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出て行くべき人が出ていった後、宰相が空いている席をチラリと見、それに合わせてリリィさん達が席を移動。私はリリィさんの隣だ。
「さて、レイモンド、いや、騎士団団長レイモンド・オルステッド。詳細の報告を」
「騎士団第二部隊副隊長リリィ・オルステッドの方が詳細を把握しております。報告はまずそちらから」
「うむ。ではリリィ・オルステッド」
「はい」
リリィさんの報告は、私との出会いからだった。村がゴブリンに襲われ、駆けつけたこと。ゴブリンジェネラルがいたが、既に死んでいたこと。
え?
ちょっと待て。
「あの、リリィさん」
「ん?何だ?」
「ゴブリン……ジェネラル?」
「ああ。村を襲ったのはゴブリンジェネラルが率いていたゴブリンの群れだ」
「えーと……死んでた?」
「ああ。顎を砕かれ、首が折れていた。ほぼ即死だっただろうな」
うわ、ひょっとして私のヴィジョン、強すぎ?
「それから……」
オルステッド侯爵邸まで行ったこと。裏庭に大きな穴を開けた――これは言ってほしくなかった――こと、盗賊を一瞬で倒したこと。
ここからレイモンドさんが引き継いで報告する。
盗賊たちを引きずって王都に来たこと。そのあとはさっき話した、夜中にこっそり魔王の配下とやらを倒したこと。騎士たちの負傷を一瞬で治していったこと。
ああ……頭を抱えて、「うわー」と叫びながら転げ回りたい。と言うか、ここから逃げ出したい。
「以上です」
「レオナから補足したいことはあるか?」
「いえ……ありません……」
今すぐ帰りたいって補足したい。
「ところで、その仮面は?」
王様が姿勢を正して、聞いてくる。
「えーと……その……」
リリィさんの袖をくいくいっと引っ張り、小声で訊ねる。
「リリィさん、仮面外してもいいと思います?」
「ふむ」
一度、この場にいる面々を見回してリリィさんがそっと答える。
「今はやめておこう」
「わかりました」
王様に向き直り、答える。
「えーと、ちょっと無理です」
「そうか。わかった」
案外簡単に引き下がった?
ガラガラと車輪を鳴らしながら馬車が進む。結局あの後は特に何もなく、そのまま部屋を出るとそのまま馬車へ乗り、帰宅の途へ。私としては緊張の連続から解放されてホッとしているのだけれど、他の皆は一様に難しい顔をしている。そりゃそうだよね。色々とありすぎて、何が何だかという状態だよね。
私としても一度教会へ行って、神様と情報交換したいところだけど……目立ちすぎるからな……
そんなことを考えている内にオルステッド邸へ到着。
馬車を降りた瞬間、それを感じ、思わず空をキッと見上げる。リリィさんたちも同じ物を感じたらしく、同じように空を見上げる。
高さにして三十メートル程。そこには、昨夜見たようなデザインの鎧に身を固めた大柄な人物が纏ったマントを風にたなびかせながら佇んでいた。
空中で。
「何者!」
レイモンドさん、リリィさんが迷うこと無く剣を抜く。エリーゼさんは、スッと私を守るかのように引き寄せる。
「……強い力を感じてきてみたが……見当違いか?」
そいつの声が聞こえた。
「フン、まあ良い。どうせ街ごと滅ぼす予定だ。この魔王六将が一人、オスヴィンの手によってな」
そう言うと、右手を掲げ何かを小さな声で唱える。その声に応えるかのように掌の上に小さな光の球が生まれ、声と共に少しずつ大きくなる。
「何だ……あれは……」
「魔力……」
「マズい!かなりデカいんじゃないか?」
二人の声に私を抱えるエリーゼさんの手に力が入る。だが……
「エリーゼさん、離して下さい。私がなんとかします」
「え?」
「私が」
「……わかったわ」
手を緩めてくれたのでそのままタタッと数歩走り、奴を見据えてダンッとジャンプする。地面に小さなクレーターが出来たが気にしている場合では無い。
「風!」
足の裏に風を集めた球を作り、それを足場にさらにジャンプ。
「フ……遅い!」
光の球がそのまま私に向けて投げられる。アレはマズい。地面に直撃したら直径数十メートルが更地になりそうだ。だが、私にはきっと通用しない。いや、それどころか。
「でええええいっ!」
右足に何となく魔力を集めて蹴り上げると、そのまま光の球は跳ね返る。
「ぬっ?!」
ブオンッと跳ね返したそれがギリギリでかわされた。そして上空で大爆発。これ、完全にアニメの世界だ。
「く……小癪な……む?」
にらみ付けるそこに私は既にいない。風魔法で作った足場をタンタンッと駆け上がり、既に奴の上にいる。
「どりゃっ」
「ぐぉぁっ」
脳天にかかと落としを食らわせ、そのまま地面にたたき落とす。ドゴンと派手な音と瓦礫を巻き上げるが、私の体重が軽いせいで、まだ生きているそいつはなんとか体を起こす。
だが、
「ふんっ」
「やっ」
兄妹の剣により、バッサリと倒された。うん、あの二人、昨夜見た騎士たちと比べると天と地程というか、次元が違う。地上戦では敵無しかも知れない。そんな風に思いながら地面へ着地。
ズドンという派手な音と新しいクレーターが出来たが、私は無傷。本当に丈夫な体です……えーと、魔法を蹴り飛ばした靴が原形留めてません。
「レオナ、大丈夫か?」
「あ、はい」
「あまり無茶をしないでくれ」
「で、でも」
「多分大丈夫だろうとわかっていても心臓に悪い。これからは一言言って欲しい」
「ごめんなさい」
しかし、また瞬殺してしまったので、何者なのかがイマイチわからなくなってしまった。六将とか言ってたが、この調子だと三人衆とか、十三人の使徒とか出てきそうで怖い。
まあ、いきなり大きめの魔法をぶっ放してくるような相手に「お前は一体何者だ?」なんて詳しく聞いたところでまともに答えてくれるかというと……答えてくれそうだったな、何となく。次からはちゃんと聞くことにしよう。そのあとが面倒くさそうだけど。
リリィさんは早速手紙を飛ばし、レイモンドさんは城に行ってくると、馬に飛び乗って出ていった。そして、屋敷の周囲には野次馬が集まり始めた。衛兵も遅ればせながら集まってきた。
「ちょっとマズいわね。私がこの場は」
「いえ、私が」
エリーゼさんが衛兵に声をかけようとしたところをリリィさんが止める。
「お母様は、ここを。すぐに騎士が来ます」
「わかったわ」
手紙は騎士団に飛ばしたのか。ああ、コイツの死体とか片付けが必要だもんね。
リリィさんが衛兵のところへ行き、色々と指示をしている。主に野次馬を遠ざける方向で。
セインさんが数名のメイドたちと共に大きな布を持ってきて、死体にかぶせて隠す。誰の指示も無くともテキパキこなす。なんて有能。これで名前がセバスチャンだったら完璧だったのに……それはさすがに失礼か。
野次馬を「散れ、何でも無いからここを去れ!」と衛兵たちが追っ払っているところへ騎士たちが到着。荷車を引いた馬もあとから来るらしいが……
「遅い!」
「ひっ!」
エリーゼさんが一喝し、先頭にいた騎士――第三部隊の隊長さんだそうだ――が震え上がり、姿勢を正す。
「おまけに、むやみに広い隊列を組んで、往来の邪魔になったのでは無くて?!」
「え……あ……あの……」
「言い訳無用!」
「は!申し訳ありませんでした!」
騎士たちが一斉に頭を下げるのに釣られて、思わず私も騎士たちの横に並んで頭を下げる。何この威圧感。
エリーゼさんはそのままテキパキと指示を飛ばし、騎士たちがそれこそ見ていて可哀想になるほどあちこちに動いて片付けていく。
「お母様、お言葉ですが、少し厳しすぎるのでは?」
「いいえ、ここ最近第三部隊は少し腑抜けているという話を聞いています。いい機会ですから少し引き締めた方がいいでしょう」
「そうですか……そうおっしゃるのでしたら」
リリィさん――第二部隊副隊長だからそこそこの発言力があるはずの人だよね?――の言葉に少し期待していた騎士さんたちの表情が絶望に変わり、エリーゼさんの視線に慌てて作業を再開する。と言うか、部隊長さんもいるハズなんだけど、容赦なくエリーゼさんの指示が飛ぶ。あくまでも『元』騎士団団長であって、今現在は騎士たちに指示を出すような権限は無いはずなのだけど。
ちらほらと「あれが伝説の……」「地獄の鍛錬……」「鉄壁の……」というヒソヒソ声が聞こえる。エリーゼさんの現役時代がどうだったのかが伺い知れる。うん、決めた。怒らせないようにしよう。
「レオナ様はこちらへ」
シーナさんに促されて家の中へ。私がいても何もすることはないし、逆に「アレは誰だ?」となっても困るしね。
部屋に戻り、窓から様子を見ていたが、十分ほどで正体不明の敵の死体は荷馬車で運ばれていき、(主に私が作った)クレーターもすぐに応急措置が施された。
数回、エリーゼさんの雷が落ちて、騎士たちの「ひぃっ」という声が聞こえ……あー、あー、聞こえない。聞こえないよ……ホントだよ?




