表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怒りの涙  作者: 高村聡
第1章「見慣れない光景」
3/47

第3話 北山一家

 ――ピーッピーッ……。

 家の外から音がする。車の駐車音だろうか。


「父が帰ってきた」楓が呟く。

「下に降りようか」彼女は優希を連れ、1階に降りた。


 二人は両親を出迎える。(すすむ)(かおる)というらしい。


「ただいま」スーツ姿の男が玄関に入ってきて挨拶をした。彼が楓の父親らしい。

 眼鏡をかけていて優しそうな印象を受ける。


 彼と目が合った。優希のことをじっと見つめていた。


「おかえりなさい」楓が笑顔で迎えると、進も嬉しそうな表情を見せた。


「今日は早いね」

「たまには早く帰ろうと思ってな」進は答えた。そして、靴を脱いで家に上がる。


「ところで、そちらの子は?」進が優希を見て訊ねる。

「優希っていうの。砂浜で倒れてたから助けたんだ」優希はお邪魔してますと頭を下げた。


「そうだったのか。偉いな」

「しばらく泊めても、いいよね?」楓が尋ねると、両親は顔を見合わせる。

 優希は何を言われるのかドキドキした。


「まったく、勝手に決めやがって」進は大きく溜息をついた。

「ごめん。でも、困ってるみたいだったから……」申し訳なさそうに楓が言う。


「まあ、ゆっくりしてってくれよ」優希に掛けた言葉は、その一言だけだった。

 優希は首を傾げた。寛容的な人なのだろうか。急に知らない人が家にいるのだから、もう少し何かあっても良いだろうに。いや、無いに越したことはないが。


「良かったね」隣にいた楓はニコニコしている。


「楓。今日、雅は?」進は居間を見渡す。

「友達とご飯食べてくるみたい」

「そうか」進はそれを聞くと少し残念そうだった。


「もう少し待っててね、これから夕飯の支度するからね。楓、手伝ってくれるわよね」薫は台所に立ち、夕飯の支度をし始めた。


「はーい」楓も返事をして、台所に向かった。 彼女は長い髪をポニーテールにしてまとめる。

 


 居間には、急激に緊張感が走る。

「座りなよ」進は優希を茶色い座椅子に座るように勧める。

「はい」優希は彼の言うとおりにすることにした。


「どこの出身なんだ?」進は腕を組みながら、質問を始める。取り調べが始まるような変な緊張感が走る。


「東京です」優希は偽りなく、正直に話す。

「へえ、東京か。随分、遠くから来たんだね」

「ええ、まあ」


「飛行機で来たのか?」

「いえ、夜行バスです」

「夜行バス? それは時間がかかっただろう」

「九時間ほどかかりました」


「退屈だっただろう。俺は耐えられないよ」

「二度と乗りたくないですね」進と晃は余程おかしかったのか、声を出しながら笑った。



 進たちはここに来た理由を聞くことはなかった。全てを分かっているようだった。


 困っている時は、助け合いだから、何日でも泊まればいいと。

 進の対応は心の中にそっと寄り添うように優しかった。


 優希は心が落ち着くまでの数日、北山一家に泊まることを決める。


「優希は、何歳だい?」

「十八歳です」

「十八歳か、だったら楓より一つ上か」

「そうなんですね」優希はチラッと楓の姿を確認する。包丁を持ち、薫の料理の手伝いをしている。

 年下なのに、しっかりしている子だなと感服した。そう思うと急に意識し出して、胸がドキドキと高まった。



「もうすぐできるからね」薫がテーブルにサラダと箸を並べながら、声をかける。部屋中に焼き魚の匂いが漂う。


「今日は何の料理ですか?」

「鮭の塩焼きよ」グリルで焼かれる鮭の音に食欲がそそられる。

「優希は飲み物、お茶でいいかしら?」

「はい」


 待っていると次々、テーブル大きな鮭の切り身が並べられる。

 都会では食べられないような大きな切り身だ。


 皆が席に着いた。薫は優希の横に座り、真正面には楓が座った。


「いただきます」箸で鮭を切り分け、口に含んだ。すごく柔らかく、噛む度に口全体にうま味が広がる。


「どう? 美味しい?」楓は優希の顔を見つめ、聞いてくる。

「美味しい。すっごく」

「そう、良かった」彼女は笑みをこぼして、ご飯を口に放り込んだ。


 ――ダメだ。好きになってしまう。

 優希は彼女の可愛さに、惚れる寸前になる。

 彼女が優希に触れてしまえば、理性を忘れて、感情が抑えられなくなりそうだ。


「どうした? 優希、食事が進んでないぞ」

「ううん、大丈夫」晃の一声に目が覚めた。



 食事を終え、楓は洗い物をする。

 薫と進はビールを飲んだせいなのか、仕事で疲れたせいなのか。居間でクッションを枕代わりにして寝てしまった。

 晃は一人、自室に戻った。実質的に楓と二人きりとなった。

 洗い物をする楓をジッと見つめる。家庭的な楓に目を奪われた。


 ――ごめん、ナナ。許してくれ。

 東京に置いてきた、恋人に自由を認めるように願った。


 優希は楓が好きであると認めた。声を掛けるわけでもなく、手伝うわけでもなく、ただただ見ていたかった。


 見ているだけで安心感を与える。

「おーい、大丈夫?」楓が洗い物を終えて、一点を見つめる優希を心配し話しかけてきた。


「ちょっと疲れてるかも」

「お風呂入って、休みなよ」

「うん、そうするよ」楓に風呂場まで案内してもらう。優希は服を脱いで、浴室に入った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ