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「こう言う足跡を見たら、誰でも良いから大人に教えなさい」
地面に人間の足跡をちょっといびつにしたようなものを描いて説明された。
森で薬草を採るにあたって言われた注意事項の中で、ちょっと異質な指示だったのをよく覚えている。
「ゴブリンの足跡には気をつけるんだぞ」
森に行く時、村の大人たちから何度も聞かされた。
ゴブリン。ファンタジーの定番ですね。異世界転生した主人公が十把一絡げに倒す、最弱の魔物。ひ弱な私にとっては、とてつもない脅威ですけどね。チート能力もらって異世界転生した主人公、ゴブリンに負ける……ダメでしょ、これは。
夜行性らしいので昼間会うことはほとんど無いそうなので、そこだけは救いかな。
とにかく、そんな足跡を見てしまったので、村へ急いで戻らねば。
体力の無い、ちびでやせっぽちの体のせいでそれほど早く走れないし、すぐに息切れしてしまうので、少し早足になるだけ。
なんとか村までたどり着き、走ってきた私の姿――全身汗まみれで息も絶え絶えのひどい状態――を見た村の人たちが慌てて駆け寄ってきた。
「レオナちゃん、どうした?」
「何があった?」
心配して声をかけてくる皆に、なんとか息を整えて答えました。
「ゴ……ゴブリンの……あ……足跡……です」
一人が「村長に言ってくる」と叫んで、慌てて走って行った。
「とりあえず村長の家に」
そう言われ歩き出そうとしたが、体力の限界でぶっ倒れた。
そのまま抱っこされて村長の家に。村の人の親切が身にしみる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか、とナレーションが入りそう。
村長の家に入ると、大きなテーブルの上に地図――手描きの適当な奴――が広げられているところだった。
「どの辺で見たんだ?」
「えっと……ここがこれで、この木があれだから……ここ、ここを少し森に入ったところです」
「ふむ……わかるか?」
「ええ」
「ここが、こう……うん、わかる」
「よし、見てきてくれ」
馬を持ってる人が二人、確認に行った。
ま、私は本物の足跡を見たことが無いから、見間違いとかあるかも知れないからね。ちゃんと確認してもらって、違ったならそれでいいし。
「それと……」
村長さんが色々と大人同士で話をしている。
「レオナちゃん、とりあえず帰ってて良いわ。何かあったら呼ぶから」
「はい」
なんとか歩ける程度には回復していたので、村長の奥さんにぺこりとお辞儀をしてから外に出ると家までテクテク歩く。
私が住んでいるのは家と言っても、掘っ立て小屋。家族を失ったあの日、村の人が作ってくれた小屋を補修しながら住み続けている。村長宅から徒歩二分の立地、築十年の一戸建てワンルーム。なんだか言ってて悲しくなってきたよ。だいたいこの村、小さいからどの家も村長の家から徒歩三分もかからないよ。
ドア――板を立てかけてあるだけだ――を開けて中に入る。住めば都とはよく言ったもので、こんなおんぼろ小屋でも中に入ると少し落ち着いた。
かなり汗をかいたので、少し体を洗おうか。
布とカゴを持って小屋の裏にある小川へ向かう。
料理や飲み水は共同の井戸を使っているけど、その他は全てこの小川の水を使っている。そう、ここは台所兼風呂兼洗濯場兼トイレなのだ。風呂トイレ別って不動産の物件紹介にあるけど、水回りが全部一緒。逆に新しい……わけないか。
大きめの石の上に立ち、もぞもぞと服を脱いで生まれたままの姿になる。羞恥心?十年前に転生した翌日、この川に流したよ。どうせ誰も見てないし。
脱いだ服をジャブジャブと水にさらして絞り、カゴに放り込む。これで洗濯完了。手ぬぐいサイズの布を濡らして絞り、体を拭いていく。はい、お風呂終了。
石鹸?シャンプー?そんなものありませんよ。髪なんてボッサボサ。くすんだ茶色だから汚れが目立たないのが救いかな?
うふふ、言ってて悲しくなってきた。髪は女の命なのに!
そして、こんな状況だから、おかげさまで手足はもちろん、顔もおなかも背中も皮膚という皮膚が荒れてます。栄養状態の悪さもあるんだろうけど、吹き出物がよく出来る上に、寝てる間に痒くて掻きむしってしまうので傷だらけ。玉の肌って何でしたっけ?まあ、あまりにもひどい時は薬草を煎じて塗ります。気休め程度にはなるので。
致命的な病気では無いので、神様の力では治らないらしいのが何とも残念な感じ。
栄養状態の悪さは体格にも出ています。まず背丈。チビです。村には他に子供がいないので比較できませんが、多分この世界の十歳程度では無いかというくらい。そして、普通はというか前世でも十五歳ともなれば出るとこ出てると思うんですが、ぺったんこです。まな板というか溝を掘った洗濯板みたい。ここまで来るとステータスだ、なんて胸を張れません。張るような胸でもないし。
そして、まだ月のものもない。まあこれは、楽と言えば楽だけど、なんだか自分を全否定された気がして悲しくなる。ま、前世の私も結構遅かったので、まだ大丈夫と自分に言い聞かせているけど。
体を拭いて、乾いた服を被って小屋に戻ると、棚からいろいろ手に取って外へ。
色々片付けねば。
庭――と言っても、小屋の周辺は全部庭だが――に出ると、薬草を干してある台へ向かい、乾燥具合を確かめながら同じ種類同士を布に包んでまとめる。
買い取ってくれる商人が来るのは明後日。売る量としてはこのくらいかな。
薬草を全部まとめて袋に突っ込むと小屋の中へ戻り、今日採ってきた薬草の分別を始める。種類ごとに分け、売るにはちょっとな、という品質のものをよける。よけた分は村の人に配ったり自分で使ったりする。少しだけ村の人に感謝されるのがうれしい。