21 温泉地にて1日目ー1
「忘れ物ないよね~?」
「「はいっ。」」
年の瀬も迫り、長期休暇に入って一休みした頃、例の温泉旅行に出掛ける時間が迫っていた。
『中級優待券』を所持しているメンバーが持っていないメンバーの体に触れていれば一緒に行けるということで、私は両手にアルトを抱いている。背中にはお泊りセットの入ったリュックだ。
気温的には、ここより寒い地域らしいので、もっこもこに着込んでいるので、リュックがキツキツだったりする。
二泊する予定なので、そこそこの量の荷物になってしまった。
「連絡が来ました。一分後に【テレポート】されます。」
予約の一切を取り仕切っていたユウから声が掛かる。その肩には、タケが器用に乗っている。
ルルの背中にフウが、メルの背中にリンが乗り、ココはカイの腕に抱きかかえられていた。
メルは妊婦とは言え、リンくらいの重さなら全然問題にならないそうなので。
リンやフウもバランス感覚が良いのか、犬や山羊の背中に乗せても揺らがない安定の良さだ。
【冒険】に参加するときと同じようなエフェクトが出た後に、今回借りるであろうシックな感じの建物が目の前に現れた。
周囲は低木で囲まれており、敷地がしっかりと区切られている。
街灯が随所に設置されているので、夜はさぞかし良い雰囲気の光景になるだろうことが予想される。
「着きましたね。」
「私は、先に荷物を置いてきます。全てお預かりしますね。」
カイがココを下ろした後、私とユウから荷物を受け取ると、先に室内に入っていく。
ペットたちは興味津々で、色々なところの匂いを嗅いだり、低木の間に頭を突っ込んだりしている。
私も珍しくて、ついキョロキョロしてしまう。
暫く入り口で動かずにいると、カイが戻ってきた。
「荷物はリビングにまとめて置いてきました。個室がいくつかありましたので、後程お選びください。それと、お風呂は両方とも直ぐに入れるようですね。入られますか?」
「そうだねぇ。早速、みんなを洗っちゃおうか。」
「室内のお風呂場でよろしいですか?」
「うん。逃げられないように、そっちにそうか。」
「では、皆行きましょう。」
ユウの掛け声とともに、ぞろぞろとペットたちが付いていく。
私もアルトを抱きかかえたまま、その後に続いた。
室内もシックに統一されており、余計な家具類は一切なく、シンプルでとても落ち着いた雰囲気だ。
最後にカイが入って、玄関のカギを閉めたようだ。カチャッという音がしたので。
先頭に立っているユウがリビングで必要な荷物を拾って、奥にある内風呂へと向かうのだが、みんなお風呂に入っていること分かっているのかな??
嫌がりもせず、並んで行進しているのだけど...?
まぁ、嫌がっても洗うのだけどねぇ~。
その後は、まぁ、みんな良い子でしたよ?
七匹も居るので時間が掛かったものの、みんな綺麗でふわっふわの毛並みになりましたとも。
それはもう、逃げる隙を与えずに流れるように洗っていったユウとカイの技術が凄いのだろう。最後は二人でメルを洗っていた。
私は、アルト一匹を洗うので体力使い果たしてへたっておりましたよ。
「お疲れ様ぁ~。疲れたでしょう??」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「はい、このくらいでしたら問題ありません。」
「あら、そうなの?そうしたら、私が先に露店でお風呂入って来ちゃっても良い??」
「えぇ、準備しますね。先に露天へ行っていてください。」
「それでしたら、私がご案内致します。」
ペットたちがふわっふわになった毛皮で室内の探索に向かったのを尻目に、アルト洗いでびっしょりになった服を着替えるついでに、温泉に入ってしまうことにする。
今回初めて外のペットたちと合流したアルトだったけど、アルトのおっかなびっくりの姿勢に全く気にしない外の子たちの雰囲気に、気にしないことにしたようなのだ。
ビクつくことはままあれど、人見知りする子なのに早くも馴染み始めているようだ。
ただ、運動神経が皆無なため、元気に走り回る外の子たちの後に付いていくことは出来ていない。ゆ~っくり、のんび~り、マイペースに室内を探索している。
カイに案内された露天風呂は、これぞ露天風呂!と言った感じで、建物とはちょっと雰囲気が変わるが、これはこれで良い感じだ。
綺麗にカットされた石材で出来た露天風呂からは、ここが高所にあるとは気付かなかったのだけど、眼下に海が広がっていた。多分、海だと思う。
波が寄せては返しているし、かすかに潮の香りがするような?もしかしたら、気分でそんな香りがしていると思い込んでいるだけかもしれないけど...どうなんだろう??
「ここって、海の近くなの?」
分からないことは聞いてみるに限る。ということで、ここまで案内してくれたカイに聞いてみる。
後ろには何気ない雰囲気を出しながら、アルトが付いてきているけどね。
「えぇ、そうですよ。かすかに潮の香りがしますね。夕食は魚介尽くしになるそうですから、楽しみにしていてください。」
「お昼の希望があれば伺いますよ?」
急に声が増えたけれど、ユウが着替えやら何やらを持って着ていたようだ。
「うーん、何の食材が用意されているかも知らないから、まずはお任せでお願いするよ。着替えありがとう。先に入らせて貰うね~。」
持って着てくれた荷物を受け取ろうとすると、するりと避けられて脱衣所へ入られてしまった。
適切な場所へ荷物を割り振ると、出て行かずに近づいてくる。
「どうしたの?」
「お身体、洗いますよ。」
さも当然のような顔をしながら、とんでもないことを言うユウ。
普段は優秀過ぎるほど優秀なのに、たまにポンコツになる。文化の違いなのかねぇ?
「いやいや、それは要らないよ。洗うのはペットたちだけで十分だから。こらっ。服を脱がそうとしないっ!!」
「こちらでも駄目なのですか?」
一瞬で、しゅんっ。として落ち込んだ雰囲気を出すのは、演技かな!?
「駄目なんですっ!そういうのは本当に要らないからっ!もうっ!美味しいお昼ご飯でも作っててよぉ~。」
頑張って手を伸ばして、力の限り腰を押して脱衣所の外へ出そうとするも、流石に私の力ではビクともしない。
『仕方ないですか。マッサージはしますからね。』などと言いながら、やっと自らの意思で出て行ってくれた。
勿論、カイを連れて行くのは忘れないけれど。
ユウは、変にカイに対抗意識と言うかなんと言うか、そういうモノがあるようなのだ。カイの方はまったく気にしてないみたいだけどね。
私が設定して作った『家政ロボット』と、一度独立した経験のある『家政ロボット』では、大幅に違いでも出るのだろうか?まぁ、単に元々の性格の違いなだけかもしれないけど、ちょっと分からない。
二人を追い出してから、改めて周囲を見回すと、出遅れたアルトが脱衣所に置き去りにされていた。
まぁ、そのままで良いかな?と思いつつ、ゆっくり露天風呂に浸かることにする。
体が小さくなっているので座って浸かれるか心配だったけれど、最初から段差ありで造ってあったようで、溺れずに問題なく座って浸かることが出来たし、なんなら座ったまま絶景な景色が見渡せて、大満足だった。
これで、まだ初日の午前中だというのだから、この旅行に来て正解だったな~。