第3話 北山一家
――ピーッピーッ……。
家の外から音がする。車の駐車音だろうか。
「父が帰ってきた」楓が呟く。
「下に降りようか」彼女は優希を連れ、1階に降りた。
二人は両親を出迎える。進と薫というらしい。
「ただいま」スーツ姿の男が玄関に入ってきて挨拶をした。彼が楓の父親らしい。
眼鏡をかけていて優しそうな印象を受ける。
彼と目が合った。優希のことをじっと見つめていた。
「おかえりなさい」楓が笑顔で迎えると、進も嬉しそうな表情を見せた。
「今日は早いね」
「たまには早く帰ろうと思ってな」進は答えた。そして、靴を脱いで家に上がる。
「ところで、そちらの子は?」進が優希を見て訊ねる。
「優希っていうの。砂浜で倒れてたから助けたんだ」優希はお邪魔してますと頭を下げた。
「そうだったのか。偉いな」
「しばらく泊めても、いいよね?」楓が尋ねると、両親は顔を見合わせる。
優希は何を言われるのかドキドキした。
「まったく、勝手に決めやがって」進は大きく溜息をついた。
「ごめん。でも、困ってるみたいだったから……」申し訳なさそうに楓が言う。
「まあ、ゆっくりしてってくれよ」優希に掛けた言葉は、その一言だけだった。
優希は首を傾げた。寛容的な人なのだろうか。急に知らない人が家にいるのだから、もう少し何かあっても良いだろうに。いや、無いに越したことはないが。
「良かったね」隣にいた楓はニコニコしている。
「楓。今日、雅は?」進は居間を見渡す。
「友達とご飯食べてくるみたい」
「そうか」進はそれを聞くと少し残念そうだった。
「もう少し待っててね、これから夕飯の支度するからね。楓、手伝ってくれるわよね」薫は台所に立ち、夕飯の支度をし始めた。
「はーい」楓も返事をして、台所に向かった。 彼女は長い髪をポニーテールにしてまとめる。
居間には、急激に緊張感が走る。
「座りなよ」進は優希を茶色い座椅子に座るように勧める。
「はい」優希は彼の言うとおりにすることにした。
「どこの出身なんだ?」進は腕を組みながら、質問を始める。取り調べが始まるような変な緊張感が走る。
「東京です」優希は偽りなく、正直に話す。
「へえ、東京か。随分、遠くから来たんだね」
「ええ、まあ」
「飛行機で来たのか?」
「いえ、夜行バスです」
「夜行バス? それは時間がかかっただろう」
「九時間ほどかかりました」
「退屈だっただろう。俺は耐えられないよ」
「二度と乗りたくないですね」進と晃は余程おかしかったのか、声を出しながら笑った。
進たちはここに来た理由を聞くことはなかった。全てを分かっているようだった。
困っている時は、助け合いだから、何日でも泊まればいいと。
進の対応は心の中にそっと寄り添うように優しかった。
優希は心が落ち着くまでの数日、北山一家に泊まることを決める。
「優希は、何歳だい?」
「十八歳です」
「十八歳か、だったら楓より一つ上か」
「そうなんですね」優希はチラッと楓の姿を確認する。包丁を持ち、薫の料理の手伝いをしている。
年下なのに、しっかりしている子だなと感服した。そう思うと急に意識し出して、胸がドキドキと高まった。
「もうすぐできるからね」薫がテーブルにサラダと箸を並べながら、声をかける。部屋中に焼き魚の匂いが漂う。
「今日は何の料理ですか?」
「鮭の塩焼きよ」グリルで焼かれる鮭の音に食欲がそそられる。
「優希は飲み物、お茶でいいかしら?」
「はい」
待っていると次々、テーブル大きな鮭の切り身が並べられる。
都会では食べられないような大きな切り身だ。
皆が席に着いた。薫は優希の横に座り、真正面には楓が座った。
「いただきます」箸で鮭を切り分け、口に含んだ。すごく柔らかく、噛む度に口全体にうま味が広がる。
「どう? 美味しい?」楓は優希の顔を見つめ、聞いてくる。
「美味しい。すっごく」
「そう、良かった」彼女は笑みをこぼして、ご飯を口に放り込んだ。
――ダメだ。好きになってしまう。
優希は彼女の可愛さに、惚れる寸前になる。
彼女が優希に触れてしまえば、理性を忘れて、感情が抑えられなくなりそうだ。
「どうした? 優希、食事が進んでないぞ」
「ううん、大丈夫」晃の一声に目が覚めた。
食事を終え、楓は洗い物をする。
薫と進はビールを飲んだせいなのか、仕事で疲れたせいなのか。居間でクッションを枕代わりにして寝てしまった。
晃は一人、自室に戻った。実質的に楓と二人きりとなった。
洗い物をする楓をジッと見つめる。家庭的な楓に目を奪われた。
――ごめん、ナナ。許してくれ。
東京に置いてきた、恋人に自由を認めるように願った。
優希は楓が好きであると認めた。声を掛けるわけでもなく、手伝うわけでもなく、ただただ見ていたかった。
見ているだけで安心感を与える。
「おーい、大丈夫?」楓が洗い物を終えて、一点を見つめる優希を心配し話しかけてきた。
「ちょっと疲れてるかも」
「お風呂入って、休みなよ」
「うん、そうするよ」楓に風呂場まで案内してもらう。優希は服を脱いで、浴室に入った。