第2話 海岸にいた理由
「はーい」楓はチャイムが聞こえると返事して、玄関の方まで出向いた。
――ガチャ。
出向いたかと思うと、楓はすぐに戻ってきた。
居間の扉を顔が見えるくらい開ける。
「晃、ちょっと代わりに出て」楓は、手招きする。
「何? どうかしたか?」晃は呟きながら居間を出て行き、玄関の方へ向かっていった。
楓は居間の床に体育座りした。先ほどまで明るかった様子から一変し、暗くて考え込んでいる顔をしている。
「どうかしたの?」優希は勇気を出して聞いてみる。
「ううん、何でもないよ」楓は無理に笑顔を作って答える。
明らかに何かある。優希はこれ以上追及しなかった。
部屋の中を見渡した。居間には、新聞が置いてあった。
日付が書いてある。七月二十一日、木曜日。今日の新聞だろうか。
優希は手に取り、自分の事がニュースになっていないか、パラパラとめくり、一通り調べた。
何の記事にもなっていないことを確認し、ホッとした。
新聞を読み終えた頃、晃が戻ってきた。
「楓、本当にいいのかよ」
「いいの。もう決めたことだから」
「分かったよ」晃はそう言って自分の部屋に戻っていた。
――どうしたんだろう。
二人のやり取りを聞いて、優希は疑問に思った。
楓は暗い表情をしたままだ。やはり嫌なことでもあったんだろうか。
優希は心配して楓をじっと見つめた。少しすると彼女と目が合い、彼女は、歯を見して笑った。
それからすぐに、楓が立ち上がり、優希の傍に来た。
彼女の真剣な眼差しにドキッとする。
「優希、今から私の部屋に行こう」楓は有無を言わさず、優希の手を引っ張って居間を出た。
楓は階段を上り、二階にある一つの扉の前で止まった。
「ここだよ」楓はドアノブに手を掛けて扉を開けると、中には本棚や机、タンスなどの家具が並んでいる。女の子らしい可愛い小物もいくつかあった。
中に入り、優希は辺りを見渡す。窓際にベッドがあった。楓はそのベッドの上に腰掛けた。
「そこに座っていいよ」楓は自分の横を指差す。
優希は言われるがまま、そこに座った。少し緊張しながら楓の顔を見ると目が合った。
楓はニコっと微笑んでくれた。優希は、照れて目を逸らす。
「目逸らしたー」楓はニヤリと笑って言う。
「…………」優希は何も答えられなかった。恥ずかしくて、まともに楓の目を見ることが出来ない。
「別に何もしないよ」楓は優希の反応を楽しんでいるようだ。彼女はベットに寝転んだ。
優希は楓を見て、さっきの出来事を思い出した。彼女がなぜあんな風に悲しそうな顔をしていたか気になっていた。
「さっき、どうしてあんなに落ち込んでたの?」思い切って質問する。
すると、楓は天井を見ながら、しばらく黙っていた。
優希は楓の様子を伺いながら、返答を待つ。
沈黙に耐えられず、また話し掛ける。
「話したくないなら、いいけど」優希が言いかけると楓が喋り始めた。
「優希が話してくれたら話すかも」
「え?」
「嘘、ついてるでしょ」
「そんなことないよ」否定するが、動揺を隠しきれない。
バレないように必死だった。心臓の鼓動が激しくなる。
「大丈夫だから」
「え?」
「分かるんだよ。私も同じだったから」楓はそう言って起き上がり、優希の方へ身体を向けた。
そして、両手を伸ばして、そっと優希の頬に触れた。その手は暖かくて優しい温もりを感じた。
楓の瞳には涙を浮かべている。
「優希は、本当はどこから来たの? どうしてあの海岸にいたの? 本当の事を教えてほしい」彼女は真っ直ぐ見つめて問いかけてきた。
優希は迷ったが、覚悟を決めた。ここで話さなかったら後悔すると思った。
「実はさ、生きるのが辛くなって、自殺しようと思ったんだ」優希は楓に話し始めた。
崖から飛び降りたこと、自分が気がついた時には砂浜で倒れていたこと。
「優希はまだ死にたいの?」楓が真剣な眼差しで言う。
「分からない。一人でいたら死にたくなるかも」
「ダメだよ」楓は首を横に振った。優希は不思議に思う。何で止めようとするのだろう。
優希にとって楓たちは赤の他人で、何の関係もない人だ。
なのに何故、自分を止めようとしてくれるのか。
「同じだったから」楓の言葉を思い出す。彼女も死のうとしていたのだろうか。な訳がない。
楓は明るくて優しい。そんな人が死を選ぶなんて考えられない。
でも――。優希の心の中で何か引っかかる。
「楓さんは?」思わず聞いていた。
「私は……」楓は何から話せばよいか考えているようだったが、決心したように口を開いた。
「私には、あなたと同じようにして亡くなった友人がいたの。それを少し思い出しただけ」
「そうだったんだ」優希は心のしこりが取れて、ほっとする。
「その友人の父親は、ある日借金を残して亡くなった。一家の大黒柱を失った母親は、その友人を養う為に必死に働く」
「でも日に日にやつれていく母を見るのが辛かったんだって。私何かいなきゃ、母親は幸せなのにって。だから、彼女が死んで楽にしてあげようとしたみたい」淡々と語っていく楓。
「それで、その子は亡くなったの?」優希は恐る恐る聞いた。
「うん。だから、私は死を選ぶ人を止めたいの。同じようになって欲しくないから」楓の言葉はグサっと心に刺さった。
自分がなんてことをしようとしてたんだと悔やむ。
「優希は、まだ戻れるよ。嫌なら、気が済むまでここにいればいい」楓は優しく包み込んでくれるような笑顔で言った。
「本当に迷惑じゃない?」
「もちろん」彼女の笑顔を見て心の底から安心した。
――この人達に出会えてよかった。
そう思えた瞬間だった。優希も自然に笑みがこぼれる。
「ありがとう」そう言って、二人はお互いの顔を見合って笑い合った。