魔女邂逅①
嘗て、この世界に魔女が生まれた。
魔女は人々に魔法をもたらし、神と崇められるようになった。
魔女は、三人の弟子を持った。
そして魔女の命が尽きるとき、魔女は弟子に己の力を分け与えた。
弟子たちは、与えられた力を使った。
人々を、生き物を、力なきものを支配した。
やがて、弟子たちは自らを魔女と名乗るようになった。
魔女たちはその数を増やし、世界に蔓延った。
嘗て、この世界に英雄が生まれた。
英雄は人々に魔女を殺す力をもたらし、魔女狩りを行った。
やがて、英雄は人々によって王と呼ばれるようになった。
王は魔女から奪還したこの世界に、国を築いた。
村の広場ではこの国の歴史を辿った劇が催されている。
移動式の劇団がやってきていたようだ。
そんな賑やかな日に、少年カインは15歳になった。
15歳といえばこの国では飲酒も認められる一人前である。
「ほんとうに、行っちまうんだね」
「ごめんね叔母さん。でも、どうしてもやりたいことだから」
「止めやしないけど……寂しくなるね」
「また帰ってくるよ」
カインは村を出て、王都で働くことを決めたのだった。
彼の住む村から追うとまでは遠い。長旅である。
「ああそうだ、最後にこれを渡しておかないとね」
そういうと叔母はカインにある箱を渡した。
「……ありがと。」
「お母さんの形見、肌身離さず持ってなよ」
カインには生まれながらにして母親がいなかった。
この箱はその母親が遺した形見が入っている。
「うん……それじゃ、行ってくるよ」
「ちゃんと食べるんだよ!」
手を振り返しながら、カインは歩き出した。
カインが村を出て、三日ほどたった。
泊めてもらった村を出て再び歩き出そうとしていたところ、村の人に呼び止められた。
「旅の人、ちょっと聞いていきなさい」
「……俺ですか?」
「ああ、忠告がある」
「忠告?」
カインに声をかけた老人は真剣な顔をしていた。
「この先、深い森がある。その森を抜けると王都には近道となるが……」
「なるほど、森を通っていけばいいのか」
「最後まで聞け……その森には近づくんじゃない」
「なんで?」
「あの森には”魔女”がおる」
老人がそういったとき、思わずカインは笑ってしまった。
「おじいさん、俺もう子供じゃないんだから」
「本当じゃ、本当に魔女がおる。決して近づくな」
「はいはい、分かったよ」
(この国に魔女なんているわけないだろ)
カインは呆れ半分で村を出た。
魔女なんて、この国では迷信のようなもの。存在しないものだからだ。
そう、今はすでにいなくなったものだったからだ。
カインが道を進んでいくと、進路が二手に分かれていた。
片方は鬱蒼とした森につながっている。
(これがあの人の言っていた森か……?)
少し止まった後、カインは森に向かって進んでいた。
(こっちの方が近道らしいし、何より入るなと言われると入りたくなるってもの)
威勢よく森の中に足を踏み入れたはいいものの
人の出入りがないからか、草木が生い茂っていて光があまり入ってこない。
薄暗い森の中をかき分けるようにして進む。
(進み辛いな……やっぱり遠回りの方がよかったかな)
カインが後悔しても、既に引き返すことさえ難しくなっていた。
諦めてさらに奥へ進む。
すると、何やら建物が見えて来た。
苔むしていて、ボロボロになった石造りの建物だ。
(こんなところに建物? でもちょうどいいや)
カインはそこで休憩することにした。
ドアを開けて中に入る。
建物の中にまで植物が生えている。
屋根もところどころ崩れてしまっているのか、僅かな光が差し込んでいる。
建物の奥まで来ると、そこには机と椅子があった。
(これにでも座って休むか)
カインが椅子に腰かけたとき、机の上に一冊の本があるのに気付いた。
よく見るとこの建物はやたら本棚や本が多いように感じた。
(もしかしたら何か凄い本でもあるかもな)
元の持ち主には悪いが、と少し邪な考えが横切ったカインは机の上の本を開いた。
途端に本が光りだし、あたりを照らす。
その眩しさにカインは目を瞑った。
光が収まり目を開ける。
するとそこには
大きな伸びをする、翡翠の髪の美しい少女がいた。