第5話 正直な身体
楓が部屋を出て行った後、優希はすぐにベッドに入ったが、眠れなかった。
彼女が残した言葉が気になって、ずっと考えていた。
――悩んでるのは、あなた一人じゃないよ。
楓は、大事な友人を失ったと言っていた。しかし、果たして本当にそうなのだろうか。
優希には、まるで当事者であるように聞こえた。だが、それはありえないだろう。
楓の父は進で、彼女も彼も元気に生きている。それは分かっているつもりだ。
でも、どうしても引っかかる。なぜ、あんなに心に寄り添えるのだろう。ただの理解者ではない、経験者にしか思えないのだ。考えれば考えるほど分からない。
――バタン。
隣の部屋が閉まる音がする。隣は楓の部屋だ。彼女もこれから寝るのだろうか。考えることを忘れ、優希も眠りに就こうと思った。
しかし、何度も寝ようとしたが、汗が出るばかりで眠れない。目を瞑っても、体勢を変えても眠れなかった。
楓の言葉の意味ばかり考えても、仕方がない。
何も考えないようにしよう。頭の中で分かっててもついつい考えてしまう。
ならば、別の事だ。楽しいことを考えよう。
頭に浮かんでくるのは、家族のこと、恋人のこと、友達のこと。
明るい出来事よりも辛い過去を思い出し、涙が一粒、二粒と流れ落ちる。
「はあ」落ちた涙を拭う。故郷を離れ、見知らぬ土地にやって来た。ホームシックだろう。
こんなこと考えてしまうなら消えてしまいたい。
脳内を切り替えようとしても、過去の事ばかりで頭がいっぱいだ。
悲しみが溢れて、僅かな隙間からちょろちょろと涙が零れる。
いつもであれば、こんなはずじゃないのに。瞼の裏に次々と浮かんでくる。
外が明るくなり始める。一睡もせず、朝を迎えた。
下の階から、物音がしている気がする。誰か起きたのだろうか。早くに起きても、人の家だ。もう少し、時間が経ってからにしよう。
――コンコン。
優希がベッドにゴロゴロしていると、誰かが扉をノックする。優希は寝てるふりをして、何も返事しなかった。
――ガチャッ。
「おはよう。朝だよ、起きて」楓の声だ。優しい声で優希を起こす。
「うん」返事をして、ゆっくりと体を起こした。
「もしかして、起きてた?」
「ううん」楓の顔見て、首を横に振った。彼女は眉毛をピクリと動かした。
「夜は寝れた?」
「寝れたよ」
「嘘。目の下に隈できてるし、目も腫れてるよ」
「そう?」優希は両手でマッサージするように瞼を触る。少し間を置き、楓は言う。
「話したいことがあったら聞くよ?」昨日と同じように真っ直ぐな瞳で優希を見つめる。楓の目を見て、思わず逸らす。
――ドクン、ドクン。
鼓動が大きくなっていくのを感じる。
この子には隠せない、心が見透かされているようだ。
彼女の声を聞くだけで、落ち着く。彼女には全てを打ち明けられる、そんな安心感があった。
――グルグル……。
優希のお腹が楓に聞こえるほど大きく鳴る。
「お腹……空いた」
「そうだね、朝ご飯食べよっか」楓の後ろをついて行き、一階へと降りていく。
朝ご飯の前に洗面所で顔を洗う。楓の言う通り、目が少し腫れ、隈ができている。まったく、正直な身体だな。
気を引き締めて、居間に行く。先に薫と進、そして雅が座り、朝食を食べ始めていた。
「おはようございます」
「おはよう」薫と進の二人はにこやかに笑い、挨拶した。
雅は不機嫌そうだ。昨日と同じ席に座る。
優希が席に着くと、楓がトーストと牛乳を用意してくれた。
優希はトーストを手に取った。
――福井市内で強盗が発生。犯人は未だに逃走中。
大型の薄型テレビが置いてあり、ニュースが流れている。
「また強盗だって、最近多いね。この間も、ニュースでやってたし」薫がそう口にすると、コーヒーを飲んだ。
田舎でも物騒だなと思いながら、トーストを飲み込んだ。
「優希も気をつけるのよ」
「はい、気を付けます」薫と進は朝食を食べ終え、準備を済ませると、仕事に出かけた。
楓はキッチンで洗い物をする。優希は洗面所で歯磨きをする。
洗面所で雅と二人きりになった。
「やけに、楓と仲良いのね」雅はヘアメイクをしながら、こっそりと話しかけてきた。
「ええ、まあ」
「もしかして、楓に惚れてる?」雅はニヤリと笑う。
「まさか」優希はそっと嘘をついた。
「あなたが想ってなくても、楓は好きかもね」優希は雅の言葉にドキッとした。
最初は冗談だと思った。だが、よく考えてみれば、そうなのかもしれない。だから、あんなにも温かいのか。納得できる答えだった。
「ありがとう」優希が礼を言うと、雅は首を傾げた。
「いや、何でもないよ」笑顔を見せて、誤魔化す。
雅は身だしなみを整えると、二人を追いかけるように玄関を出た。一階は二人だけの空間になった。
「ねえ、行きたいところある? あるなら連れてってあげるよ」
「特に無いけど」
「じゃあ、私の買い物に付き合って」優希は予定もない。しかし、雅の言葉を脳裏によぎらせ、悩んだ。
「ほら、一緒に行こうよ」答えを出せないままいると、楓はさらに誘う。そこまで言われたら、断れない。断る理由もない。
「わかった、行くよ」楓についていく事にした。