22-1
「いらっしゃい」
「あら珍しい。土下座してないのね」
「そんなに土下座してたっけ?というか、さすがに神に対して失礼じゃない?」
「場を温める小粋なジョークよ」
「笑えないんだけど」
「ごめんね。センスがなくて」
ただ一つ言えることが。いつもと雰囲気が違う。ちょっとピリピリしてる感じがする。
「なんとなく気づいていると思うけど、ちょっとね……」
「何があったのかしら?」
「順を追って説明するよ。ああ、次の穴はまだわからない」
「そう」
「わからない理由も説明しよう」
ん?わからない理由がわかったってこと?
「まず、こちらのダンジョンの奥、ダンジョンコアと異世界をつないでいるのはとある魔術師、これはいいかな?」
「確か……空間魔導師ケンジでしたっけ?」
「そう、それ。そいつが異世界でこちらに向けて穴を開けているのを確かに確認できた」
「やめさせることは?」
「やった結果は問題になるけど、やってることはただの魔法の儀式だからちょっと難しいかも、ってところかな。色々と手を打とうとしてるけどね」
「そこはなんとか頑張ってほしいわね」
主に私の平穏な生活のために。
「色々伝手をたどってはいるが、もう少しかかりそう……ああ、この場合のもう少しってのは神様の時間感覚だから人間だと年単位だね」
「そこはもういいわ。それで?何がわかったの?」
「うん、空間に穴を開ける。それは大したものなんだけど、やはり人の手には余るというか、無理があるという感じでね。時間がずれるんだ」
「時間がずれる?」
「そう。具体的に言うと、今回開いていた穴が最初に開けられた穴だったんだ」
「え?ってことは今までの穴は、向こうでは今回の穴よりも後に開けられた……」
「そう。順序を整理する意味はあまりないんだけど、えーと……ラガレットだっけ?あの穴が最近開けられた穴ってことになってるみたい。その前が迷宮都市のダンジョンだったかな?詳しく調べてないけどそんな感じ」
なるほど。だからラガレットでは魔王の分体なんてのが来ていた訳か。で、その前は使い魔。なかなかうまく行かない理由を探らせようとして失敗。仕方なくそのあとに「魔王の分体突入させたら、もう少し詳しくわかるんじゃね?」とかなんとか。
「うーん、だとしたら次に開く穴ってのも」
「そう。最初に開いた穴よりも前に開けられ始めている」
「こちら側での時系列と順序がめちゃくちゃだから神様でも見つけにくいと」
「そういうこと。だけど、ここまでわかったからね。監視体制はどうにかなりそうな目処が立ったよ」
「ということは、その辺を証拠として固めて、ってこと?」
「そういうこと。ということで、十日ほどしてからまた来てくれるかな?」
「わかったわ。ところで、空間魔導師ケンジなんだけど」
「うん?」
「なんて言うか……地球の、日本人っぽい名前なんだけど、偶然だよね?」
「……」
「偶然だよね?」
「……」
「ちょっと?」
「偶然、と思いたいよ。数えたことはないけど、世界って百や二百どころじゃなくたくさんあるし、その中にいろいろな国、文化、言語があるからね。日本人っぽい名前が普通にある世界だって珍しくはない」
「そっか」
「ただ、一つだけ言っておくと、ケンジのいる世界では「ケンジ」という名前は一般的ではない」
「ちょっと?!」
「話は最後まで聞いて」
「うん」
「一般的ではないけれど、昔話には出てくるらしい。それも悪役」
「つまり、昔話のイメージがあるからつけない名前ってこと?」
「そういうこと」
なんだかなと思いながら神様の元を辞して、ベッドに潜り込んだ。なるようにしかならないんだからあれこれ考えても無駄ね、と。
それに、色々忙しかったけれど、明日は庶民向けの店が開店だ。特に私が何をすると言うことはないけれど、多分色々起こるだろう。
「おはようございます」
「ん、おはよう」
「レオナ様、早々で申し訳ないのですが
朝食にしようとしたらセインさんがちょっと神妙な面持ちでやってきた。
「本日開店の店ですが」
「まだ開店時刻じゃないよね?」
「そうなんですが……行列が」
「行列?」
「はい。既に百名以上が並んでいるようでして」
「は?」
「近隣の店舗から苦情が来ています。モーリスが応対しておりますが」
なんてこった。事前に噂になっていたからある程度のことは予想していたけど、開店まであと三時間はあるのに既に行列が出来ているとは。しかも百名以上。
「ええと……タチアナ。当初の予定は?」
「はい。初日の来客はせいぜい百五十名ほどを予想しておりました」
ダメじゃん。今から店を開いても捌ききれない。
「クラレッグさんたちを呼んで」
「はい」
とりあえず屋敷の料理人を呼び出して、朝食をかき込む。全く、こんなに忙しい朝ご飯は前世で子供たちが小中高それぞれに通っていた頃以来だわ。
「モーリスさん」
「レオナちゃ……レオナ様!」
「ちゃん、でいいわ。どんな感じ?」
「とりあえず、両隣三軒と向かいの三軒にあとで改めて挨拶に伺うと」
「わかりました。手土産の手配はセインさんに任せます」
「お任せを」
店の裏口から入ると厨房は戦場だった。新規オープンのために集められた店員さんたちが少し殺気立っているというか、困惑しているというか。既に百名以上……うん、そろそろ百五十をこえそうね。そんなに並んでいたら、焦るよね。
作業に区切りをつけた店長さんに確認をしましょうか。
「仕込みは?」
「三十食まではすぐに出せるようになっています。本日用意しているのは百五十食。下ごしらえはしてありますので、順次出していきますが……その……」
「材料がないのね?」
「はい。申し訳「謝らないで」
「え?」
「お客さんがあんなに集まったのは悪いことじゃないでしょう?」
「え、ええ」
「それに、どのくらいの客数を見込むかはモーリスさんに任せていたわけですし、あなたには何の非もありませんよ」
「はっ……その……」
「さて、ここをどう乗り切るか、切り替えましょう?」
「はい……はいっ!」
とりあえず屋敷の方で調理を開始して、できあがり次第持ってくる予定だということを伝えておく。メニューが少ないからこそ出来る芸当ね。
「まずはここにある分を全部仕上げましょう。そのあとは接客に専念」
「はい」
「それから」
「あの、失礼ながら」
「ん?」
「開店時刻、早めた方が良いのではないでしょうか?」
「ダメ」
「え?」
「それが普通になったら困るでしょ?」
「そ、そうですね」
と、そこへタチアナの目が飛んできた。
「タチアナ、どう?」
クルリと一回転。よし。
「待ってるお客様には、退屈しのぎを用意できたわ」
「退屈しのぎ?」
王都に滞在している旅芸人にダメ元で声をかけてみた。朝早くからなんて、と断られるかと思ったら、意外にも快諾されたとのこと。そりゃそうよね。お客さんが既にいる状態から開始できるんだから。
やってきた旅芸人が挨拶も早々に、楽器を鳴らして歌い始めると、並んでいたお客さんたちもすこしだけ落ち着いたみたい。
「やれやれ、なんとかなったわ」
「レオナ様」
「ん?タチアナ、どうしたの?」
「特別賞与をいただきたく」
「は?」
「旅芸人との交渉で、その……体を要「されてないでしょ?」
「……」




