第6話 無邪気な行動
着替えを済ませ、楓のスニーカーを借りて玄関を出る。
昨日から夢のような出来事が続き、本当に夢じゃないんだなと優希は北山家をボーッと眺めた。
「ねえ、行くよ」
「うん」先導する楓に見惚れる。
白のトップスに紺の膝下丈のスカート。落ち着いた雰囲気で可愛らしい。
「どうかしたの?」立ち尽くす優希に心配そうに話しかける。
「ううん、なんでもない」
楓に連れられ、福井市内の市街地までやってきた。考えてみれば、市内を歩くのは、これが初めてだ。
優希は目を奪われた。客を呼ぶために派手に飾りつけされた外装、目が合えば何をされるか分からない厳つい金髪の男、パンツが見えそうなミニスカートを履いた女。
見慣れた光景がそこには何もなかった。
福井なんて田舎で何もないところだと思い込んでいた。
確かに東京は大阪と比べてみれば、人も少ないし、何もないかもしれない。
しかし、澄んだ海や自由奔放に伸びた木々を見た後に、市内に来ると錯覚が起き、感動した。
自ら投げ出した身体で体感する。死を覚悟した男は今までにない感覚に陥った。
悩んでいたことが全て吹っ切れるように、新たな人生をここで歩もうと決めた。
楓の後ろを金魚の糞のようについていき、男性服の専門店に着く。
「好きなもの選んでいいからね」
「え? でもお金は?」
「お金のことは気にしなくていいから」
「でも悪いよ」
「服が無いと生活できないでしょ」確かにそうだ。優希は崖を降りた時に所持品を全て処分した。
持っているのは、着ていた服一枚だ。彼女に従うしかなかった。
店内に並ぶ衣服の品数はそれほど数が多くない。
色々な物に目移りせずに目的の物が買える。
特別ブランド物にこだわりを持っていなかったため、不都合には感じなかった。
「これいいんじゃない? 着てみてよ」店内を眺めていると、楓が服を手に取り、勧めてくる。
白いTシャツと濃紺のジーンズを持ち、優希は試着室に入り、試着する。
優希はカーテンを開ける。
「どう?」
「ちょうどいい」ジーンズの丈は長いが、ウエストは締め付けられない。シャツも問題なし。
「そう、よかった。どうする?」
「これでいいよ」この後、他の店舗をいくつか回って上下の服、靴を一式購入した。
店を出た頃には、ちょうどお昼になっていた。
「お腹空いたね」
「そうだね」
「先にランチにしようか。奢るからさ」男として屈辱的な気分になった。
状況的に仕方ないことだけど、優希はやはりショックを受けた。
「うん、行きたい」気持ちを堪えながら、楓に賛同する。
徒歩五分ほどでレストランに着いた。
「好きな物頼んでいいからね」優希はハンバーグ、楓はクリームスパゲティを頼んだ。飲み物は共に水だけだった。
「昼から何するの?」待っている間、優希は楓に話しかける。
「もう少し買い物して帰ろうかな」
「また、私の服?」
「うん。だってまだ足りないでしょ?」
「もう充分だよ」
「そう? ならまた今度にしよっか」
「楓の服は買わなくていいの?」
「私? 見たいかも。でもいいの?」
「いいよ、楓の好きにしたら」
「ありがとう」ちょうど話が終わる頃に、店員が注文していた物を持ってきた。
「いただきます」二人はそれぞれがフォークを手に取り、食べ始めた。
「ハンバーグ美味しそう。ねえ、一口ちょうだい」楓は口を大きく開け、待っている。
「うん、いいよ」優希は何も考えずに、ハンバーグをナイフで切り分け、フォークで刺す。
そして、刺したフォークを楓の口元に持っていく。楓はパクリとフォークを咥えた。
――え? 間接キス……?
優希は楓が咥えた後のフォークを眺める。銀色のフォークが肉の脂か、楓の唾液で光っていた。
胸が急激に躍り、唾をゴクリと飲む。冷静ではいられなく、変な表情になっていたかもしれない。
「んー、美味しい。優希もいる?」楓は何も気にしてない様子で話しかけた。
「……うん」戸惑いながらも間を開けて返事をする。
優希は自分のフォークでパスタを巻いて、自分の口に入れた。
「美味しい。ありがとう」楓の顔を見ると、彼女はニコッと目を合わせて笑った。
――めちゃくちゃ可愛い。
彼女の無邪気な行動、意識してやっているのだとしたら、恐ろしいものだ。――無意識だと思いたい。優希はそれから楓の顔を見て、喋られなくなった。
ランチを終えると、二人はレディースの専門店にやってきた。
「これ、可愛いなあ。あーこれもいいな」
「ねえ、どっちがいいと思う?」胸が少し開いたピンクの花柄とノースリーブの黒の無地のワンピースを両手に持ち、胸の前で並べる。
「こっちかな……」右の黒のワンピースを指差した。
「へー、こうゆうのが好きなんだ?」
「別にそうゆうわけじゃ……」
「じゃあ、どんなのが好きなの?」
「んー、こんなのかな……」店内をさらりと見回し、好みの服を探す。
優希が手に取ったのは、スリットの入った黒のロングスカートだった。
「えー、これがいいの? 破れてるじゃん」
「破れてるのがおしゃれなんだって」
「そうなの? 着てみようかな」楓はスカートと一枚の白のブラウスを持って、試着室に入った。
――ザー。
試着室のカーテンが開く。
「どう?」
「良い。似合ってるよ」
「ホント? じゃあ、買ってみようかな」二人はレジを済ませ、帰路に着く。勿論、男の優希が荷物を両手に抱えて帰った。