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同じダンジョンに十年も通い詰めれば細かい構造にも精通する。それは例えば今ライアンが隠れているような、天井近くにある、まるでそこに隠れてくださいと言わんばかりの、人一人がすっぽり入る程度のくぼみの存在について、とかだ。
「クソッ……何なんだよアレは」
このダンジョンを専門にしていると言っても、他のダンジョンへ行ったことが無いわけでも無く、それなりにいろいろな魔物を見てきたと自負していた。しかし、眼下をゆっくりと通過している魔物は、ライアンの記憶に無い姿をしている。そして見た目の凶悪さから言って、下手に手を出すとヤバいのは間違いない。ここまでの間に見かけた魔物の種類と数から言えることは一つ。どうやらダンジョンから無事に出るのは無理だろうと言うこと。ダンジョンで死ぬなど、ハンター冥利に尽きるとも言えるが、コレはちょっといただけない。
「あいつらが情報を外に持ち帰ってくれればきっと……」
一縷の望みを託し、息を潜める。高ランクハンターならきっとここを突破してくるだろうと期待して。背嚢を探り、干し肉を取り出すと口に入れてゆっくりと噛む。食料はなんとかなる。音を立てずに息を潜めていれば見つかることは無いはずだ。ここにこんな風に隠れる隙間があるなんて知能の低い魔物たちは気づかない。そう、例えば今こちらをじっと見つめている変な仮面の少女……え?
マップ表示では確かにこの位置なんだけど、と言う場所に来たけど誰もいない。
さてどうしたものかと思ってふと見上げたら、人が入れそうなくぼみに男性の顔がチラリと見えた。
「なるほどね。アレなら魔物にも見つかりづらいか」
問題は……どうしたら降りてきてもらえるのかしら、ってことくらいかな?
マズいマズいマズい!隠れ始めていくらもしないうちにいきなり見つかったじゃねえか!しかも……背丈こそ俺より遙かに低く、ぱっと見だけなら少女と言っても差し支えない外見だが、色々やべえ。
まず、どう見ても怪しさ満点の仮面。そして、こんな魔物だらけの場所にいるのに武器らしい武器を持っていない上に、防具も所々に革があてられている程度。
これだけでも十分すぎるほどやべえってのに、時折近くに来る魔物を事も無げに蹴り飛ばしている。
アレは絶対にヤバイ奴だと本能が訴えてくるのだが……恐ろしいことに、こちらを見てチョイチョイと手招きしている。
アレか、こちらの実力は見せたぞ、抵抗は無意味だ下りてこいってことか?!
うーん、周りにいる魔物を軽く片付けて、「安全になりましたので降りてきてください」ってジェスチャーしてみたんだけど、伝わってない。
なんて言うか……小さい隙間に潜り込んで出られなくなった子猫を助けようとしているのに、警戒されちゃってるというか……そんな感じ。どうしたらいいのかしら?
「そうか、これだ!」
アイテムボックスから色々出して準備開始!
俺は一体何を見せられているのだろうか?
仮面の女はどこから取り出したのか、薪やら鉄串やら……肉?野菜?本当にどこから出したんだよと突っ込みを入れたいほどに色々と出し、串に肉と野菜を刺して、香辛料を振りかけ、焚き火のそばに並べて炙り始めた。いくらもしないうちに漂い始める香ばしい香り……に釣られてやって来る魔物を一撃で消し飛ばすとかギャップがひでえな。
うーん、食べ物の匂いに釣られて下りてくるかと思ったんだけど、釣られてくるのは魔物ばかり。なかなかうまく行かないものね。
仕方ないので、いい感じに焼き上がった串を一つ。
「いただきます……うん、いい感じ!」
クラレッグさんに「串焼きに合う香辛料を!」と頼んで用意してもらったんだけど、これはなかなか。塩コショウというシンプルなのもいいけど、こうしていくつかの香辛料を調合してあると、味と香りが格別ね。持ってきて正解。さすがプロの料理人は違うわ。
とまあ、食べているわけだけど、ヴィジョンの方はどうかしら?
「クソッ!一層に戻ってきたのにヤベえ奴だらけじゃねえか!」
「おい、離れるな。あの娘の守備範囲から外れたらマズい」
事情を知らずに台詞だけ聞いたら誤解だけを振りまきそうな台詞だが、実際のところ一層にようやく辿り着いたのに、彼らでは到底対処出来ないような魔物が周囲にウジャウジャと。ここまで先導してきた少女が縦横無尽に飛び交いながら処理しているが、数が多すぎて対応がギリギリだ。
「とにかく進め。少しでも良いから!」
「魔物の対処はあの娘が何とかしてくれると信じよう!」
互いに声を掛け合い、少しずつ歩みを進める。
そのすぐそばを魔物が吹き飛ばされていき、髪を揺らし、頬を撫でる。ホンの僅かでも遅れたら命取り。
「見えたぞ!外だ!」
「焦るな!まだ魔物がいる!」
少しだけ早足になるのに合わせて少女が前方を中心に対応していくようになる。
一歩、また一歩……あと二十歩、あと十歩……
「出たぞ!」
「やった!」
歓喜に沸く彼らの背を少女がドン!と突き飛ばす。何ごと?と振り返った彼らの鼻先を魔物が振り下ろした棍棒が通過する。
「「「え?」」」
ダンジョンの魔物は外に出ない……ハズなのに、何で?と。
だが、少女が魔物を吹き飛ばし粉砕したあともさらに魔物が這い出してくる。まるで彼らが外へ誘導してしまったかのように。
「クソッ!全員構えろ!」
「「「おう!」」」
ここまでの間いいとこ無しだったが、これ以上頼りすぎるわけにも行くまいと武器を抜く。そしてそれに呼応するように、ダンジョンの入り口周辺にいた者達も。だが、這い出してくる魔物はどれもこれも見たこともない姿で、どう見ても人間が対峙出来るように見えない。
ドムッ!
「「「え?」」」
少女が吹き飛ばした魔物がダンジョンの入り口にブチ当たると、天井がガラガラと崩落した。そしてそのまま数回、入り口周辺を殴り、蹴ると、入り口が見えなくなる。
「入り口を塞いだ……のか?」
その問いに答えること無く、唐突に少女の姿が消えた。
「「「意味がわからん!」」」
少し急がないとマズいわ。ダンジョンの外に溢れ始めてる。入り口を塞いでおいたし、危険性は認識しているだろうから、さらにその外側に土嚢でも積んでくれればしばらくは保つと思うけど……これ以上時間を無駄には出来ないね。
「コール!」
ふわりと出てきたヴィジョンを「お疲れ様」と労う。
「もう一仕事、お願いね」
ほぼ休み無しで働かせてる?でも、普段はずっと休んでるし……ブラック企業っぽくなってきたのだけれど大丈夫だよね?
「さて、それでは行きますか」
なんてこった。あの変な少女に仲間がいたとは。しかもいきなり現れた。どこにいたのかさっぱりわからん。
「げ……マズい」
こっちを見てる。しかも仮面の方、笑ってやがる。抵抗したところで相打ちどころか、おそらく何も出来ずに殺されるだろう。だが、何も無しで殺されてやるものかと剣に手をかけようとした瞬間、目の前に二人目の女がいた。
「なっ!この高さ……宙に浮いているのか?!」
なりふり構わずに剣を抜こうとしたが、ぐいと襟首つかんで引きずり出され、そのまま下へ。だが、落下の衝撃は特になく、少々服が引っ張られている息苦しさはあるものの、ゆっくりと下ろされた。
「こんなオッサン、拷問したって何も出ないぜ?」
大して金を持ってるわけでも無いどころか、ちょっと借金もしているような中年ハンターをどうしようと言うんだ?と思ったら、ひょいと担ぎ上げられ、二人共に一気に走り出した。
「回収成功。さて、急ぎましょうか。担いで」
コクリ
ヴィジョンが肩に担ぎ上げたのを確認して走り出す。五層への入り口までは五分もかからないかな?




