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怒りの涙  作者: 高村聡
第2章「急変する情緒」
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第8話 守りたい笑顔

 楓に告白してから、一週間が過ぎた。優希はしばらくの間、北山家に住むことに決めた。

 そして、楓との関係性はというと何も発展していない。


 それどころか、お互いの気持ちを知ってから、距離が離れた気がしないでもない。あの時は、気を違ってくれたのだろう。


 優希は悔やんだ。なぜあの時、彼女に気持ちを伝えてしまったのか。発作的なものだと思う。ああ、言わなきゃ良かったな。


 どうしても楓を再び振り向かせたかった。どうしようと頭を抱えていた頃、ちょうど海外ドラマを見て思いついた。男性が女性に告白するシーンで、男性は百本の薔薇を抱え、告白していたのだ。


 これだ、と思いついた。と言っても、本当に百本の薔薇をプレゼントするわけではないが。とりあえず、彼女にプレゼントを贈ろうと決めたのだ。


 しかし、お金を一銭も持っていない。プレゼントを買うお金どころか、自分の小遣いすらないのだ。優希は働き、世話になっている彼らにお返ししようと決意した。


 自分を雇ってくれるところを探した。飲食店やアパレルショップなどの接客業、工場や倉庫などの軽作業。とりあえず、何でも良かった。しかし、どれも即採用してもらえず、連絡がなかった。理由は分からない。ただ、優希に迷いがあったのかもしれない。


 朝になり朝食を摂るために、こたつテーブルの端っこに座った。テーブルを囲んで座る皆がキラキラと輝いて見え、劣等感に押し潰されそうだ。

「はあ」優希は溜め息をつく。

「どうしたの? 溜め息なんかついて」声を掛けるのは、横に座る雅。


「いや、別に」

「もしかして、また面接落ちたの?」脳を覗いたかのように見透かされる。


「多分。って、いうかどうして知ってるの?」

「楓が言ってたから」

「そう」


「あ、そうだ。良かったらさ、うちで働いてみる? この前、後輩が辞めちゃって人手が足りないんだよね」

「そうなんだ。雅ってどんな会社で働いてるんだっけ?」


「水産加工だよ」

「水産加工? 私にできるかな?」

「うん、大丈夫。誰でも最初は初心者だし、いきなりやれなんて言わないから」

「いいの?」

「うん、川口さんに聞いてみないと分からないけどね」

「川口さん?」


「社長よ」

「なるほど、分かった。ありがとう」北山家にはお世話になりっぱなしで頭が上がらない。

 いつの日か彼らに恩返しをしなければならない。恩を返しきれるだろうか。


「良かったね」楓は微笑みかける。

「うん」

「そうだ、働くなら体力つけなくちゃね」

「まあ、そうだね」

「一緒に散歩でも行こっか」

「わかった、支度してくるよ」楓に駆り出されて、散歩に行くことになった。


 近くにある、広い公園を歩く。楓と二人きりで過ごすのは、一週間ぶりだ。


 先に歩く楓の姿はいつ見ても、愛くるしい。横並びで歩くのも愛おしい。何をしていても、彼女は可愛いのだ。


「似合ってるよ、その服」楓はこの前、優希とのデートで買った服を身に着けていた。

「ホント? ありがとう。優希も似合ってるよ、また一緒に買い物行こうね」

「給料が入ったら、今度は私が払うから」

「フフッ。ありがとう、楽しみにしてるね」楓は笑顔をこぼす。

 守りたい笑顔。彼女と一緒にいれば、何でもできる気がしてきた。


 ――ん?

 左手に生暖かい感覚が走る。離さないようにがっしりと握られているようだ。楓の右手。彼女は手を握ってきた。


 これは一体どうゆうことなのか、これが楓の答えということなのか。分からない。


 優希は動揺を隠しながら、握り返す。

 楓の顔を見て反応を確かめるが、恥ずかしがっているのか目も合わしてくれない。

「散歩なんて久しぶりだな」

「そうなの? 私はたまにするかな。嫌なことがあった時とか」

「そうなんだ」

「東京でもしなかったんだ?」

「まあね、別に引きこもってるわけじゃないけどさ」


「私も東京に行ってみたいな。ご飯はおいしいし、観光する所もいっぱいあるもんね」

「行ったらいいよ、案内してあげるよ」


「でも、私……行けないし……」

「え、どうして?」

「だって、ほら……」


 ――楓!

 突然、彼女の名前を呼ぶ男の大声が耳に届く。二人は思わず、振り返る。


 あの男は誰だ。なんて考えていると男は駆け寄って来た。


 迫りくる恐怖に足がすくむ。楓は優希の手を握りながら、背後に立った。


「楓じゃ……ないのか?」無精ひげを生やした中年の男は手が届く距離まで近づいてくる。


「恐い……」楓がボソッと声にする。優希は近づいてくる男の恐怖に耐えながら、待ち構えた。

「誰ですか?」優希は男に対して睨みつけた。


「ほら、俺だよ。忘れてしまったのか……?」楓の握る手の力が強くなる。そして彼女は腕を引っ張った。


「逃げるよ」

「あ……」楓は繋いでいた手を離し、逃げ出す。


「すまない。人違いだったよ」男は後ずさりしてボソッと声を漏らした。

 優希は時々、男の姿を確認しながら、楓の後ろを追いかけた。

 残された男は茫然と立ち尽くしている。


 男は動かないのに、楓はどこまでも走り続けた。優希も必死に追いかける。



「はあ……はあ……」何メートル走っただろうか。男の姿が確認できない程、遠くに逃げると、楓は膝に手をついて立ち止まっていた。


 楓に追いつき、話しかける。

「今の人……誰?」

「分からない……不審者かも……」

「でも、楓の名前……」

「知らないよ……怖い」楓は肩を震わせて、怯えていた。


「大丈夫。私がいるから、私が守るから」怯える楓の背中を摩りながら、肩を抱き寄せる。


「ごめん、ありがとう」二人は息を整えた後、寄り道せず真っ直ぐ家に帰った。


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