11-5
「うわああああああ!」
有無を言わさぬ力で担がれ、とんでもない勢いで走り出したので思わず悲鳴を上げる。馬を全力で走らせてもこんな速さにはならないという速さでは悲鳴を上げるのも無理はない。
下を見ると、自分を担いでいる少女が走る足の動きが……残像しか見えない。
「うひぃぃ!」
進路上に現れる魔物を先導する仮面の少女が吹き飛ばしていくが、途中にある段差や岩や飛んでくる魔物の破片をライアンを担いだ少女が避ける度にぐわんぐわんと揺れる。しっかり抱えられていると思うが、僅かに肩からずり落ちそうになる度に思わず手足をジタバタさせてしまう。
ふにっ
「え?」
何か、とっても柔らかいモノに触っ……
「へえ……この状況でそういうスケベ心を出すとはね」
触れられた事実はすぐに私にも伝わり、少し速度を落としてヴィジョンの真横へ。仮面越しだけどジト目でおっちゃんを見る。あ、そういう視線がご褒美とかそういう嗜好だったらどうしよう……多分、大丈夫だと思うけど。
凍り付くような視線で見られた。
これは事故!事故だ!と言いたいのだが、つかんでしまった方が体が揺れずに安定するので手を離せ……ないんだけど!
「すみません!本当にすみません!何の悪気もなければそういう……何て言うか……あの……あれは……えっと!こんな枯れたオッサンが何をどうすると言うんだっていうか!」
必死に叫ぶが、柔らかい感触から手が離れない時点で説得力ゼロか。言葉も通じないみたいだし。
「事故だという主張をしているっぽいし、それはまあ仕方ないとして!いまだに手を離さないのは……ギルティ!」
思い切り手の甲を抓り、そのまま引っ張る。
「ぎゃあああああ!痛い!痛いってば!スマン!スマン!本当に!この通り!」
手の甲の皮膚ってこんなにのびたっけと言うくらいに引っ張られてる!千切れないのが不思議!痛い!痛い痛い!
「まあ、不可抗力ですが……また触られるのはちょっとアレなので、担ぎ方を変えましょう」
担いでいる体をぐわんと回転させて、首の後ろ、両肩で担ぐように変更。別名、アルゼンチンバックブリーカー。この体勢で全力疾走というのはさぞかし怖いだろうけど、自業自得と言うことで。
「うぎゃあああああ!」
せ、背骨が!背骨が軋む!お……折れる!
何となく雰囲気で「事故なら仕方ないよね」という返事をもらったような気がした直後に体勢を変えられて背骨を折りにかかる姿勢にされた。
幸いなことにここからとどめを刺すつもりはないらしいが……あとで落ち着いたら正式に謝罪しよう。こんなオッサンがうら若い乙女に触れたとか、ホント……ごめんなさい。
あと、右手の甲、デロンデロンになってる。人間の皮膚ってこんなにも伸びて……伸びっぱなしになるんだなあ……
五層に入ると、やはり空気が違うと感じる。魔王の部下とおぼしき者が来ていると。でも、何となく……本当に何となくだけど、まだ穴が小さいのか、それほど強い者は出てきていないようなので急ぐとしよう。
マップは……うん、一本道だね。これなら途中で別の道を通ってすれ違うという可能性は無い。
「おりゃっ!」
結構な密度で向かってくる魔物を吹き飛ばしながら駆け抜ける。
ダンジョンの入り口は崩して塞いでおいたけど、時間の問題だろうし。
「ここだ!ここに置いてくれ!」
「よいしょっとぉ!」
三人がかりで運んできた岩をゴンと積み上げる。
あの少女がダンジョンの入り口を崩して姿を消して数十分ほど経った頃、内側から何かが岩を押しのけようとしたのか、グラグラと揺れ出したのでその場にいた者総出で岩を積み、魔法で泥をかぶせて固め、と言うことをずっと続けている。
そう、ずっと。これをいつまでやればいいのか、誰にもわからない。
一応、この場にいるハンターギルドの職員が近くの街へ状況を伝えているが、返事は無い。にわかには信じがたいことというのもあるのだろうが、同時にこれはどう対処すればいいのか見当もつかないというのもあるだろう。
「返事が来ましたね。街にいた高ランクハンターをこちらへ向かわせているそうです。あとは王都にも連絡を入れたと」
「で、その応援はいつ頃来るんだ?」
「急がせているようですが、あと数時間はかかると」
その間をなんとか持たせるというのも中々骨が折れるだろうが、問題は……
「誰が来るのかわからんけどさ、高ランクハンターが来たとして……アレに勝てるのか?」
何しろ相手は見たことも無い姿の魔物だ。
そして、ここにいるハンターたちは確かに駆け出しが多いと言えば多いが、顔見知りの駆け出し新人を鍛えるために同行していた中級ランクのハンターもチラホラいる。そんな連中が全く歯が立たなかったような魔物相手に、高ランクハンターならどうにか出来るのだろうか?
高ランクハンターと言っても、人間。少なくともあの少女たちのような人外じみた強さは無いはず。
「とにかく今はここを固めるぞ!」
「おう!」
出来ることを精一杯。それしか無い。
「最奥到着!」
ユラユラと不思議な色をしたダンジョンコアは、今までに見た中では一番小さい。ダンジョンの規模……というか生み出されている魔物が弱いと言うことなのか、それとも穴が開いたばかりなのか。
どっちでもいいけどね。壊すだけだから。
数人の魔族――明らかに弱いとわかる――が、こちらを警戒して武器を構えた。
「問答無用!燃え尽きろ!」
魔法一発で消し炭すら残さずに消えた。さて、ここからだ。
ミシッと嫌な音がして、全員がそちらを見る。
協力して泥を塗り固め、魔法で補強した蓋の上部にヒビが入っている。
「マズいな」
「クソッ、やっぱアレじゃ弱いか」
「何、予想していたことだろ?」
「そうだな」
出来ることはやった。だが、足りなかった。それだけ。
そして、ここから先は自分たちの命を使う。何としてもここで食い止めなければ。
あんな、理解の及ばないような魔物が外に出たら、最寄りの村はもちろん、街も……そして王都も、国全体も……いや、他の国だって滅ぼされてしまうだろうと、何となく感じている。
おそらく、外に出て自由になった時点でまともに攻撃を当てることは出来なくなるだろう。だが、今なら。あの崩したところから顔をのぞかせ、外に出ようとしているときなら攻撃が当たるだろう。刃は欠け、矢は折れ、魔法も弾かれるだろうが、少しでも打撃を与えておかねば。
バキッと大きな音がして穴が開き、ごつい右手が出てきて穴を広げようと縁をつかんだ瞬間、全員が攻撃にかかった。
「行くぞ!」
「おりゃあ!」
「食らえ!」
俺は一体何を見せられているのだろうか?
このダンジョンの構造はほぼ頭に入っていて、ここが一番奥だというのはわかった。だが、記憶よりも倍以上の広さになっており、一番奥に何とも形容しがたい球体が浮いている。
そして、その周囲にこれまた見たことも無い、ヒト型の何かがいたのだが、仮面の少女が腕を一振りして生み出した荒れ狂うような炎で消し飛んだ。
うん、これ……夢だろ。きっと。悪夢という名の夢だよな。
ほおをつねって確認しようとして気づいた。ああ……思い切りつねってたっけな。いや、つねられていたという方がいいのか。
思わずじっと手を見つめてしまったら、冷たい視線を感じた。




