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それから二日、二号店の店内改装&調理器具の用意の間のことはあまり記憶にない。私はひたすら屋敷と店を往復すればいいけど、お店の皆は本当に大変そうだった。
さすがに二日目の売り上げを超えることはなかったけど、逆に言うとそれ以上はお客さんを捌けないということ。そして、四日間の営業を終えたところで私は一つの決断を下した。
「明日、五日目をなんとか頑張ってください。一日休みにしますので」
「「「えええええっ?!」」」
なんか驚かれた。
いや、一応知ってたよ。この世界では定休日という概念がないことくらいは。だけど、さすがにオーバーワークが五日も続くとね。
一応、店先に「明日は休み」という貼り紙を出して五日目の営業開始。お客さんから「明日は休み?何があるんだい?」と問い詰められたらしいけど、特に何もないんだよ。
皆で「ちょっと忙しすぎて、お休みを、となったので」と説明していたけど、今ひとつ伝わってない感じで五日目の営業は終了した。
「お疲れ様でした。明日はお店は休みですが……皆さんは出勤してください」
「「「はいっ」」」
そう、私は店は休むと言ったけど、皆の仕事が休みとは言ってないのよ……って、完全にブラック企業の社長っぽい理屈ね。
そして翌日。予想通り、店の前に並んでいる人たちに改めて事情を説明してお帰りいただきながら、お店の中では別のお仕事開始だ。
「こちらが……一号店の店長のデリアさんです。こちらの店の営業全般は彼女が取り仕切っています」
「よろしく」
「そして、こちらが二号店の店長「え?私が店長?!無理無理無理無理!」
「却下です」
「そんなあ……」
二号店の店長に任命したのは、元々働いていた中で一番経験の長いライナさん。奇しくもデリアさんと同い年で、後で聞いたところによると家も近所らしい。
さて、そんな顔合わせをした理由は単純で、二号店の人たちに新しい料理である唐揚げを覚えてもらうため。
一応、二号店のコンセプトとしては元々の店のメニューを一部引き継ぎつつ、新しいメニューを入れていくという感じにした。そしておはぎティーセットは無し。
立地的に肉体労働者がやや多い場所ということで、がっつり系メニューがいいだろうというのと、おはぎを作るための場所確保が難しかったので最初から断念した形だ。
そしてそう遠くないうちに一号店は甘味専門に切り替えることも考えている。
ということで、唐揚げの作り方をしっかり学んでもらい、明後日に迫った開店に向けて準備をしようというわけ。
ちなみに二号店では元々のお店で出していたメニューの七割くらいを引き継ぐこととなった。残りのメニューは完全引退して隣街に住んでいる息子のところへ引っ越してしまった元店主以外、細かいレシピを知らないので最初から諦めることにした。
売れ行き上位の人気メニューらしいけど、無理して変なレシピで出すわけにも行かないし。
「へえ、これが油「熱いから触らない!火傷するわよ!」
「おおっと!そんなに熱いのか?」
真顔で問われたらこう答えます。
「お湯なんかの比じゃないくらいの熱さよ。飲んだら死ぬ熱さ」
「そりゃ大変だ」
それでも油には興味津々らしく、壺の中に入っている油をなめて「変な味だな」とかやっていた。油に味はないからねと言ったのに、自分で確かめたい質なんだろうね。そして、繁盛店に長年勤めてきた経験はすさまじく、あっという間に唐揚げを上手に揚げるコツをつかんでた。一号店の皆さんが若干へこんでいるけど、経験年数の差はいかんともしがたいのと、二号店を見たときから、一つの構想を練っていたのでよしとする。
どんな構想かというと、二号店が軌道に乗ってきたら一号店はおはぎティーセットのみの店に移行。唐揚げ定食を食べられるのは二号店のみとするというもの。
一号店の皆はちょっとショックを受けていたけれど、甘味専門店に切り替えるしかないというのが私とモーリスさんの考え。
何しろあの混雑ではティーセットの紅茶の香りなんて、唐揚げの香りで吹っ飛んでいくからね。
「で、では新しいメニューを?」
「うん、今レシピを調整中」
「では、私たちは今後も働けるのですね?!」
「当然よ。むしろ、王都一の甘味専門店になってもらうわ」
そして二号店はと言うと、
「この唐揚げにエールをですか?」
「そ。試してみて」
「はあ……では失礼して」
二号店の皆さんに唐揚げ一個とエール――小さいコップに一杯分――を試していただいた結果、
「こ、これは!!」
「レオナ様、申し訳ありません!もう一杯、もう一個いただけますか?!」
「エールはジョッキで!」
「唐揚げも皿に一盛り!」
「却下よ!今は試食なの!」
つられて一号店の皆さんも食べて、似たような反応。まあ、忙しすぎて、腹にたまる食べ物という程度の認識になっていたみたいで、驚いていた。
「と、とにかく、二号店では唐揚げ数個を単品メニューで出すの。エールも一緒に勧めてね」
「「「はい!」」」
ん、いい返事ね。
「レオナ様、一つお願いが」
「何かしら」
「閉店後に唐揚げとエールをいただくことはできますか?」
「次の日に響かない程度なら」
「「「ひゃっほう!」」」
そうなると一号店の皆さんも乗ってくる。
「レオナ様、私たちもいいですよね?!」
「いいわよ。お店閉めた後に二号店に行くのは禁止しません」
とりあえずこれで当面は乗り切れる、わけがないのよ。
「じゃ、もう少し試作をして、当日戸惑わないようにしておいて」
「「「はいっ」」」
さて、次はモーリスさんと開拓村へ行かねば。
というのも、このまま行くと、王都で流通するヨリトが尽きてしまいかねない。大げさな言い方だけど、実のところヨリトって王都ではそんなに流通している肉ではないのよ。串焼きとして露店で出ているほかは家庭で消費する程度だからね。
それが私の店で大量消費が始まると、他への影響が大きいので、開拓村でヨリトを育てて使おうというわけ。養鶏場ならぬ養ヨリト場。
到着したそこは陸上競技場がまるごと入ってしまいそうな規模で、案内してくれてた責任者のブラークさんによると、これでも小さい方だという。
「領主様、これがヨリトでさ」
「これが……」
足が四本あるということは聞いていた。なので私の中では勝手に、日本神話に出てくる三本足のカラス、八咫烏の足が増えて鶏になったのをイメージしていたんだけど全然違った。
上半身は鶏そのもの。そしてその下に四方向にガニ股で鶏っぽい足が生えていて、頭の高さが三メートルくらいになっている、巨大な生き物だった。
そして、本来はちゃんと飛べるらしいんだけど、雛のうちに羽を切って飛べなくしてやった結果、ガニ股の四本足をわちゃわちゃ動かして歩いている。
動きのイメージは蜘蛛っぽい。
なんだろう、このコレジャナイ感は。
それでもおいしいならまあ、と柵から少し身を乗り出そうとしたら、ブラークさんが慌てて私を呼び止めた。
「ああ、あんまり柵に近づかん方がいいですよ」
「へ?」
「危ないですから」
と、ちょっと身を乗り出しかけた私の鼻先を突風が駆け抜けた。
「ひゃっ?!」
「レオナちゃん?!」
「大丈夫ですかい?」
「う、うん。ちょっとびっくりしただけ」
のけぞって尻餅をついた私に周囲は大慌てになってしまった。
「えっと、何があったの?」
「その、野生のヨリトはこんなことは無いんですが、こうして家畜化したヨリトはとにかく足が速いんでさ」
「足が速い?」
「ええ、ほら」
示された先を見るとちょうど庭のヨリトがじゃれ合っているというか羽を広げて威嚇し合っているというか。よくある光景では?と思った直後、二羽の姿が消えた。
そして数十メートル離れたところにズサーッと土埃をあげながら停止。
「何アレ……」
「飛べなくなった分、足が速いんですよ」
足が速いって次元じゃないでしょアレ。音速超えてんじゃないの?




