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「斜向かいにある食堂をそのまま使わないか、という提案です」
「斜向かい……確かにあったわね」
失礼な話に聞こえるけど、私は自分の店と屋敷の往復で手一杯だし、そもそも身分的な意味でも外食することは難しいので、うろ覚えなのは許してもらおう。
「ん?そのまま使うってのは?」
「少し話をしてきましたが、厨房に少し手を入れれば、同じメニューの提供が可能です」
「店員は?」
「そのまま引き継ぎます」
もっとも、そのままでは立ち行かないので、モーリスさんとしては私たちの店員を全部調理担当へ。斜向かいの店の店員は全員接客担当として半分ずつにしてそれぞれの店に、という方針だ。そもそも私の店の料理って、材料も調理工程も今までこの世界というかこの街で知られたものではないからね。新しく教えて覚えてもらう時間を短縮しなければならないから、そういう考えもアリでしょう。
「どうですか?」
「却下」
「わかりました。商業ギルドには断りを入れます。……理由を聞いてもいいでしょうか?」
「近すぎるのよ」
「近すぎる?」
「そう。お店が二軒になれば、お客を二倍捌けるのよね?」
「ええ」
「待ち行列も二倍になるんじゃない?今のままでも通行の邪魔になってるのにそれを増やしちゃダメでしょう?」
「ということは、二軒目を出すのは問題ないということですか?」
「まあね」
私が二軒それぞれと往復するのはちょっと大変だけど。
「では、こちらの店舗などどうでしょうか?」
「へ?」
「商業ギルドからはいくつかの店舗が候補として渡されてます。近い方がレオナ様の負担も小さいかと思って斜向かいの店を紹介したのですが……」
なんとも用意のいい話ね。
「三軒あります。王都での位置関係はこのような感じです」
「ふーん」
真ん中ではなく、東西と南、それぞれに少し離れたところ。それぞれのだいたいの場所はわかったんだけど、王都の地図が大雑把なのでどれがどう、という判断がつけられない。
「モーリスさん的におすすめは?」
「南ですね」
「どうして?」
「東も西も、立地は悪くないのですが、店の前の道が少々狭いです」
行列ができてしまった場合、今の店以上に混雑してしまう、と。
「ということは、南は?」
「中央大通りに面しています」
「うわぁ」
一等地じゃん。今の店もそうだけどさ。
「どうしましょうか?」
「東と西はやめておいて、南かな。現地を確認してからにしましょう」
「わかりました……では」
「明日の朝イチ。開店前に店長とクラレッグさん連れて行って見てもらいます」
「わかりました。商業ギルドにはそのように手配しておきます」
店の立地は一等地でも、厨房にどの程度手を入れないとまずいかとか、客席の具合によってはさらに人を雇う必要があるからね。
そして翌日。
「行きましょう……って、早く乗ってください」
「い、いえ……そんな畏れ多い。まだ足腰には自信がありますので、馬車のあとをついて行きます」
「いいから乗って!」
「え……と……」
「モーリスさん!」
「わかりました。デリアさん、もう腹をくくってください」
「は……はい」
店長さん――デリアという四十手前の女性は貴族の紋章入りの馬車に乗るのをものすごくためらったけど、これから見に行くところまで徒歩で行ってたら開店までに戻ってこられない。
確かに平民が貴族の馬車に乗るなんて畏れ多いというのはわかるけれど、当主の私が許可してるんだから問題なし。
緊張して前進が固まったままのデリアさんを乗せ、扉が閉まると同時に馬車が走り出し、それほどたたずに到着。王族のそれに負けず劣らずの威容の馬車の通行を妨げようなんて不届きな考えの人は王都にはいないので、あっという間に到着。
ふははは、これが貴族の力よ!……むなしいからこのくらいにしておこう。
馬車を降りると、商業ギルドから来たという男性が待っていた。
「おはようございます。オーランドと申します。お待ちしておりました」
「おはようございます。早速だけど中を見せて」
「はい、こちら「前置きはいいから。クラレッグさん、デリアさん、店内を見て回って。思ったことは何でも言って」
「はいっ」
「ひ、ひゃいっ」
おかしいな、店長さんとは昨日散々一緒に仕事していたのに……って、私、屋敷との往復ばっかりだったし、お店は大忙しだったからあまり話もしてないから、お互いの為人がわからないのよね。
「モーリスさん、デリアさんと一緒に見て回って」
「はい」
私の扱い(?)に慣れてる上、お店の準備で顔をつきあわせていた人相手なら、私相手には遠慮していえないことも言えるでしょうと一緒に入っていったのを見送ったら、オーランドさんが寄ってきた。
「あの?」
「はい。なんでしょうか?」
「し、失礼ながら、レオナ・クレメル様でいらっしゃいますよね?」
「はい。どうかしましたか?」
「い、いえ……」
オーランドさんは貴族相手の担当だそうだけど、なんか煮え切らない感じね。貴族といえ、こんな小娘。どーんと構えてればいいのにと思っていたら、タチアナがスッと寄ってきた。
「レオナ様」
「何?」
「これは推測ですが、貴族が物件を見るということ自体珍しい上、実際に物件を見るのが平民である上に、「何でも気になったことは言え」というのが珍しかったのではないかと」
「そ、そう?」
「おそらく」
おそらく、貴族が不動産を購入するとき、しかも大至急、という場合って、「場所と建物の大きささえ相応ならヨシ!」って買い方なのかしらね?仮にそうでないとしても「ここがちょっと気になります」なんてのを自由に言え、なんてことも言わないだろう、と。つまり、使う人間が少々の不便を我慢するか、後からちょっとずつ費用を捻出して改修していくとか、そういうのが普通なのだろうか。
ま、いいか。よそはよそ、うちはうち、だ。
「レオナ様」
「クラレッグさん、どう?」
「問題ありません。広さも十分ですし」
「なるほど」
あとはデリアさんだけだねと、店の中に入ってみると、なかなかの広さだった。
「結構広いね」
「つい三日ほど前まで、ここらで一番の繁盛店でした」
「え?それがなんで売りに出されてるの?」
「店長が高齢でしてね。「ワシの目の黒いうちは」なんて言ってましたが、腰をやってからすっかり弱ってしまって、店を畳むことにしたと」
「なるほど」
「しかし、働いていた者たちにとっては「いきなりそんなこと言われても」でして、店長を説得して建物を取り壊すのではなく、店を引き継いでいただける方に買い取ってもらうようにと」
「なるほどね」
なんて話をしていたら、すっかり立ち直ったのか、興奮気味なデリアさんがやってきた。
「レオナ様!ここならバッチリです!」
「ほえ?」
「どこに連れてこられるのかと思ったら、この店だったとは!ここの店員も引き継ぐというのなら明日にでも営業できます!」
「そ、そう?」
当たり前だけど閉店したばかりだから店内の椅子やらテーブルやらに問題はなく、食器類も全部揃っているという。さらに言うなら、
「元の店で出していたメニューもそのまま出していい、と?」
「はい。繁盛していた店ですので、ここの味が忘れられないという人も多いので」
「なるほど」
しばしモーリスさんと相談。店自体の購入費、メニューと値段に仕入れルート。元からいた店員の名簿と給料。一応は貴族である私が経営する店だから、元からいた店員といえど、マズい素性の者は雇えないからね。




