06 心機一転ならず
私はその後の休日をゆっくり過ごさせて貰って、月曜からの仕事に出発した。
休み中に発覚し中で一番うれしかったのは、なんと!自宅と職場を一瞬で行き来できる【テレポート】なる謎技術が増えていたことだ。
これで通勤時間が無くなったも同然だっ!!なんと素晴らしい謎技術なんだろうかっ!!
「おはようございます~。」
「おぅ、おはようございます!矢野さんも【テレポート】使って出勤したんだねぇ。」
「はい。便利ですねっ!」
「ははは。みんな使って来てるよ。」
「おぉ!やっぱり使いますよね~。」
職場の玄関前に突如として現れた私に驚くことなく対応してくれるのは、倉庫整理担当のベテラン、菊池さんだ。
「おはようございます!良かった!出勤したね!」
「おはようございます~。そりゃ、出てきますよ。」
事務所内に入ると同僚の深井さんが既に出勤しており、歓迎してくれた。
「数人が辞めちゃったらしくて、退職扱いになってたから心配しちゃって...。」
「えっ?辞めた人いるの?年齢層が違って居ないだけじゃなくて??」
「うんー。自主的に退職したみたい。すっかり少なくなっちゃったけど、会社どうなるんだろうね?」
「うわぁ~、それは、ちょっと...。確か経営者って【国主】という人になるんだよね?」
「うん。今のところ出勤してきてないみたいだけど、どんな人だろうね?ま、今までより悪化しなければ良いけどさっ!あははっ!!」
口を動かしながらも、朝一でやるべきことを終わらせていく。
始業時間になっていなくても、やるべきことは存在しているので。
「そういえば家、大丈夫だった?」
「うんうん。金曜の帰りに教えて貰っておいて良かったよー。ホント、助かった!」
「あはは、それは良かった。」
「妹とも連絡取って、相談しながらやってたんだけど、こういうハイテクってやっぱり無理だわぁ。難しくってさぁ。」
「あー、確かに原理どうなってるの!?とか思うモノ、いっぱいあったよね~。細かい設定できるのは助かるけど、やること多すぎて頭パンクするかと思ったし。」
「うんうん。私はその前段階で拒否反応でたけどねっ!」
「あはは。あ、朝礼。今日もやるのかな?」
「あー、どうだろう?時間だねー、みんな集まってるよ...仕方ないから行くかー。」
「そうだね~...。」
作業をいったん中断して、事務所から休憩室へと移動する。
人数が減ったとはいえ、さして広くもない休憩室は従業員で一杯になっていた。
今日出勤している人が、在籍を希望した人たちなのだとしたら、居ない人たちが辞めてしまったということだろうか?
「おはようございます。朝礼を始めます。」
朝礼の号令担当もしている菊池さんが声を上げると、それまで雑談をしていた人たちがピタリと口を閉ざす。
これは、いつもの光景だ。
ここら辺、キッチリしているなぁといつも感心する。
そして、特に連絡事項もなく、通常業務すら覚束ない状況でどうしたものかという雰囲気が流れた時、中央正面に大きな半透明ウィンドウが出現した。
「おや?皆さん、揃っているようですねぇ。私が【国主】であり、この会社の経営者となりました。ここでの呼び名か【社長】でお願いしますね。」
一方的に挨拶を終わらせてから一息つき、こちらが見えているかのように全体を見回す動作をする。
初めて見た【国主】は、白髪頭の品の良いおじいさんだった。
優しそうな風貌だが飄々としている雰囲気があるので、恐らく一筋縄では行かないだろうと思われる人物。少なくとも、私は初対面で委縮してしまうこと確実だ。
「さて、業務は今まで通り進めて頂いて構いませんよ。少なくなった人員に関しては求人を出しておきましたので、選定を行ってから増員致しますね。仕事の采配はシステム化しておきましたので、配車業務や管理業務は必要ありません。ただし、現行法に則る必要がありますので、その部分は今まで通りでお願いします。個々への指示出しは、各自の【ステータス】ウィンドウから【仕事】項目を見て頂ければ分かるようにしておきますので、そちらに従ってくださいね。そうそう、朝礼などと言った習慣は必要ありませんので、今後は召集したときだけで結構ですよ。さぁ、仕事に取り掛かってください。」
言うだけ言って姿を消した、新しい【社長】。
みんな茫然としているのかと思いきや、不満続出。
私は楽でいいかな?と思わないでもないけどね~。だって、いちいちご機嫌伺いして、様子見て報告する内容選んで、常に監視されながら同じ事務所内で過ごさなければならないなんて、苦痛で仕方なかったものっ!!
まぁ、外に出てしまう人たちは、また違った感想があるのだろうけどさ。
不満タラタラな休憩室を足早に退室して事務所に戻ってから、ゆっくりと【仕事】の内容を確認する。
うん。私は通常業務で問題ないよね~。
そもそもが、運送業務とは関係ない事務仕事が殆どだし、関わっていると言っても法的に必要な書類の為に携わっているだけなので、こちらも変わりようがない。
ただし、退職者が大量に出たのでそちらの処理を優先して行って、入社人員が決まったらそちらの手続きも必要になるけど。
そちらも、今まで紙で手続していたものが、ネット経由一本に変更になったらしく、そちらの詳細を頭に入れながら作業を進める。
『全世界変事』と呼ばれだしたこの現象が起こって、一気にデジタル化が進んだようだ。
今までも常に最新化としてシステム更新されてきたが、紙の受付をの一切を排除することが出来ないでいた。それを、一夜にして行った【創造主】並びに【国主】は凄い存在なのだろう。
最も、一つの世界を三つの異次元に分けてしまった謎技術だけとっても、想像の埒外にあるのだけど。
これらは、やはりどの研究者やアマチュアたちも解明には至っていないとニュースでやっていた。
「うっわ!私の仕事、殆どなくなってるじゃないっ!!」
正面で悲痛の叫び声をあげたのは深井さん。
彼女は荷物の伝票関係を一手にまとめていたはずだ。
「ん?受注があるのだから、仕事変わらないんじゃないの??」
「いや、紙の伝票使わないんだって!全部デジタル化されたっぽいのよ。配車の掲示も指示出しも、ぜーっんぶっ、デ・ジ・タ・ル・化、だってさっ!!辞職しろってことかね!?」
「マジでっ!?」
「マジでっ!!」
そうか。紙を使わないということは、諸々の手作業が簡略化されるのということなのね。
世界人口が減ったから、そうせざるを得ないのかもしれないけど、これは流石に急過ぎじゃない?
「えーっと...、それなら、私の作業手伝ってもらっても良い?」
「やるやるっ!何があるの?」
「私の方は、殆ど変わってない上に、大量退職と入社予定があるから、仕事増えた...。」
「うっわ、それがあったかー。でも、デジタル化じゃないの?」
「うん。デジタル化だよ。ただ、手続きはパソコン操作必要だし、諸々の書類もデジタル版を送信するっぽいから、多少減ったくらい?今、退職者一覧印刷するから、まずはソレ掲示しちゃおうか。知らない人も居るだろうし。」
「あ、だねー。何人くらい減った?」
「ん~...うわぁ。十二人も退職してるよ...。」
「げぇっ。減り過ぎじゃない!?」
そこそこの余裕をもって作られている事務所内で、二人であーでもない、こーでもないと言いながら初日をなんとか乗り切ったのだった。
現場作業の方は関知するに至らなかったけれど、トラックは動かしていたようなので、取引先も混乱がありながらも運営されているようだ。
なんとか、全員失業という最悪の状況を免れたのは良かった。
深井さんの作業内容は劇的に変わってしまったようだけど、私に至ってはほぼ変化なしという結果に終わった。
まぁ、企業内での事務作業なんて、どこも同じだろう。
人数が少なくて良かったと思うことにする。
あ、そういえば、支店の方がどうなっているのか確認し忘れていた。
確か、一人は若者世代の年齢だったので、恐らく女性一人で回すことになったと思うけど、その分仕事量も減ったことだろう。
何せ、労務も総務も本社でしか行わない仕事なのだから。