22-13
「ええと?」
「この銅像建設計画を中止というか、なかったことにしたいんですが」
「うーん……四日前に話し合ってるので」
「ちょっと待って?こちらから手紙を飛ばした翌日に?!」
「はい。聖女サマが全速力でこちらに来て」
迂闊だった。この聖女サマの行動力を甘く見ていた。あと移動速度も。どうやって移動したかって?答えが怖いけど聞いてみよう。
「私も初めてでしたが、馬も馬車も浮かせてすーっと」
「要するに空を飛んだようなものってことですか」
「はい、そうなります。あんなこともできるなんて知りませんでした」
「私はレオナちゃんとあんなことやそんなこ、うぷっ」
私がパチンと指を鳴らすとコーディが渋々「心得ました」と聖女サマ拘束。天井から逆さまに吊った。しばらくすれば苦しくなっておとなしくなるでしょう。「あ゛あ゛あ゛あ゛……」とか言ってるけど、私は何も見てない、何も聞いてない。
「はあ……ええと……うん、コーディ」
「はい」
「この一覧、ジェライザさんに渡して。バカみたいな計画を止めるように交渉を」
「わかりました……が、いいんですか?」
「え?」
いいも何も、私の銅像を建てる計画なんて止める以外の選択肢はないでしょうに。
「ここに「五日以内に建設」とありますが」
「は?」
うわ、本当だ。本当に書いてあるよ。
「シャノンさん……」
「そこは聖女様がゴリ押ししまして」
「実際できるんですか?」
「できると思いますか?」
「あはは……まさか、ね」
そういうヴィジョン持ちがいるとか……ありそうだなあ。
「どんな彫刻も二日以内に完成させるというノミのヴィジョンを持った彫刻家がおりまして、そこに依頼をすることになっています。ええと、ここですね」
「うわぁ……ということはもう完成間近?」
「ご安心ください」
「え?」
「こんなこともあろうかと、というか、こうなる未来しか見えませんでしたので、手配をかけていません。あとこのサインをした者たちにも「もしかしたら、万が一にも「やってよし」となるかもしれないので、心の準備だけはしておいてください」と伝えて、実際の準備はさせておりません」
「それでごまかせる?」
「材料がすぐに揃わなかったと」
「いいわね」
ホッと胸をなで下ろした様子を聖女サマは見逃してくれなかった。
「シャノン……裏切ったのね!」
「いいえ、ただ少し手配に時間がかかっているというだけです」
「私はすぐに手配するよう……うぷっ」
逆さ吊りで大声を出すというのは以外に体に負担がかかるようで、聖女サマはうぐうぐ言い出した。静かでよろしい。
とは言え、聖女サマにはきちんと伝えておかねばなるまい。
「聖女サマ、どうして私の銅像建設なんてことを?」
「レオナちゃんのかわいらしさを世界に広めないのは大罪だわ」
嫉妬とか強欲とかそういうのかしら。そういうの、お腹いっぱいなんですけどねえ。
「聖女サマ。その考えが間違っています」
「そう……なの?」
「はい。銅像というのは大きな欠点を持っているのです」
「欠点?」
「はい」
ここからどう言いくるめるか、よ。
「銅像というのはできあがった時点で固定されます」
「固定?」
「はい。銅像は造った時点の姿をずっと保ち続けますよね?」
「ええ。だからこそ」
「だからこそダメなんです」
ここでビシッと聖女サマに指を突きつける。
「聖女サマ、私がこの先成長していった姿はどうするのですか?銅像一つだって結構なお金がかかるのに、そのたびに増やしていくのですか?」
「うう……でも、銅像が増えたらそれはそれでうれしいじゃない。いろいろなレオナちゃんに囲まれるなんて……うへへへ」
欲望ダダ漏れでも聖女って務まるのねと、シャノンさんをチラ見すると「アレは特殊個体です」と残念そうに返された。特殊って何?
だけど大丈夫。この流れならいける。
「聖女サマはそんな程度で満足なのですか?」
「えっ?」
「聖女サマは銅像などという、鈍色で動かない冷たい置物。そんなので満足なのですか?」
「動か……色……置物……」
さて、ここからは私の精神力の問題になるわね。
「聖女サマ、目を閉じてください」
「うん……こう?」
目を閉じるのはいいけど、口をすぼめてこちらに向けないでください。何もしませんからね。
「そして思い浮かべてください。生きて、動いている私を」
「動いているレオナちゃん……」
「はい」
「……」
「どうですか?銅像なんかでは表しきれないもの、ありませんか?」
「うへへへへ……レオナちゃんだあ……ぐふふふ……柔らかくてぇ……いい匂いがするねぇ……」
鳥肌立ってきた。私の想像の上を行くというか、人類が想像し得ない次元だったわ。
「と、とにかく。銅像なんかでは表しきれないものというのはわかりましたか?」
「うん、わかったよお。やっぱりレオナちゃんは「生」!本物に限るねえ」
生って何だ、生って。聞くのが怖いから聞かないけど。
「とにかくそんなわけですから、銅像建設は中止です。いいですか?」
「うん、いいよお……ふへへへへ……」
宙づりのまま、妙齢の女性が他人に見せてはいけない表情でくねくねと身をよじらせる聖女サマ。大丈夫だろうか。私は邪神の使途の誕生に立ち会ってやしないだろうか。いや、邪神そのものの封印を解いちゃったりしてないだろうか。
うん、あとで神様に相談しよう。きっとなんとかしてくれるはず。
とりあえず厄介なことが片付いたのでダンジョンについての資料に目を通す。と言っても、このダンジョン、最下層まで到達している人がいないどころか、ほとんど手つかずなので、潰したところであまり影響はないとのこと。
手つかずな理由は、難易度の高さ。一層の時点でもかなり強い魔物が群れで襲いかかってくるので、実力者を集めないとまともに採取もできないという。そして、そんなところでも念のためにハンターギルドが出張所を用意しなければならないので、実はコストがかかって仕方が無いのだとか。
そう、ダンジョンが潰れてくれるならそれはそれでありがたいんだって。
「こういうダンジョンもあるのね」
「そうですね。私も詳細を聞くまではそんなダンジョンがあるとは知りませんでした」
シャノンさんたち教会というのは下手をするとハンターギルドよりも情報収集に長けている組織だけど、ダンジョンの情報なんて教会の活動にはあまり関係ないから知らないこともあるのだと教えてくれた。
「世間って広いんですねえ」
コーディがしみじみと言った。うん、世間は広いよ。あなたの目の前で吊るされている変態が聖女サマと呼ばれるくらいだからね。そう、あなたが元所属していた教会のトップがアレなのよ。
ここまでで今回の訪問の用事はあらかた済んだ。次に来るのはオークションの日。神様にもう少し詳細は確認するけどオークションの前後でダンジョンへ向かう感じになる。
「うんうん、何もかも順調。いいことね」
あまりにもひどい現実からは目をそらして一人うなずきながら、席を立つ。
「あの、レオナ様」
「うん?」
「アレ、どうしましょうか」




