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いつものように中庭で警備をしていた騎士たちの目の前に空から突然鎧を着込んだ大男が降ってきた。
ズンッと地響きをさせながら着地したそいつは、
「喜べ、今宵はこの国の最後の夜だ」
と叫ぶや否や、すぐそばにいた騎士を二人まとめて蹴り飛ばす。慌てて駆けよる騎士を殴り飛ばし、さらに詰め所から出てきた騎士たちも次々となぎ倒す。
力量の差があまりにも大きな敵を前に全滅を覚悟したところに突然何かが衝突し、男が吹き飛んだ。
「た、助かった……」
誰かがぽつりと呟く。
何が何だかわからないが、男が吹き飛んだ方を見ると、土煙の中から少女――顔の上半分を仮面で隠しているが、髪や背格好から少女で間違いないだろう――が出てきた。
まさかあの子があいつを?誰もがそう思った瞬間、さらに大きな影が飛来し、少女を吹き飛ばした。
「フン、五旗星と言っても俺以外は情けない連中だ……」
人の言葉を話す……竜のような翼、尻尾、顔立ち、両腕の爪。竜人と言う奴か?
「魔王様が報告をお待ちだ。さっさと片付けるか」
少女が激突し、完全に崩壊した建物の一角を背に竜人が歩みを進めてくる。
さっきの大男ですら歯が立たなかったのに、それを上回るであろう相手に何が出来るだろうか。騎士たちは剣こそ構えているものの、誰もが震えおののいており、中には失禁している者もいた。
「邪魔だ。そのまま立ち退くならば見逃すが、そうでないなら殺す」
そう言いながらも歩みは止まらない。
騎士たちは、一度は退こうとしたが、それでも思い直し、竜人の前に立ちはだかる。
「主を守らんとするその気概、嫌いではないぞ。だが無駄なことだな」
ニヤリ、と竜人が笑みを浮かべた。
痛てて……この体、ダメージはなくても痛みは多少感じるんだよね。攻撃を受けたとかそう言うのがわからないのはマズい、というコンセプトらしいので雰囲気は出るんだけど今は邪魔ね。
油断した。五つ目の赤い点がすぐそばまで来ていたんだから、騎士たちの治療の前にそっちに気を向けなきゃいけなかった。
さて、この崩れた瓦礫の山から急いで脱出しないと。こう言っちゃなんだけど、今ここに居る騎士たちで五旗星とかいうのに勝てるわけがない。
「えいっ」
かけ声一つで瓦礫を吹き飛ばし、脱出。五人目は、と。あ、こっち振り向いた。人間の形をしたドラゴン?強そうだなぁ。負けるつもりは無いけど。
「ほう、あれで生きているとは大した物だな」
「お褒めいただいてありがとう。だけど、死にそうな人もいるから、さっさと片付けさせてもらうわ」
「無駄だな」
言うなりこちらへ駆けてくる。って結構速い!
膝蹴りをしてきたので慌てて両腕でガード……したんだけど、その姿勢のまま後ろに飛ばされ、瓦礫の山へ。
「この程度か、つまらん」
そう言って振り向いて歩こうとするが、こちらノーダメージなので、お忘れ無きよう。瓦礫をどかして、と。
「うわぁ、服がボロボロになっちゃってる……どうしよう……」
「何っ?!」
この服も高そうだしなぁ……弁償しろとか言われたらどうしよう。
と言うか、この竜人、結構強いというか……殴り合いになると私が不利。どんなに踏ん張っても、体重の軽い私は簡単に飛ばされてしまう。
何とかせねば……お、騎士の剣が落ちてる。これを拾ってちょっとかっこよく参りましょうか。
「そんな鈍で、俺が斬れるとでも?」
そりゃ、そのままじゃね。
「剣強化」
なんて魔法はないが、剣に魔力を流すことで強化できるらしいのでやってみると、淡く光り始めた。よしよし、次は。
時間感覚操作、百倍。
ほぼ止まった竜人をスパスパと切っていく。首を胴を腕を脚を。縦に横に斜めに。
普通の剣に私の魔力は強すぎたのか、パキンと剣が折れたので、感覚を戻す。細切れになった竜人はそのまま放置。剣を捨てて、怪我人の元へ。
「よし、まだ何人か生きてるね。治癒」
真っ白な光が倒れた騎士たちを包むと、「ぐはっ」「ゲホッゲホッ」と声がする。さすがに喉に詰まっていた血を取り除くなんて細かい調整は出来ないのでむせて咳き込んだのだろう。ゴメンね、そこまでフォローはしてられません。
だが、即死していなかった騎士たちは全快したようだ。鎧はぐちゃぐちゃで、剣も折れてるけど、それはまあ何とかしてください。多分経費で落ちると思います。
「き、君は一体……」
声を掛けてくる騎士に背を向ける。
「では、私はこれで」
風の魔法を発動し空へ。
そのままヴィジョンと合流し、オルステッド邸へ帰ると、開けっぱなしにしてあった窓から部屋に戻り、改めて自分の格好を確認。
服がもうなんて言うかズタボロだ。
「どうしよう……」
悩んでも仕方ないので、クローゼットを開けて……よく似た色合いとデザインの服を引っ張り出して着替える。
ズタボロの服はアイテムボックスへ放り込む。大丈夫、見つからなければ良いのよ。
「証拠隠滅完了、と」
窓を閉めてベッドへダイブ。
五旗星とか言うのを全員倒したからしばらくは安全だろう。おやすみなさい。
翌朝、朝食の席にレイモンドさんはいなかった。夜中に緊急で呼び出され、そのまま帰ってきていないという。そりゃそうだね。でも、知らないフリ。昨日のアレをやったのは私ではありません。
マーガレットさん達は社交に出掛けるのかと思ったら、今日は家にいるという。
「外出禁止令?」
「はい、昨夜何かがあったらしく、王都全域が厳戒態勢です」
「そうですか」
ま、仕方ないかな。部屋に戻って……うん?ティファちゃんが足元にしがみついてきた。
「レオナおねーちゃん」
「な、なあに?」
「遊んでー」
こちらを見上げてにっこり。はい、秒で陥落しました。
「こうして二人は末永く幸せに暮らしました。おしまい」
パタン、と絵本を閉じる。
「もう一回」
膝の上で振り向いたティファがせがむ。
「もう、ティファ、レオナさんにご迷惑でしょう?」
マーガレットさんが嗜めるが大丈夫。前世でも似たようなことをやってたから慣れてるし、おねだりする姿が可愛いから問題ないし。よーし、何度でも読んじゃうよ!
「大丈夫ですよ」
そう言って絵本をパラパラめくる。ちなみにジョセフくんは私の隣に座って一緒に絵本を見ている。二人とも可愛いなぁ。
「それじゃあ……」
と思ったのだが、玄関が少し賑やかになったようだ。
「誰か来たんでしょうか?」
「お客様……じゃなくて!これは!」
マーガレットさんが慌てて立ち上がると同時にドアがノックされ、メイドさんが一人入ってきた。
「ジョセフ、ティファ、お祖母様たちが到着よ」
「え?」
「お祖母様が?!」
え?早すぎない?そう思って立ち上がり、子供二人の手を取って玄関へ。はい、確かにエリーゼさんたち一行が到着したところ。あの後、ほぼ不眠不休でこちらに来たのだとか。村から村へ馬を交代させながら。
そしてその後ろからレイモンドさんも帰宅。
「リリィ、早速だが」
「ええ、わかっています……が、少しだけ仕度の時間を」
「わかった」
言いたいことだけ言うとレイモンドさんは自室へ。リリィさんとエリーゼさんは……お風呂?
「マリアンナ、準備を」
「かしこまりました、レオナ様」
「はい……って、私?」
「こちらへ。シーナ、着いてきて」
「はい」
マリアンナさんに連れられて向かった先は、この家で私が通されていた客間。マリアンナさんが着替えを指示してシーナさんに交代。着替えをして、髪を整えてから玄関に行くと、湯浴みをして身支度をしたリリィさんたちと合流し、そのまま馬車へ。乗り込んだのはレイモンドさん、エリーゼさん、リリィさん、私。御者はマリアンナさんが。
「えっと……どこへ行くのでしょうか?」
「城だ」
「城?」
「何だ、城を知らないのか?城というのは」
「いえ、お城のことは知ってますけど……」
「なら問題ないな」
レイモンドさん、会話が成立してません。と言うかリリィさんもエリーゼさんもフォローしてください。車内の沈黙が……重いです。何があるんだろうか?
「レオナ、正直に答えて欲しい」
リリィさんが真剣な顔で告げる。
「昨夜、どこに行っていた?」
「昨夜?」
「そうだ。どこかに出かけただろう?」
「え……と……な、何のことやら……」
冷や汗ダラダラです。




