08 動物との棲み分け
『全世界変事』から一月半が経過した。
ペットの狂暴化からもたらされた変化は、生易しいものではなかった。
今までの世界であれば、多少噛みついたからと言ってペットを手放す人は少なかったように思う。
しかし、多少の嚙みつきでは収まらない暴力に、飼い主たちはこぞって家の外に【追放】したのだ。
飼い主を失い、住処も失った動物たちは独自の集団を形成し、街角や国営の開かれた土地、いわば公園などで生活をしていたらしい。
これは社会現象にもなって連日ニュースで取り上げられるまでに問題化していた。
この現象に対し【国主】は、動物たちの保護という行動に出た。要は、保健所がやることを【国主】が指針を示し先導したのだ。【国有】と化していた大量の土地の一部を動物たちのみの出入り出来るように許可したのだ。
これにより、ペットを手放す人たちが速度的に増加した。ペットブームだった一時期から真逆へと転換した形だ。
反発したのは家を失った人たち。
彼らは、寮や会社の片隅で暮らせるのが良い方で、ホテルやネカフェ、道端や公園などで暮らしている人もいるのだから。
しかし、これ以上の対応を【国主】は一切行わずに、現在沈黙している。
私はと言うと、この現象に関しては遠いテレビの中の出来事で、身近に感じることはなく平穏に過ごしていた。
ただ、変化がなかったということはない。
従業員が大幅に減った職場では、徐々に仕事も元に戻りつつあり、それに伴って増員を行ったのだ。
今までは敷居が高かった『運転手』という職業だが、今では【スキル】欄に【運転】がありさえすれば、移動中の車中で寝ていても問題がなく、応募者が殺到した、らしい。
人員の選別は全て【社長】が行っており、採用になった個人情報のみが私のところに渡って来たので、詳しいことは分からないのだ。
今現在の会社の状況としては、『トラック運転手としての経験がある人』と『技術のみ有している人』が対立しており、中立として『家政ロボット』の三つに分かれてしまっていた。
中立の『家政ロボット』は我関せずといった感じで諍いには参加せず、忠実に職務をこなしている。ミスも少なく対応も丁寧なので評判は上々。率先して雑務もこなすので高評価だ。なお、採用された『家政ロボット』たちは、一度誰かの『家政ロボット』として派遣された者の主人に恵まれずに自ら人に使えることを止めたロボットたちだ。
そして、今までトラック運転手としてやって来た人たちは仕事内容の変化になんとか対応出来ているといった感じで、まだ違和感を持ちつつも仕事をこなしている様子だ。やることは変わらないので、大きな混乱はない。
問題は新規採用された初心者だ。一人や二人が入ってくるなら問題ないのだけど、七人が一斉に増員されたことにより既存メンバーとの間に埋まらない溝が出来てしまっていた。これは、時間が解決すると良いな~と楽観視しながら傍観している。事務員である私には何も出来ないので。
仕事に関しては、新しい職種とはいえ直ぐに順応できているようなので、そこら辺は問題になっていない。
増員はフォークマンも行われたのだが、この一件で発覚したのは、既に所持済みの【スキル】がない場合に現時点では新規取得が出来なくなって言うということだ。
車の運転免許を取るには十八歳という年齢制限があった。これに対し、全人口が十歳児の肉体に戻ってしまっているのが現実で。
取得しようにも座高や足の長さが足りずに運転することが叶わず【スキル】取得できないという。
法的にも十八歳の年齢制限は変更されていないので、今から八年後、取得したい人が殺到するのではないかと予想されている。
こういったことは何も車の運転免許だけには留まらず、他の資格全てに及んでいる。
各地で似たような問題が表面化してきていたのか、良いタイミングで【国主】から正式な【告知】が行われた。
⇒持っていた技術は既に【スキル】化されて表示されているか、何かのきっかけで簡単に【スキル】化される。
⇒『全世界変事』から一か月の間は、経験のない新規の【スキル】取得もスタートダッシュ特典で取得しやすくなっていた。(現在はない)
⇒今後取得する場合は、通常の難易度となる。しかし、取得さえしてしまえば【スキル】実行に伴い動作は簡略化される。
ただし、車などの密閉可能なもののみで、バイクやオープンカーなどは自動運転の対象外となる。
というものだった。
制限は付くが、今までどのような人生を歩んできたかによって、十歳児からの再出発に特典が付与される。みたいな?
この発表直後、至る所で所謂『勝ち組』と思われる人たちが台頭して、一大勢力を気付き上げている、らしい。
それらの出来事は、何ら私に直接関係なく、全てテレビの中での話だった。
私が気にすべきは社内の雰囲気であり、自分の仕事だけである。
「ぁーったく、参った参った。あいつら、何考えてんだろぉなぁ!?」
今日も今日とて、常連となってしまった従業員が事務所内で盛大に愚痴を溢していた。
「苦情にはなってないないんでしょう?」
「まぁ、なぁ。相手先も新人で、分かってねぇから。」
「あぁー、尻拭いさせられないなら私はどうでも良いけどねぇ。」
「いゃ、だが、やり方ってぇもんがだな?あるだろぉよぉ!」
中途採用者たちで固まってしまったために、既存の従業員とのコミュニケーションが殆ど取れておらず、今までのように直接会話しなければ業務に差支えが出てしまう運用でなく、全てが【ステータス】に備わったデジタル文章で完結してしまうため、ちょっと接触しただけで不満が噴出していた。
デジタル化も良し悪しだけど、世界人口が減っているので、いくら『家政ロボット』が補佐に当たっているとはいえ簡略化できるところはしないと回らないのも事実だ。
私は、変えられないことなので慣れていくしかないと思っているが、中年世代と一口に言っても年齢が上に成ればなる程馴染めないでいるっぽい。
なお、良かった点と言えば、老年世代の口の大きな中間管理職がほぼ一掃されたため、謂れのない八つ当たりが減ったことだろう。
私は立場的にまだ良かったのだけど、深井さんがモロに食らっていたので、今はストレス軽減されている。
「深井さん、卸島商事の社長様よりお菓子を頂きました。こちらです。」
そう言って簡易包装された箱を持ってきたのは『家政ロボット』を辞めて『職人ロボット』になった柊さんだ。
世界が分割されてから現れた『ロボット』たちは、みんな顔が良いっ!
今事務所に入ってきた柊さんも、とてもイケメンだ。歳は、二十五歳だったはず。
『ロボット』たちの年齢は、十歳から三十歳までの設定が可能だということだった。
大人のイケメン大好きな深井さんは大喜び。
ただ、残念ながら新規採用された『職人ロボット』は二人のみ。それでも、出勤する楽しみが増えたと語っていたのだから良いことだ。
なお、深井さん宅の『家政ロボット』も勿論イケメンだ。日々癒されているらしい。そこら辺は抜かりないようで何よりだ。
世間では、一部のショタ愛好家たちにも好評のようだ。
「おっ、ありがとーっ!三時のおやつにみんなで食べようねっ!」
かつて、肉体労働を主としていた我が社では、十時と三時におやつ休憩がある。
それは世界が変わってからも変わらず続いている。
今は体力が必要な仕事はそれほどない。何故って、今まで通りの肉体労働が残っていたら、十歳児で対応出来ないからだ。そこら辺は謎技術と『職人ロボット』たちが担当してくれている。
「なんで、あんなに良い子をみすみす手放す馬鹿が居たのかねぇ?」
柊さんが去って暫くしてから、深井さんが何度も口にしてきたセリフを繰り返す。
確かに『職人ロボット』として来ている人たちは、何の問題もない様に思う。
何故『家政ロボット』を辞めてきたかとかの詳細は、私たちには知らされていない。
ただ、ニュースで逮捕された人たちの例を見るに、『日常的に暴力を振るわれた』とか『肉体関係を求められた』とかが実際にあったようだ。
立場的に、極力『ご主人様』には逆らえないよう出来ているらしいけど、最終判断は『ロボット』たちの意志に委ねられるらしい。
...おかしいな?うちに来たユウは、常に大分強気な態度が見受けられるのだけど?設定ミスとかあるのかな??
「紗夜様。寒くなっておりますので、もう一枚これを着用してください。」
夏も終わり、一日の温度差が激しくなってくる季節。
昼に比べて気温が下がる夜は、肌寒いと感じる日が増えてきた。
「いや、お風呂上がりで暑いくらいだから。もう少し涼んでからね?」
冷えるとは言っても気温的には十分で、湿気もあるのでお風呂上りは汗が噴き出す。
パジャマすら着ずに、インナーのみで過ごしているので人に見せられる姿ではないことは確かだ。
「直ぐに冷えます...以前は肌を見せるのも恥ずかしがっていましたのに、この変わりよう。」
「いやいや、流石に慣れたよ!?それに私、暑さに弱いしね~。さて、部屋に行くから、一応その服を貰っていくね。」
「はい。どうぞ。」






