彼女の姿は無かった。首を傾げる。帰る姿を確認していない。


 辺りを見回す空人に海月が声をかけた。

「どうしたの?」

「いや、なんでも」

「また、白氷さんのこと探してたんでしょ?」

 そう言った海月の口角に微笑みが見えた。


「いや、そうじゃないんだけど――」

「おい」

 陸人が後ろから肩に手を掛けた。「帰ろうぜ」そう言って顔を引き寄せる。首が絞めつけられて苦しかった。

「ごめん、今日は予定があって、ダメなんだ」微苦笑を浮かべる。


「おいおい、デートか」

 陸人は茶化すように言った。

「いや、そうじゃないんだけど、ちょっと呼び出しがあって」


「誰に?」

海月と陸人が声を揃えて言った。

「なんていうか……恩人」

「恩人? 怪しいな」

「またいじめられてるんじゃないでしょうね?」


「違うよ」空人の目が右往左往した。「とりあえずそういうことだから」

 空人は鞄を抱えて、二人から逃げるように走り出した。おい、と制止するような陸人の声が背中に投げかけられたが、空人はそのまま走り去った。


「海月どうする?」

「そりゃあもう」

「だよな」

「着けるしかない」

  二人は悪代官のような微笑みを浮かべ互いに見交わした。



                  ———✵———



 空人はの通学ルートを歩いていた。途中に商業地帯があり、そこが目的地だ。

 陸人と海月は無防備な空人の後を追う。二人に気がつく様子は微塵もなかった。


「なあ、これ家に帰る方向じゃないか?」


「そうね……でもこの先商業地帯だし、どっかに寄るのかも」


 空人は商業施設のある地帯に差し掛かると、地上十階建てのファッションビルの前で立ち止まった。ここで初めて辺りを見回す。

 海月と陸人は慌ててビルの陰に身を隠す。少しして顔を覗かせる。空人はファッションビルの中へ入っていった。

 二人は顔を見合わせ口元を笑みを滲ませる。


「やっぱり、デートじゃない?」

「つけるののやめるか?」

「やめない」語気を強めて言って、「空人の相手を見たいし」と口調を弱めた。

 陸人は一瞬、海月に気圧されたが、海月の意見には合意だった。空人は海月のことが好きだと思っていから、彼女を差し置いてまで、付き合う相手というのが気になったのだ。


 二人も身を屈めながらファッションビルに入る。自動ドアのガラスの向こうに、空人の姿が確認できない。更にもう一枚の自動ドアを抜ける。中は中央を丸く切り取られたような、広い売り場が広がり、端々に多種多様なファッション雑貨を取り扱ったショップが展開されている。


「どこいったのかな」

「遠くには行ってないはずだ」

 空人が入ったのはほんの数秒前だった。彼の移動速度を考えると、今も見えるところにいてもおかしくはない。陸人は視線だけを機敏に移動させ空人の姿を探した。

 空人の姿は無い。だがショップの間隙に廊下を見つけた。ショップの外壁は湾曲し、それに沿って廊下が伸びていた。この廊下に入ったのであれば見えなくても不思議ではなかった。


 緩やかなカーブを描いて廊下は続いていた。両サイドにはショップが並び、その奥に出入り口があった。そこに空人の姿を捉えた。彼は出入り口を出ると、迷うように左右を確認し左に曲がった。


 陸人は海月にアイコンタクトを送る。陸人は先に壁を這うよう移動した。海月も陸人に倣って追従した。

 出口を出ると、二人は辺りを見渡した。何度も左右に首を振る。しかし空人の姿がない。通りには数々の飲食店が軒を連ねている。人が賑わっているが、陸人は見落とさない自信があった。道は左右に横断している通りしかなく、交差点は見えないほど向こうだ。


「あれー、どこいったんだろ」海月は首を傾げる。

「この飲食店の中のどれかだろうな」

「空人一人で?」

「いや、中で待ち合せているのかもしれない」

「どうする?」

「一件ずつ潰すしかない」


 二人はガラス張りの店を覗き込んだ。おしゃれなカフェでいかにも女性との待ち合わせそうな場所だった。二人の姿に、怪訝そうに中の人たちは視線を送る。二人の目にはそれは映らない。


 ここに空人の姿はなかった。


 ガラス張りではない店には一軒一軒中に入り中を見渡した。どの店の店員も訝しそうな顔をして、店を出る二人を黙って見送った。


「いないな」

 陸人は袖で額に浮かぶ汗をぬぐった。

「なんで」海月が嘆くように言った。

「全部にいないのなら」

 陸人は、まだ明かりの灯っていない店を睨んだ。海月は彼の目線の先に視線をやる。それはコーヒーショップだった。この辺りでは珍しく一階建てだ。そのせいか際立って背が低く見えた。その横に地下へ続く階段があった。地下へ続く階段はまだ明かりが灯っておらず、薄暗い。階段の上にはポールが屹立していて、丸くて小さい鉄製の看板が掛けられていた。

 看板には『Bar Elixir』と記されている。


「営業に時間前だけど、人いるのかな?」

海月が心配そうに言う。

「まあ行ってみるしかない」


 陸人が一段降りた時、海月が言った。

「ねえ、そもそも。ここ未成年ダメなところじゃない?」

「そうだけど」陸人は不思議そうに答える。

「空人がそんなところにいるのかな?」

「んー……いなさそうだけど、行ってみるしかない」

 

 二人は階段を下りた。突き当りには木製の扉があった。扉の塗装は所々剥がれ、凹みが端々にある。扉の上に小さな小窓がついていて、中は薄い灯りが灯っている。

 陸人はその灯りを確認すると丸いドアノブに手を掛けた。見た目に反して重厚な重みを感じる扉は、軋んで擦れる音を鳴らしながら開いた。

 店内は暖色の明かりがついていた。壁際には棚があり酒瓶がずらりと並んでいる。その前にバーカウンターがあり椅子が十席ほど並んでいる。座席の後ろの壁にダーツの的が掛けられている。

 バーカウンターには、茶色い髪をした若い男と長いブロンド色の髪をした女がいた。


「ヘイヘイ、まだ店は開いてなぜ」

「ないぜ」男ががなり声に追従するように女が言った。


「それにまだヴォォーイとグァァールじゃないか」

「男の子と女の子だね」


 二人は彼らの調子に気圧され、呆然とした。

「ここは大人の来るところさぁ。わかったら帰りな。ボーイ」

「アンドガール」


 帰れ、という一言で陸人は我に返った。

「いや、すみません。人を探してて」

陸人は苦笑を浮かべた。


「人探し―?」

「失踪だね」


「いや、失踪とかそういうじゃないんです。ここに俺たちくらいの男の子こなかったすか?」

 男と女は腕を組み、わざとらしく、男の子男の子。と呟いた。――沈黙が続く。二人とも額に汗が浮かび始めると陸人と海月に背を向けた。何やら二人でこそこそと話しているようだった。その声は陸人と海月に聞こえそうで聞こえない。


 陸人は困ったように、頭を掻いた。

「あの」

「はいはい。男の子ね。見てないよ。見てないゴルゴタの丘かなー」

「ヴィア・ドロローサだね」

 二人の視線は明後日を見て、挙動と言動がちぐはぐになっていた。


「怪しすぎない?」

「隠し事できないタイプだな」陸人は苦笑いを浮かべる。


「隠しごとぉ?何のことかなあ?あははは」

「ある火元?アウトローだな。あらやだ」


「何言ってんだ。支離滅裂すぎんぞ」

 陸人は頭を掻く。


 彼らの表情が突然消える。

「トニカクシラン」

「シラン」

 言葉は片言だった。


「そうか」陸人は呆れたように溜息をついた。「海月行こう」

 え、っと海月は声を漏らした。

「この二人なら多分大丈夫だ。空人は無事だよ」

「そんなのわからないでしょ」

 海月が食い下がる。

 陸人は困ったように後頭部を掻いた。

「俺の直感だ。絶対当たるよ」


「そうだ。お嬢ちゃん大丈夫だぜ」

男が白い歯をのぞかせた。

「大丈夫」

男に続くように女も白い歯をのぞかせた。


 海月は頷くと、身を翻した。

「行こうか。陸人君」

陸人は鼻で笑う。


「大人になったら。ここに飲みに来な。未来のジェントルマンにレディ」

「いつでもきたまえ。未来のジェントルマン、アンド、レディ」

 男と女はグッドのハンドサインを作って白い歯をのぞかせた。

 陸人と海月は鼻で笑い、店を出た。



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