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翌日、子供たちが遊び疲れて昼寝に入ってしまったので、タチアナにちょっと込み入った話を聞くことにする。
「私のわかる範囲であれば何なりと」
「何をそんなに揉めているのか、わかる?」
「そうですね……」
タチアナが、貴族の間では知られていることですが、と前置きして現在の王国の事情を教えてくれた。
現在、フェルナンド王国の貴族家は百余り。そのうち、領地持ちは三十ほど。侯爵、伯爵は例外なく領地持ちだが、過去のオルステッド家のように領地持ちの男爵家もある。
そして、彼ら貴族家と王族によって王国は運営されている。税の徴収や街や道路の整備、魔物の討伐から犯罪者の取り締まりまで。貴族家ごとに得手不得手、役割があり、互いに協力し合う体制が作られている。オルステッド家も例外ではなく、広大な領地を治めるために大勢の貴族家――主に男爵だが――と共に、街や村の管理を執り行っている。
互いに協力し合わなければならないことは理解していると言っても、全ての貴族家の考え、意見はよく衝突する。それは、当然だろう。皆の意見が常に一致するなんて不自然すぎる。だが、そうした意見、考え方の違いは派閥を生み出す。
現在、貴族家の派閥としては大きく二つ。細かく言うと四つに分かれる。大きく分かれるのは現国王を支持する、しないの二つ。そして、支持しない派が三人の王位継承権者をそれぞれ支持している。
現在の国王は二十一歳の時、前王の急逝を受けて即位。その後すぐに王妃、第二王妃と続けて結婚し、二十三歳の時に第二王妃との間に男児が誕生。この国では生まれた順に王位継承権が生じるため、これが第一王子。その後、王妃との間に女児が誕生。それからしばらくしてそれぞれ男児を一人ずつ出産。だが、十年前、第一王子と王妃が流行病で亡くなった。そこからがややこしい。
まず、現在三十二歳の王女。この国では女王になることも可能だ。だが、周囲はほぼ不可能と見ている。理由は簡単で、この王女様、病弱なのだ。女王となった場合、結婚して産んだ子供が王位を継ぐのだが、病弱な体では出産など不可能だろうと思われており、本人も承知。結果、三十過ぎても独身。この世界で三十過ぎて独身というのは、一生独身と同義と言って良い。
では、第二王子と第三王子だが、困ったことにこの二人、誕生日が同じでともに二十八歳。予想よりも遅く生まれた第二王子と早く生まれた第三王子。時間もほぼ一緒だったために城じゅうが大騒ぎになったことも有り、どちらが先に生まれたかがはっきりしない。仕方が無いので、便宜的に王妃の子が第二王子、第二王妃の子が第三王子となっている。
さて、王女の王位継承が現実的でないとなると、第二王子と第三王子のどちらが、となる。通常ならその順番で良いのだが「便宜的に」というのがマズい。
さらに第二王子、第三王子共にとても優秀。わずかに第二王子の方が頭が良く、第三王子の方が武に優れているという違いはあるが、まわりがフォローすれば何の問題も無いという位の差しか無い。というか国王ってのは何でも出来る完璧超人である必要は無い。宰相を始めとし、優秀な部下をまとめ上げることさえ出来れば、本人の資質はそれほど重要ではないとも言える。
結果、王女派、第二王子派、第三王子派という三つの派閥が生まれることになった。
王女派は、継承権は正しくあるべきと主張し、第二王子派は王女に国王の責務は重すぎると主張し、第三王子派はそれに加えて生まれた順序としてはこちらの方が早かったと主張。
それぞれの言い分がもっともらしい感じになっているので、面倒くさいことになっているという。
王妃が存命であれば力関係がわずかに第二王子寄りになるのだが、それを言っても始まらない。
ではオルステッド家はというと、第二王子派だ。ただ、現国王を支持しないと言うのではなく、国王が既に在位四十年目と長期間勤め上げつつ高齢である――この国では三十年ほどで代替わりするのが慣例らしい――ことからそろそろ代替わりするべきだという理由と、王女の体調、そして第二王子、第三王子という順序は国王が自ら定めたのだからそれに従うべきだとしている。ただ、国王への忠誠心は他の貴族より抜きん出ているというのも確かだという辺り、実にうまい立ち回りをしていると言えよう。
そして、第二王子派は一番大きな派閥で、国王もそろそろ退位するつもりでいるのだが、ここへ来てこの騒動だ。
しかもその騒動の中心にいるのが私。
どこの馬の骨かわからない少女が何かと騒動の中心にいる。それだけならいいのだが、そもそも「馬」なのかどうかすらわからない。第三王子派の主張は私に対しても馬に対しても失礼なものだった。
盗賊団を引きずって飛んできた→目撃者がオルステッド家の者ばかりで疑わしい。
王都を襲った魔族を撃退した→魔族というのも確証がない。
ダンジョンの件→神の啓示なんてあったのか?
王都を襲った魔物の集団を撃退した→本当にヤバい魔物ばかりだったのか?
言いたいことは何となくわかるけどねぇ……
貴族家に仕える者として教えられる最低限の情報と言うことだったが、色々と衝撃的な内容だったな。
「ところで、当の第二王子と第三王子って、仲は良いの?」
「聞いた話ですが、王女も含め、三人の仲は大変良いと」
「へえ」
「あと、これは伝え聞いただけなのですが」
「ん?」
「亡くなられた王妃様と第二王妃様ですが、こちらも大変仲が良かったようです」
「なるほど」
当事者そっちのけで権力争いか。ま、そんなものなのね。
それにしても色々面倒なことになってるね。この場合、私の立場がはっきりすれば良いんだろうけど、私は私で何かと微妙な感じだもんね。
十年前に両親を亡くし、親戚らしい親戚もいない。そしてひと月ほど前に村が丸ごと焼失。私のこれまでを知っているのが街にいる商人一人だけで、その商人も私の顔と名前、両親がいないという生い立ちくらいしか知らない。そう、私は世間一般で言うところの孤児。良くて孤児院暮らし、下手すりゃ路上生活者。本来ならオルステッド家に拾われてこんな部屋で過ごしていること自体、あり得ないのだ。
そしてそんな孤児がオルステッド家に拾われてから色々とやらかしているのだが、リリィさんが正直に「ゴブリンに襲われた村で拾った」と言っても、そう言う才能の持ち主をあらかじめ用意しておき、突然デビューさせたようにしか見えない。
「ま、考えてても仕方ないか」
呟きながら立ち上がる。
「タチアナ、裏庭でお茶したいんだけど、良いかな?」
「かしこまりました」
ここの裏庭、結構綺麗に手入れされていて見応えがあるのよ。




