22-10
「え……と……」
「大丈夫です。あとで戻しておきますので」
ザンダレルは口から出かけた「手当をするんじゃないんですね」と言う言葉を飲み込んだ。これ以上踏み込んでは行けない領域を敏感に感じ取る嗅覚は商人にとって重要な感覚だ。
「そ、それで……ええと」
「ご覧の通り、聖女様と親しくさせていただいております」
「は、はあ……」
後ろ手でシャノンさんがあらかじめ用意しておいた紙を受け取りスイッと差し出す。
「このように、一筆いただいております」
「せ、聖女様の?!」
チラッと見た紙には「レオナちゃんの持ち込む品は全部一級品よ♪」(原文ママ)と書かれていたように見えたけど気のせいとしておく。聖女様の署名が入っていることが重要なのだから。
「し、少々お待ちくださ……ああ、そうだ。以前お持ちいただいた牙、一度見せていただいても?」
「モーリスさん」
「はい、こちらに」
モーリスさんがドラゴンの牙を見せるとザンダレルは改めてその牙の大きさや傷の具合などを確認する。
「この牙の持ち主であるドラゴン一頭丸々でしたか」
「はい」
うーむ、と考え始めた。
わからないでもない。聖女様が保証すると言っても、ドラゴン丸々一頭なんて出てくることはないだろうと思ってるのだろう。
一応、オークションに来る前にオルステッド家の方々やハンターギルドにも確認したところ、今回私が持ち込んでるような、スパッと首を切り落としただけ、のようなドラゴン素材は滅多に出ないとのこと。そう言えば、以前リリィさんが討伐したときも空を飛んでるドラゴンを地面に落とすために翼を切っていたっけ。そのあとも一撃で斃せていたわけではなさそうだったし。つまり、機動力をそぎ落とすなどしてから討伐にかかるのが普通……言うなれば部位破壊をしていくようなイメージかしら?そんなわけで、いきなり首を切り落としただけのドラゴンなんてあり得ない、そう思っているんでしょう。
「わかりました。見せてください」
「え?」
「実物を見せてください」
「いいですけど……ここで?」
「何か問題でも?」
「ええ……」
今いる部屋の広さは日本の小学校の教室くらい。七、八メートル四方くらいかしら?天井までの高さは三メートルちょっと?そんなところに頭から尻尾まで二十メートル以上あって、おなか辺りの高さが十メートルくらいありそうなドラゴンを出せ、と。
「レオナちゃん」
「ひょわぁぁぁっ!」
いきなり後ろから腕が回され、耳をハムッとされておかしな声が出た。聖女様がもう復活したらしい。
「まかせて」
「何を?!」
にこりと笑った聖女様がザンダレルさんの方へ向かう。
「念のため確認ですが」
「何でしょうか?」
「本当にレオナちゃんがここにドラゴンを出してもよろしいのですか?」
「ええ、もちろん」
その答えと同時にしゃらん、と聖女様のヴィジョン、杖が現れた。
「もう一度、レオナちゃんがここにドラゴンを出した結果、何が起こってもその責は問わない、よろしいですか?」
「ええ。問題ありません」
杖が一度、くるりと揺れた。
「聖約はなされました」
聖女様はそう宣言してくるりとこちらを向く。
「レオナちゃん、ここに出していいわ」
ドラゴン出すだけで神様との契約みたいな聖約とか、重すぎる気がするんだけど……ま、いいか。とにかくこれで、ドラゴンを出した結果、何が起きたとしても私たちが何か言われる筋合いはなくなった。
「では……」
とは言え、結果は目に見えているので、その場にいる全員を障壁で囲み、アイテムボックスに手を突っ込む。
「む?」
「よい……しょっと!」
アイテムボックスからにょきっと出てきた尻尾を見た瞬間、ザンダレルさんが「しまった!」という表情をする。後で聞いた話だけど、アイテムボックスっぽい、たくさんの荷物をしまえるヴィジョンというのはあるらしく、オークションのスタッフにも数名いるんだとか。そして、私がそういうヴィジョン持ちだと思ったんだって。実際は全然違うけど、それを聞かされたときは「はは……」と笑って、とりあえずそういうことにしておいたけどね。
ズン……とおとなしくドラゴンが出た……なんてことはなく、轟音と共に私たちのいない方向の壁二面がズガシャァッと吹き飛び、天井もボンッと吹き飛んだ。そして、もうもうと土埃が舞う中、さらに部屋の外からガラガラと重いものが崩れていく音が。
私たちを囲む障壁のすぐ外でもうもうと立ちこめる土埃と降り注ぐ瓦礫というのは、こういうのに慣れていない人には結構な衝撃映像。
「ひゃあああああ!」
ザンダレルさんがしゃがみ込んで両手で耳を塞ぎ、目をつぶって悲鳴を上げている一方、私の同行者の一部――ちなみにモーリスさんは腰抜かしてた――と聖女様たちは涼しい顔。なんなら聖女様は私の障壁ギリギリまで歩み出て……
「ハァ、ハァ……レオナちゃんの魔力、感じるわ……」
「シャノンさん」
「はい……」
ゴンッ!
他人、特に子供には絶対見せられない顔をしながら舌を伸ばして障壁をなめようとしたところでシャノンさんが後ろから金槌を振り抜いて昏倒させ、ズルズルと引きずっていった。金槌は血まみれになってるし、首も一回転していたけど大丈夫なのかしら?
「レオナ様、少し協力いただけますか?」
「え?」
「この布を少し握ってください。はいありがとうございます」
言われるままに小さな布きれを握って返したけど、何これ?
「ほら、レオナ様のハンカチですわ」
「すーはー……」
両手で布を握りしめながら聖女様が起き上がった。何この怪奇現象。
この結果を予想していたのか、シャノンさんはさっさとザンダレルさんのところへ向かっていた。
「ザンダレル様、くれぐれも他言無用でお願いします」
「は、ひゃ……ひゃい……」
小さな布袋を渡していたけど、他言無用も何もぶるぶる震えてて何も見てないと思うんだ。
そして、ドンドン!とドアを叩く音にザンダレルさんが我に返った。
「ザンダレル?!何があった?!」
「え、あ!ああ!ええっと!」
「どうぞ」
我に返ってキョロキョロしていたので、ドアの方を示すと、躓きながらもドアへ向かい、どうにか開けると、数人の男たちがなだれ込んできて一気に人口密度が上がった。障壁の中は狭いのでなんだか暑苦しいわ。
「な?!」
「え?!」
「何だこれは?!」
ドラゴン……の姿は見えないか。完全に部屋からはみ出しちゃってるからね。
「一体何がどうなってるんだ?!」
「それが……その……ドラゴンをここに出した結果がこれで」
「「「ここに出した?」」」
「はい」
「どこからどうやって出したんだ?!」
「って、これ、ドラゴン?!」
「まるごと全部?!」
「どこで討伐を?」
「って言うか、君は誰なんだ?!」
ザンダレルさんがこちらを示したら全員がグルンッとこちらを見たので思わず「はい」と答えちゃったけど、これはこれでカオスなことになって通訳のセシルさんが大忙しになっちゃった。全部通訳しなくてもいいのに。
「と、とにかく、いったんこのドラゴンをしまってくれ」
「え?」
「しまってくれ、外からもドラゴンの姿が見えて、ちょっとした騒ぎになっている」
「ええと……」
いいのかな?と思って聖女様の方を向くと、心得たとばかりにうなずいてこちらへ来て自然な流れで抱きすくめようとするのでするりと交わす。
「あん、意地悪ぅ」
「いちいちスキンシップを求めないでください」
「スキンシップじゃないわ」
「え?」
「もっと深い関係」
「なお悪いわよ!」
世間一般ではそうだと思います、多分。
「安心して、私のすることに悪いことなんてないわ」
「衛兵を呼んでいい事案だと思います」




