第39話 ただの悪戯
去年の秋、一通の手紙が楓宛に永田家に届いた。楓は届いた封筒を開ける。
「僕は、東京で生きています」便箋に書かれていたのは、その一文と名前だけだった。手紙の主は奥仲優希と記されていた。
楓は突然届いた手紙に頭の理解が追いつかなかった。亡くなった彼から手紙が届くはずがない。
もし仮に生きていたとしても、彼が引っ越した先の永田家の住所を知ってる訳がない。
初めは、ただの悪戯だと思った。だってありえないのだから。引っ越した先の石川県の永田家の住所を知っている雅や晃に聞いてみたが、本人たちは知らないと言っていた。
奥仲優希を名乗り、永田家に手紙をわざわざ送ってくる。何か送り主には意図があるはずだ。伝えたい、会いたいと言う意思を感じる。
もしかすれば、火災の真相を知っているかもしれない。そして、彼がその犯人の可能性も。
ただの悪戯だとしても、1パーセントの可能性があるならば、それを信じたい。
楓は送り主と会って話がしたくなった。しかし、手紙の封筒には相手の住所は書かれていなかった。だが、切手には、新宿と消印が押されていた。彼はやはり東京にいるのか。
楓は母親に許可を得て、大学進学を理由に上京をすることを決めた。
進学先は、桜成大学。新宿にある大学を選択した。少しでも彼と会える可能性を広げるために。
とはいえ、桜成大学といえば、難関大学だ。入学するだけで、一苦労。
それでも、諦められなかった。彼に会えると思うと辛くなかった。
入学当初、楓は学内で孤立した。高校以来の集団生活に、馴染めなかった。
心の中で、見えない壁を作っていたのかもしれない。殺人犯の娘だと知られるのが、怖くて。知られて、離れていく経験を二度としたくなかった。
心の片隅では、一人でいることが辛かった。寂しかったのだ。孤独に耐えられず、気がつけば、彼を探すことをやめていた。
そんな時だった、清水大洋が声をかけて来たのは。大学の近くのカフェに訪れ、隣に座っていたのが、彼だった。
店内なのにサングラスを掛け、第一印象はチャラそうで、あまり関わりたくないなと思っていた。
「ねぇ、君一人?」馴れなれしく話しかけてきた。
「そうですけど……」
「俺も一人なんだけど、よかったら一緒にお茶しない? 奢るよ」初対面にも関わらず誘ってきたことに驚いた。警戒しながら断る理由を考える。
「……ごめんなさい、人を待っているんです」咄嵯に出た嘘をつく。
「そっか……」彼は残念そうに返事した。
「大学生だよね? 俺さ、桜大生なんだけど、君はどこ大?」だけど、男はめげずに話しかけ続けた。
「同じ……です」無視しようかとも思ったけど、彼の屈託のない笑顔を見てると邪険にする気になれず、つい話に乗ってしまった。
「そっか。こんな可愛い子がいたなんて気づかなかったな」
「そうですか」楓はコップに残ったカフェラテを飲み干し、席を立った。
「待ってよ、もうちょっと話そうよ」
「もうそろそろ行かないと……」
「じゃあ、SNSだけ教えて」
「……わかった。いいよ」しつこく食い下がる男に苛立ちを覚えながら、渋々連絡先を教えた。
連絡先を交換さえすれば、解放されるだろうと思ったからだ。
――もし連絡をして来ても、無視すればいいだけ。
その時は、思っていた。
楓は店を後にする。
男は案の定、その日の晩に連絡して来た。
――明日、少し会えませんか。十四時に、新宿のオブジェの前でお待ちしております。
楓は返信せず、既読無視した。これで、彼とは終わり。連絡さえしなければ、諦めるだろう。
夕食を済ませた楓は、お風呂に入り、布団で朝を迎えた。




