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「衛兵も来ているようですし、怪我人もいないようです。迂回しましょう」
「そうね」
怪我人がいたら治癒魔法を使っても、と思ったが、そういう必要はなさそうと言う事と、事態の収拾のために衛兵たちが来ている。何だかんだで私の事は衛兵にも知られているのでここにいるとちょっと騒ぎになって面倒かも、ということでタチアナの案内で迂回する事に……ん?
「これ……は?」
「横転した荷馬車からこぼれたようですね」
小さな粒と穂を拾い上げ、何となく鑑定。
「えーと……え?」
「あの、レオナ様?レオナ様!」
「え?あ、はい。何でしょうか?」
「行きましょう、こちらです」
思わず固まってしまったところを、二人の声で我に返って歩き出す……が、これは聞いておかねば。
「クラレッグさん、これは何かご存じですか?」
「これ?ああ、これはダート豆。こっちはリゾ麦ですね」
それはいい。名前は鑑定してわかった。
「これ、お店で売ってなかったと思うんですけど」
「それはそうでしょう」
「え?」
どゆこと?
「レオナ様、これは……その……家畜の餌です」
「家畜の餌?」
「はい」
この世界でも家畜を飼育するという産業はある。私が唐揚げにしたヨリトはもちろんそうだが、牛や豚に羊やヤギと言った家畜が飼育されている。名前はほぼそのままだけど見た目は全然違うよ?少なくとも地球には額から角が縦に二本並んで生えてる牛はいなかったよね?豚の足も八本は無かったはずだし、体長というか全長十メートルのヤギも、サラサラストレートヘアーな羊もいなかったと思う。それぞれの用途は地球のそれらとほぼ同じなんだけど見た目の違いはとても大きい。
そしてそれらの飼育は基本的には牧場で放牧。つまり、牧草を食べさせているわけだけど、寒い季節や産前産後等に穀物を食べさせる事は普通に行われている。この辺も地球の畜産と似たような感じかな。
そしてそこで食べさせている代表がダート豆とリゾ麦。どう見ても大豆と稲です。ありがとうございました、本当に。
「レオナ様、まさかそれを食べるなんて……」
「え?ダメなんですか?」
「いえ、ダメとは言いません。実際、天候不順や何かで作物が取れないときにはそれらを食べる事もあるそうですから。しかし、その……」
言いたい事はわかった。だけど、確認したい。これが大豆と稲と同じかどうか。
フェルナンド王国は結構な広さの国で、平野部の半分以上が農地として利用されている。農地になっていないのは森になっているか、街や村から離れすぎていて農地にするには不便な場所、と言うくらい。そして、ヴィジョンをうまく活用しているから生産量は安定しており、よほどの天候不順がない限り、国民が飢えるような事はない。だが、タチアナによると、この家畜用飼料の代表格、ダート豆とリゾ麦は……とにかくたくさん収穫出来る作物らしい。しかも年三回。まあ、家畜の餌として考えた場合、相当な量を食べるだろうから収穫量が多いのはありがたいんだろう。
「二人とも、これを買いに行くわよ!」
「「え……」」
渋る二人を強引に引き連れて店まで。王都周辺で収穫された豆と麦を家畜を飼育している人向けに売るという。一般家庭向けではない店なので、街門近くにある……何というか、倉庫みたいな店だった。そして、私たちが入っていくと、すごく不思議そうな顔をされた。そりゃそうか。タチアナとクラレッグさんの服には侯爵家の紋章が入っているし、私の着ている服だってそれなりに高級な見た目だし……オマケに変な仮面もしているし。もちろん、貴族の中には自ら畑を耕し、作物を育てている人もいる。家畜を飼育している貴族だっている。だけど、少なくとも王都に住んでいる貴族にはそういう者はいないからね。
不思議な視線は気にせずにとりあえず五キロずつ購入した。二人ともすごく嫌そうな顔をしているので、「私だけが食べますから」と言っておいた。私が勝手に食べて「失敗した!まずい!」とやるのは勝手でしょう?
屋敷に帰ったら、その音を聞きつけたらしいファーガスさんが「今日は何を作るんだ?」と詰め寄ってきたところをセインさんに引っ張られていった。あの人、何やってんの?
夕食の時間に何か作って間に合わせるのは無理だったので明日にするけど、何を作ろうか。
「さてと、精米はこんなもんかしらね」
家畜の餌として与える場合、精米なんてしないんだろうけど人間が食べるには必要。だけど、当然精米機なんてない。と言う事で、壺の中に入れて木の棒でガシガシと言う、前世では子供の頃にやっていたような方法で精米。本当なら籾を取る工程とぬかを取る工程は別々の器具を使うんだけど、簡単に用意出来そうにないのでまとめて行った。だから、ちょっと粗いかも知れないけどまあ、そこは我慢。食べるのは私だけだから。
そう、今日も厨房の一角を借りているのだけれど、今回買ってきたものの事は知られている事もあってか、みんな遠巻きに見てるだけ。うん、遠巻きにするくらいなら見ないで欲しいです。
「さてと……ん?これ……え?」
出来上がった米の色が妙に白い。もしかして……
「タチアナ」
「はい」
「そんな嫌そうな顔しないで」
「そう言われましても」
「気持ちはわかるけど、ちょっとした質問だから」
「はあ……私でわかる事でしたら」
「このリゾ麦って、畑で育ててるんだよね?」
「そうですね。オルステッド領でも栽培されていますよ」
「普通に地面から生えてるんだよね」
「地面以外から作物が生えるというのがよくわかりませんが」
そうだね、質問の仕方が悪かった。
「えーと……その……そうだ、水でひたひたにしたりしない、よね?」
「水で?ひたひたにしたら根っこが腐ると思いますが」
「なるほど。うん、わかった。ありがとう」
「いえ」
ススッと下がっていくので、ちょっとだけ意趣返ししておこう。
「タチアナみたいな子がイヤそうに応対するのって、ちょっとしたご褒美ね」
「?!」
表情が消えたわ。
さて、謎の業界のご褒美は置いといて、このリゾ麦、稲は稲でも陸稲という奴ね。となるとこれは……餅米かな。フム……となると……作業中断、ダート豆を確認!
袋から出したダート豆、見た目は完全に乾燥した大豆だった。そして、少量を昨夜ボウルに入れて水に浸しておいた方は……
「見た目は大豆ね」
乾燥しているときはほぼまん丸で、水に浸すとちょっと長い豆の形。そのまま鍋に入れ、少量の水と塩だけで茹でてひとくち。
「うん、大豆」
歯ごたえと香り、味は完全に大豆。これは……いろいろ出来るわ!
日本人は米を食べる民族で、米を食べる文化が成熟していると言われるが、私はそれは半分正解で半分誤りだと思っている。
よく考えてみて欲しい。
朝食の食卓に……ご飯と納豆(醤油だれ)と豆腐の味噌汁を並べたところを。
納豆は大豆。醤油も大豆。豆腐も大豆で味噌も大豆。大豆だらけだ。
納豆に醤油は、発酵させた大豆に大豆の絞り汁だね。
豆腐の味噌汁は、粒入りコーンポタージュスープの大豆版。
他にも冷や奴に醤油をかけるのって、大豆の煮こごりに大豆の絞り汁みたいなものだし、とあげていくとキリがないくらいに大豆は色々な使われ方をしている。日本人は米よりも大豆を食ってる民族だ。
さて、さすがに味噌醤油納豆は簡単には作れないだろう。発酵食品という時点で麹だの菌だのと言ったものを整えなければならない。だけど、加熱したり潰したりと言った工程だけで作れる物ならここでも可能。豆腐はちょっと面倒だから今日はやらないけどね。




