第13話 強風の薄暗い夜道
「ねえ、優希はどうして、ここに来たの?」行為を終えると、添い寝しながら、雅は聞いてきた。
「それは……」雅の言葉の誘惑に、困惑する。
あれは非常に突発的なものだった。あの日、あの夜、何もかもが嫌になり、自ら命を絶とうと思った。
優希は言葉を発する前に躊躇した。
「誰にも言わないから、教えてよ」
「でも……」どんなに誘惑されようと、これは話せない。
「私のことも教えてあげるよ」知りたい、もっと雅のことを。雅の言葉は、優希の探究心をくすぐった。
「長くなるけど、いい?」
「いいよ」
「分かった」優希は雅に心を許してしまった。雅は微笑み、優希を見つめた。
「あの日、おばあちゃんが亡くなって、お葬式のために、僕は東京から福井にある母の実家に行くことになったんだ」
「そう」
「久々に親戚の人に会って、皆優しく声をかけてくれた。遠いところ来てよかったなって思った。お坊さんが来る前に、祖母の亡骸を見た。祖母は幸せそうに眠っていたんだ。亡くなる前に会いに行けばよかったと後悔した」
「家にお坊さんが来て、お葬式は無事に終わった。葬式が終わると、伯父さんが、入院している祖父に会いに行ったらと言ってくれて、案内してくれたんだ」 優希は話し始めるともう止まらなくなっていた。
「祖父は認知症が進行していて、覚えているか、分からないけど、生きてる間に祖母に会えなかったし、せっかくの機会だから、会おうと思ったんだ。ドキドキしながら、病室に入った。祖父は衰弱していて、変わり果てた姿だった。もう何年も会ってないし、前会ったときは、まだ元気だったから驚いた。人はこうやって衰えていくんだなって思った」
「ベッドの横に座ると、祖父は僕に気づいて、こっちを向いた。『よくも、のこのことやってきたな。この人殺し!』祖父は穏やかな表情を変えて、声を荒らげた」
「僕はパニックになった。会って早々、なんでと。実はさ、僕の両親は小学生の時に、両親を交通事故で亡くしてるんだ。
「相手の車は、無免許でちょうど僕ぐらいの青年だった。祖父は成長した僕を彼と勘違いし、怒鳴り散らした」
「僕の中でどうしようもない怒りがこみ上げてきて、殴ろうかと思った。『二度と、現れるな!』その言葉は傷心した僕の胸に突き刺さり、何がプツリと切れた音がした」
「孫の顔を忘れるだけならまだ良かったよ。でもあいつと一緒にされるのだけは許せなかった。よりによってなんでって。僕だって被害者で両親を亡くして、色々苦労をして、必死に生きてきたのに。それなのに」
「体の中の心臓が、脳が。手や足が、全てが爆発したように熱くなって、何をしたか覚えてない。はあ……気が付いたら、崖の前に立ってた」
「ああ、そうだ、死のうと思ったんだ。薄暗い夜道を一歩ずつ歩いた……」
「もういいよ。分かったから」
「風は寒いくらい強かった……」
「お願い、もうやめて」雅は優希を優しく包み込んだ。耳元で辛かったねと囁いた。
「ごめん、気がおかしくなってたよ」優希は正気を取り戻し、謝る。雅は体を一旦離し、チュッと口づけした。
「雅は、どうして来たの?」
「私? 何か優希の後に話すと、薄らいじゃうな」
「いいじゃん、それでも」
「分かったよ」
「小学生の時に、私の母は離婚して、中学の時に再婚したんだ。最初はいいお父さんだったんだけどね」
「二人きりになったある日、彼は私を襲ったの。私は恐怖で何もできなかった。彼は私と二人っきりになるたびに、私を襲った。何度も何度も。二人の時間が来るのが怖かった。もう襲われるのは嫌で、私は逃げたの」
「そうだったんだ……」
「最初は進と話すのも抵抗があった。仲良くなったら、またって不安で。でも違った。本当の娘のように接し続けてくれた。本当の親子っていうのはよく分からないけど、私を襲うことはなかった」
「そっか。教えてくれてありがとう」
「誰にも言わない。優希、二人だけの約束だよ」
「うん。分かってる」二人は抱き合った。優希は守りたいと強く抱きしめた。
「好きだよ」
「優希、私も好き」優希は、腕を緩めた。
「あのさ」
「どうかした?」雅は不思議そうに見つめる。
「これから、二人の時は聡って呼んで」
「え? なんで?」
「聡、高村聡。僕の本名だから」雅は、一瞬目を見開いたが、納得したのか、にこやかに笑った。
「分かった。好きだよ、聡」
「ねえ、もう一回しよ?」二人はもう一度、抱き合った。
気が付いたら雅のベッドに眠っていた。長い夜だった。裸の雅が横に……いない。優希は飛び起きる。
部屋には彼女の姿はなかった。一瞬、夢かと思ったが、ここは間違いなく雅の部屋だ。部屋には朝日が射していた。




