22-11
「はあ……いいわ、私が役に立つことを見せ続ければきっといつか」
とんでもないことを言いながらもザンダレルさんたちのところへ向かい、何やらお話してまたヴィジョンがくるりと揺れてから戻ってきた。
「ドラゴンしまってくださいな」
「はい」
どうやら、ドラゴンをしまった結果何が起こっても私たちは責任を負いません、という聖約を交わしたらしい。
「では……ホイッと」
ガラガラ……グシャッ!
「ぎゃああああ!」
「なんてことだああああ!」
ドラゴンをしまった結果、支えを失った部分が崩れ落ち、オークションの出品受付をするための事務棟は半壊した。
それからはもう、大騒ぎになってしまった。
幸いなことに崩れた瓦礫の下敷きになるなどのケガ人はゼロ。不幸中の幸いではなくて、聖女様がヴィジョンの力で守ったらしい。
聖女様有能、マジ有能。これで私に対する変態的行為がなければ天使と呼んでもいいかもね!
逆に言うと、私に対する行為のせいでケダモノ以下の扱いということ。
とは言え、こんなふうにも思う。聖女様という立場、地位って相当大変なはず。プレッシャーとかストレスとかそう言うのがすごくて、私を逃げ道にしているとか?だとしたら、ある程度は広い心で受け入れ、いや受け止めた方がいいのかな。
受け入れるのは無理です。
受け止めて投げ返す。
それもケガしない程度で。うん、そうしよう。
そんなことを考えながら、周囲に問題がないかオークション会場の人たちとあちこち見て回っている聖女様を見ていたらシャノンさんが心配そうに寄ってきた。
「レオナ様、大丈夫ですか?」
「え?」
「色々と、非日常的な扱いをされていましたので」
「非日常……うん、まあ確かにそうだけど、大丈夫ですよ」
「無理はなさらないでくださいね」
「ええ」
「はあ、全くあの方ときたら、レオナ様の寛大なお心に聖女様に代わり感謝を申し上げます」
「そんな大げさな」
「いえ、以前お会いしたときにもアレでしたし」
アレのひと言ですむあたりがなんともね。
「まあ、聖女様って大変な立場でしょう?」
「え?ええ、確かに。教会のトップと言える立場ですから責任や義務は周囲が思っている以上の物がついて回っておりますね」
「そういうアレコレを少しの間でも忘れて癒やせるのでしたら、私のことなど」
「あの、レオナ様?」
「ん?」
「何か勘違いをされているようですが」
「え?」
「ええと……あの変態聖女ですが」
「言い方?!」
「っと、失礼。聖女様ですが、聖女として認定される前は、孤児院にいました」
え、ここで重い話が始まる感じ?
「代々猟師の家系で、優秀なハンターや騎士を輩出したこともあるそうです。兄が二人と姉が一人、妹と弟もいるとか」
「兄弟が多いのですね」
「ええ、それ自体は大変結構なことだと思います」
うんうん、そうよね。
「ただ……」
「え、まさか……」
「そう、そのまさかです」
兄弟の中で聖女様だけがつまはじきにされていてある日孤児院の前に、とか?ちょっとこのタイミングで聞くには重すぎる話題では?
「他の皆さん、大変立派な体格でして」
「立派な……え?体格?」
「はい。直接お会いしたことはないのですが、直接会ったことのある者の話では」
「話では?」
「首が疲れる、と」
「首が?」
「はい。ご両親共々身長二メートル以上でして」
「ええ……」
聖女様は……女性にしては背が高い方だけど、あくまでも「高い方」程度で、百七十そこそこと言ったところ。
「ああ、ご心配なく。何かの不義があったとかそういうことはありません」
「そ、そう?」
「顔立ちや髪の色、目の色などご両親からしか受け継いでいないものがありますし、何よりお二人の仲の良さは故郷の村では有名だそうで」
「うん、その辺はもういいわ。それで?」
「そうでした。そんな家族の中で生まれ育ったので、大変かわいがられたとか」
「はあ」
「幼い頃はそれでもよかったのですが、弟や妹が生まれてスクスクと育って、十歳になるよりも前に身長が逆転すると」
「ああ……逆にかわいがられちゃうのね」
「そうです。結果、その反動で、小さい子をかわいがりたいという欲求が」
「犯罪の臭いしかしない話なんですけど?」
「ああ、大丈夫です。そこらの子供をさらったりなどという話はありませんので」
「そ、そう……」
発覚してないだけ、とか言うオチはないわよね?
「と、とにかくそんなわけで、まだヴィジョンも顕現しないような頃から地元の孤児院の手伝いを始めておりまして」
「ほう」
「言い方はアレですが、手込め「ストップ!それ以上はダメよ!」
「まあ、犯罪的行為はなかったんですが、とにかく子供たちをかわいがるので、ちょっとアレは、となったとか」
なんとなくその光景が目に浮かぶわ。
「そしてヴィジョンが顕現、成人してからは近くの街の孤児院で働くようになり」
「ん?ちょっと待って。あのヴィジョンだから聖女なのよね?」
「はい。ですが……「ヴィジョンが使えるようになったわ!私、この家を出て働くわ!」と家を飛び出したそうです」
「ええ……」
「そして行く先々で「仕事は真面目だが、子供たちを溺愛しすぎる。もうちょっと押さえられないか」という理由で解雇されては次の街へ、と」
「捕縛投獄一歩手前なのですね」
「はい。だいたい二、三ヶ月で移動していたようです。そしてそんな速度で移動するということは教会も想定しておらず、ヴィジョンを確認し、新たな聖女として認定するまでに五年ほどかかりました」
「ええと……?」
「ああ、すみません。説明が足りませんでしたね。先代の聖女様が「新たな聖女が生まれました」と神託を受けた後に、お隠れに。通常、そうした神託の折には「○○にいます」という情報も得られるのですが、急いでその街に手配をかけたときには既に去ったあと。そこから先の追跡は困難を極めたそうです」
「なるほど。つまり結論として……アレは素のままで、ストレスがどうとかではないと」
「ええ。なまじ、純粋な愛をもって接しているために、どうしたものか難しく。まあ、聖女としての仕事はちゃんとしているので、尊敬できる人物とも言えますが」
その割には首が一回転するほど殴っていたような、と疑いの目で見ていたらシャノンさんが「何のことです?」と言いたげに微笑んだ。
うん、私は何も見ていない。
「まあ、動物をしつけるには飴と鞭、餌と暴力です」
「それ、なんか違う気……いえ、ナンデモアリマセン」
軽い頭痛を覚えながら聖女サマの方を見ると杖を掲げてクルリと回したら、逆回しのように瓦礫が浮き上がり元の形へ戻っていった。
「アレはアレで何でもありなんですね」
「聖女が聖女と呼ばれる所以です」
「あれでもう少し品行方正だったら……」
「申し訳ありません。次までにもう少し調、もとい、しつけをして我慢を覚えさせますので」
「ええ……うん、任せるわ」
その後、ちゃんとした話し合いがもたれ、広い場所へ移動して改めてドラゴンを見せた結果、首をスパッとやった以外の傷がないというのは貴重を通り越して奇跡的で、オークションの開始金額については相談させて欲しいとのこと。それと、大きさが大きすぎてオークションの職員では保管できないので、当日持ち込んで欲しいとのこと。
それ、持ち帰りはどうするんだろうと思ったんだけど、落札した人がすぐに解体するだろうから心配いらないそうだ。よかった、自宅お届けとか言われたら面倒だものね。




