廃墟の化け物②
町のはすれを歩き続けてしばらく。
カインとウィズに二人はようやく化け物がいるといわれている廃墟に到着した。
その建物はあまりに苔むしていて、外壁も残っていないところが見られる。
(なんだかウィズとあった時の建物を彷彿とさせるな)
カインはウィズが眠っていた森の中の建物を思い出す。
そう考えてしまうとこの廃墟にも魔女が封印されているのかもしれないと。
「さて、話によると近づいただけで丸焦げにされるとのことだったが……」
「お、おい危ないだろ、もうちょっと距離取れよ」
「大丈夫さ、まあでも君には危ないかもしれないからそこで待っていてくれ」
ウィズは虚空から本を呼び出すと、臆することもなくどんどん廃墟に近づく。
すると、
強烈な爆発音とともに炎の柱がウィズを包んだ。
轟々と燃え盛る炎の音がし、その熱は離れていたカインにも熱く感じるほどだった。
あまりに突然の出来事だったが、カインは慌ててウィズのもとへ駆けよる。
「ウィズっ!!」
しかし炎は燃え続け、カインは思うように近づけない。
何か手立てはないか……?焦っていると今度は炎が一瞬で霧散した。
「まだ焦る必要はないよ、少年」
「ウィズ……? ぶ、無事なのか?」
「当たり前じゃないか、私は魔女だぞ。」
「そう、か……それは良かったが……」
炎が消えたところからウィズが現れる。
足元には魔法陣が展開され、体の周りにはバリアのようなものが張られている。
「これが噂の炎か、確かにこの火力をまともに食らえば丸焦げだな」
ウィズはさらに進み、廃墟の中に入っていく。
カインもそのあとを続いた。
廃墟の中には割れた瓶やボロボロの本、それから壊れた実験器具など古びたもので溢れていた。
中にはカボチャに顔が彫ってあるものまで置いてあった。
「入ってみたはいいものの……何もないぞ?」
「特にこれといった魔力も感じられないね……」
うーん、と唸るウィズは何か思いついたように言った。
「君のその形見の短剣。それなら何か見えるんじゃないか?」
「え? ああ……」
ならず者と戦ったときのことを思い出す。
この短剣を握った時から、相手の動きが手に取るように分かった。
「とりあえず試してみてよ、少年」
「分かった」
カインは言われるがまま短剣の柄を握ってみる。
その時、カインの目に電撃が走ったようになる。
そして、その視界には何かが蠢いているように見えるものがあった。
「これ、なにか見えるぞ……?」
「ん? まさかこのカボチャ、かい?」
「ああ、ならず者と対面したときと同じ感じでさ」
「……。」
「……。」
二人がカボチャを見つめていると、どことなく汗をかいているように見えるが……。
「……。」
「……。」
さらにカボチャに視線を集中させるカイン達。
カボチャの表情がどことなく焦っているように見えてきた。
「……ばれちゃったかな?」
「うおっ!?」
「ほう、しゃべれるのかい」
驚いた。カボチャのくりぬかれた口の部分が動いて、そこから声が出ている。
「初めてだよ、お前らよくここまで来れたな」
「まあ、普通の人ならひとたまりもないと思うけど、相手が悪かったね」
ニヒルに笑いながら二人を褒めるカボチャにウィズは胸を張って応えた。
「で、なんで君はこの廃墟に近づく人を……」
「ああ、それな。待ってたのさ。魔女を、ね。」
「なんでまた? それにこの国で魔女を待つなんて……」
「呪われてんだよ、ある魔女とな」
廃墟に近づく奴を燃やしちまうのもその呪いだ、とカボチャはさらりと言い放った。
しかし、その内容はあまりにもウィズとってただ事ではなかった。
「魔女だって……?おい、その魔女はどこにいるんだカボチャ君」
「俺にだって名前があるんだよ、ジャックていうさ」
「……してジャック君。君の言う魔女はどこにいるんだ。」
「さてね。もう大昔にここに置いていかれて以来一度もあってないからさ」
「そ、そうか……」
同族である魔女と会うことができるかもしれないと思ったのか、ウィズは珍しく取り乱していた。
しかしジャックはニヤついた表情を変えることなく話す。
「まあとりあえずよ、そこの魔女さん、俺をここから動けるようにしてくれよ」
「え? そんなこと言われたって」
「なに、ちょっと水かけてくれりゃいいんだ」
言われるがままウィズは魔法陣から水をジャックに向けて放った。
すると、ジャックの顔、カボチャの下からニョキニョキと植物が伸びる。
人間と遜色ない背丈になったジャックは廃墟の中にあった服を纏う。
そして、崩れた外壁の縁にどっかりと腰かける。
「さてと古の呪い、解くとしようか」
廃墟の外、広い平原にてウィズとジャックは相対している。
「これがその魔女の呪いなのかい?」
「ああ、一発手合わせしてくれりゃあいいんだ」
「じゃあ遠慮なく」
ウィズはいつものように本を呼び出す。
そして、足元には魔法陣が幾重かになって展開され、
背後には数段にわたって図書館のように輝く本棚が現れた。
「おいおいおい……お前ただの魔女じゃないだろ……?」
「なんだあれ、俺も見たことない……」
カインですら見たことがないウィズの魔法に、ジャック笑いながらもたじろぐ。
「始めようか」
ウィズのその言葉と共に平原に無数の爆発が起きる。
ジャックがカボチャ頭の口からこぼれるように火を噴く。
しかしウィズの周囲に暴風が現れ炎をかき消す。
「どうやら君もただのカボチャじゃないね」
ウィズの展開する魔法陣の色がさらに変わると
今度は水が渦巻きながらジャックを襲う。
が、ジャックは守ることも避けることもしなかった。
「ありがとよ」
水をかぶったジャックは先ほどよりも強い炎を上げる。
炎の熱でジャックの体は一気に乾いた。
「なるほど面白いな。炎を扱うくせに水で力を得るのか?」
「あいにく俺は植物なんでね」
「じゃあこうしたらどうだろう」
再びウィズの魔法陣が色を変えた。今度は先ほどよりも大きく、赤い。
「……うそだろ? なんでそんなことできんだよ、もう三つ目だぞ……?」
ジャックの笑いは既にひきつった表情に変わった。
その眼前にはウィズから放たれた巨大な火球があった。
「まさか炎を使うヤツの弱点が炎だったとはな……」
「さてと。なんで私と手合わせすることが呪いを解くことになるのかな?」
ウィズは焼けた平原に仰向けになっているジャックに尋ねた。
その体からはまだ煙が出ている。
「俺をここに置いてった魔女によ、縛られたんだ。次に俺より強い魔女に出会ったらそいつについていくことにしろってな」
(まあ、ただの魔女じゃねえ、とんでもない奴と出会っちまったみたいがな……)
ジャックは小声で呟くようにそう零した。
しかし、その声はカインにもウィズにも届きはしなかった。
ウィズは話を続ける。
「その魔女はなんでそんなことを?」
「知るかっての。俺は一方的に呪われただけだ。」
ただまあ、とジャックは続ける。
「これからはアンタらの力になるぜ?」
へへへ、とジャックは力なく笑う。
「ま、いいさ。これで王都に行くのに心強い味方が増えたじゃないか、少年」
「魔女のいない国で魔女を待ってるくらいだ、何してもついてくるんだろ?」
「間違いねえな」
ジャックは、今度はハハッ愉快そうに笑った。
「なら、よろしくな」
「おうよ」
カインとジャックは固い握手を交わした。