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「私のところに上がってきている報告では」
レイモンドさんが続ける。
「王都中央付近の道路が一箇所、ミンチの浮いた血の池になって陥没。やや北の方で、首から上が無い羽の生えた人間と思えない生物の死体が二つ。そして王城内で強い衝撃を受けて粉砕された城壁とそれに潰された死体が一つに、建物の一部が崩壊し、細切れになった何かの死体が一つ」
「うわー、何かすごいことがあったんですね(棒読み)」
「そして騎士たちの目撃証言。長い茶色の髪に仮面を付けた少女が城を襲った怪物二体を一瞬で倒した、と」
「……」
チラリと三人の様子をうかがう。うん、隠せない、これは。おずおずと手を上げて正直に言う。
「えーと……その……はい、私がやりました」
リリィさんとエリーゼさんは、はあっとため息一つ。レイモンドさんはと言うと、
「ありがとう。当直の騎士たちに代わり礼を言う」
「え?」
「負傷した騎士たちの傷を癒やしたのも君だろう?何をどうやったかは聞かないが、命を落としてもおかしくなかったところを助けられた。ありがとう」
「えっと……でも……その……助けられなかった人もいて……」
「君の責任では無いだろう?それに騎士だけじゃない。この街の人たちも救われたんだ」
「は、はい」
一人でも多く、か。そうだね。そう考えよう。
「それはそれとして……何がどうしてそうなったんだ?」
リリィさん、ちっとも笑ってない笑顔が怖いです。正直に話しますってば。
夜寝る前に、何となく窓を開けて外を眺めていたら、不穏な気配を感じ、その気配の方向へ向かったら、何か敵意むき出しの奴がいたのでやっつけた、と言うことを正直に話した。
「敵意むき出し、か……」
「レオナ、そいつらは何者だ?」
「魔王の配下、五旗星って名乗ってましたね」
正直に話す。隠しても仕方ないし。
「魔王って……おとぎ話の世界じゃないか……」
「レオナちゃん、他には何か言ってなかった?」
「んー、この世界を支配とか何とか?あと、それぞれ名乗ってましたけど、もう関係ないですよね……」
「まあいいだろう。騎士たちから聞いた内容とズレているところもないし、街中のアレコレも理由がわかったからな」
やがて馬車が大きな門をくぐり、城の敷地内ではやや小さめの建物に横付けされ、リリィさんに抱っこされながら降りる。
「マリアンナ、後を頼む」
「かしこまりました」
そう言って、マリアンナさんは馬車に乗り、去って行く。
「ここから先は私たちだけだ」
「はあ……はい」
リリィさんに抱っこされているのは、私がフラフラ歩き回らないようにするためだろうな。
建物に入ったところに、メイドさんが待っていた。……メイドさんだよね?だいぶ服装が豪華な感じだけど。
レイモンドさんが何かを伝えると「こちらです」と歩き始め、三人がその後をついて行く。
「あの……これから、どこへ?」
「えーっとだな……兄さん」
「ああ、そうだな。少しだけ説明しておくと、偉い人に会いに行く」
「偉い人?」
「細かいところはリリィがフォローするから大丈夫だ。馬車の中で話したようなことをもう一度話して、二つ三つの質問に答えてくれればいい」
「はあ……」
偉い人って誰?まさか国王とかじゃないよね?
四人はズンズン歩いて行く。一応マップで確認しているのだが、建物の構造は結構複雑で、マップがあっても迷子になる自信がある。情けない話だけど、方向音痴は転生しても変わらない。自分の生活圏内は大丈夫だったんだけど、ここ数日は初めて来る場所ばかり。空を飛んでいるときはいいのよ。「こっちの方角!」って方に飛べばいいんだから。
そんなことを考えている内に大きな扉の前に。メイドさんがドアをノックし、私たちの到着を告げると、中からの返事を待たずにレイモンドさんがドアを開けてズカズカと入っていく。エリーゼさん、リリィさんがあとに続く。
部屋の中は大きなテーブルが長ーくコの字型に並べられていて、ずらりと偉そうな……実際、偉い役職に就いてるんだろう……人が並んでいた。えーと、一番奥にいるのって王様だよね。王冠被ってるし。その隣は……うん、わからん。
「リリィさん」
「ん?」
「あの奥にいらっしゃるの、王様ですか?」
「そうだ」
ひええ。
王冠を被り立派な服装。短くまとめられた金髪に青い瞳。ヒゲはなく、顔のしわからすると六十前後だろうか?
と言うか、王様までいる会議(?)にいきなり乗り込んだりとか、大丈夫なのだろうか?
「来たか」
「はい」
王様の問いに短く答えるレイモンドさん。ん?なんて言うか、私たちの到着を待っていたような感じ?
「では早速ですが、話を聞かせてもらいましょう」
「そうだな」
隣の男性の言葉にうなずく王様。そして全員の視線が一斉に私に集まる。
「えーと……」
何?何をどうすればいいの?
「レオナ」
「はい」
「馬車の中で話した、昨夜のことをもう一度皆に聞かせて欲しい」
「昨夜のこと……えーと……」
さっきより簡潔に話した。
なんかイヤな感じがしたのでそちらに向かったら何かいた。敵対している感じだったので片っ端からぶちのめした、と。
「レオナ、簡潔にしすぎだ」
「あう……」
リリィさんから苦言が少々。そんなこと言われても、いきなり王様の前とか緊張しますって。
「詳細はこちらに」
「うむ」
レイモンドさん……いつの間にか書きまとめていたんですか?と言いたくなるような紙の束を王様の隣の男性に渡す。男性は先頭数枚をペラペラと眺めてからこちらを向く。
「えーと……レオナ様。少し質問をさせていただいてもよろしいかな?」
「え、あ、はい。えと……」
「失礼、私はフェルナンド王国宰相、ロナルド・ローガンと申します」
「えと……レオナです。初めまして」
「ご丁寧にどうも。早速ですが……あなたが名前を確認したのは五人のうち三人。そして三人とも、魔王の配下を名乗っていた。これは、確かですな?」
「えと……」
もしかして疑われてる?
「レオナ、念のための確認だ。正直に答えればいい」
「はい。えっと、確かにそう名乗っていました」
「ふむ……昨夜、街に現れた襲撃者は五人。五人ともあなたが相手を?」
「あ、はい。そうです。あ、でも……その……騎士さんたちも戦っていて……えと……」
「ええ、話は聞いています。そして負傷した騎士たちの治療もあなたが?」
「……」
リリィさんの視線を感じる。
「……はい」
治癒魔法がうまく出来るかどうか賭けだったんだけど、成功して何よりだった、と言うべきだろうか?
「騎士団団長からもあったと思いますが、王、私、それだけでなく、ここに並ぶ全員から感謝を。ありがとうございました」
「うむ。心からの感謝を。ありがとう」
全員が起立して、深々と頭を下げてくる。王様が頭を下げるって、これ、いいの?
「さて、前置きはこのくらいにして、本題に入ろうか」
「はい」
王様自ら話を?えー、なんか失礼なこと言ったら不敬罪とか言われそうで怖いんですけど。
「あくまでもレオナ様、あなたの個人的な見解で構いません。魔王、というのが攻めてくると思いますか?」
「え?えと……あの?その……えっと」
「レオナ、落ち着け」
「お、お、お……落ち着けませんよこれは。だって、王様ですよ。王様が私を『レオナ様』っておかしくないですか?」
「そこは今は気にしなくていいから、質問に答えてくれないか?」
「気にしなくていいんですか?!」
リリィさんも肝が据わっているというか何というか……
「で、どうですかな?」
「そうですね……あまり色々話したわけじゃ無いので断言は出来ませんが、雰囲気的に『これから攻め込むための偵察、と言うか露払いに来ました』みたいな感じがしました」
さすがに室内がざわつく。
「静かに」
王様の一言で場が静かになる。
「レオナ様、詳細はわからないし、確証も持てないが、と言うことでよろしいですか?」
「あ、はい。それはもう」
「わかりました」
王様が立ち上がり、皆を一度見回す。
「詳細は不明。だが、おそらく魔王と呼ばれる者が我が国に攻め入ろうとしている。可能性でしかないが、充分に脅威である。今この場で対策を立てることは難しいため、今日はここまでとする。だが、各々で何が起こると考えられるか、どういう対策を講じれば良いか、考えてきて欲しい。では解散」
王様のその言葉で全員が席を立ち、ぞろぞろと出ていく……アレ?リリィさんはどうして外に出ないのですか?というかレイモンドさんもエリーゼさんも微動だにしないというか……あー、宰相さんと数名残ったな。




