21-17
「では試食」
油を切ったところで口に入れると、サクッといい音がしてじゅわっと肉汁があふれ出る。しかもそれはほどよい塩味と旨味の混ざった醤油にショウガで香り付けされていて、まさに絶品。
「はふぅ……」
「レオナ様!」
「あ、うん。どうぞ」
シーナさんが物欲しそうにしているので皿にのせたそれを渡すと、待ってましたと手にしたフォークに一つさして大きく口を開けて。
うん、全部貴族とか、貴族につく侍女のマナーから完全に外れてるわね。まあ、いいけど。
「レオナ様、私も一つよろしいですかな?」
「ええどうぞ。熱いので気をつけて」
一つまるごと口に放り込んでしまい、思ったよりも熱かったせいで「はふっはふっ」とやってるシーナさんに苦笑しながらセインさんは上品に一口。
「ふむ。これはまたなかなか。今までの唐揚げとは違いますな」
「でしょう?」
「先ほど肉に揉み込んだナトロージとショウガの風味なのでしょうか。これはまた手が止まらなくなりそうですな」
「本当ですか?では私も「クラレッグさんはダメ」
「くっ……」
「そしてタチアナ。そこで口を開けて待っても無駄よ」
立ち位置的にシーナさんの口元からこぼれるのを期待しているような位置。なんというかお馬鹿なのかしら?
「三人はそこで待ってなさい。さて、皆さん熱いうちに食べちゃいましょう」
「おお!」
「待ってました!」
「ひゃっほう!」
私が厨房に入った時点で手の空いているものが全員ここに集まっており、私からの声かけ待ち状態だったところへ皿を出す。
「試作だから一人一個ですよ」
「くっ!もっと食べたい!」
「でも我慢。我慢だ!」
「おい、当直の奴らに持ってってやれ!」
「運ぶのが拷問に近いな!」
おかしい。そんな中毒性のある食べ物だったかしら?
「レオナ様」
「何かしら?」
「後生です。ひとくち、ひとかけらだけでも!」
「却下」
「「「そんなあ」」」
エルンスさんが「どうにか!」と嘆願してきたけど、私の心は揺らがない。
「三人には十日間、私の作ったレシピを禁止します。いいですね?」
「「「そんなっ」」」
「わ、わかりました……」
三人が抗議してくる一方、クラレッグさん以外の料理人たちはグッと唇を噛みしめながらも私の指示に従うと応じた。
「私は、私の元で働いている人たちが健康であることを望んでいます」
「はい……」
「徹夜は、健康に良いことですか?」
「いいえ」
「違い……ます」
「今まではなあなあにしてきましたが、そろそろキチンと罰を与えなければダメだと判断しました。皆さんの健康のためです」
「はい……」
三人がどうにか納得したところでクルリと振り返る。
「皆さんもいいですね?」
「「「はい」」」
「あと……十日間の間に、彼らが私のレシピの物を口にしたとわかった場合、連帯責任となります」
「な!」
「連帯責任?!」
「ということは?」
「ええ。皆さん全員、私のレシピ禁止です」
「……」
「あと、シフトでもないのに徹夜したりしたら、それも連帯責任です」
「「「わかりました!」」」
「ん、よろしい」
さっそく監視体制について皆が話し始めた。時間場所、ローテーション等々。まあ、無理のないようにしてほしいところね。
アメとムチ的な感じだけど、テンションに任せて何日も徹夜とかしたら体を壊してしまう。今は若さで乗り切れるとしても、ここで溜めた負債がいつ高額な利息が付いて返ってくるかわかったものではないのよ。
前世の私のように、死ぬときは「生きた!」って感じで死んでほしいのよ。物騒な言い方だけどね。
ということで、ちょっと厳しめのルールを周知したところで執務室へ引き上げる。
「お願いです。どうか、どうかひとくちだけでも」
と、私の足にしがみついてずるずる引きずられているタチアナのことはとりあえず気にしなくていいと思う。全く、やりたい放題なんだから少しは反省しなさい。
帰ってきて早々にいろいろゴタゴタしてしまったけれど、ごく一部を除けばあとは問題なしという報告を聞きながら書類に目を通してサインをしていく。
「レオナ様、サインが崩れております」
「っと……ん、これで」
「はい」
とりあえずサインは無事に書き終えたので、ひと息入れる。
前世で少し不思議だったのが、外国では署名としてサインをすらすらっと書いているじゃない?あれ、偽造し放題なんじゃないかなって、疑問だったのよね。
で、何となく調べてみたら、全員がそうというわけではないらしいけど、子供の頃からサインの練習をさせるんだって。常に全く同じサインが書けるように、と。
そうして「この形のサインは私が書いた物です」ということを証明できるように、とにかく徹底的に練習するんだって。
そして、それはこっちでも同じで、私もかなり練習させられてどうにか形になってるんだけど、まだ経験が浅くて、油断すると崩れる。練習あるのみなのはわかるけど、練習開始が遅すぎてちょっと大変ね。
元々は日本人だったから、こういうの、ハンコにできないかな、とも思っているところ。そもそも機密性の高い手紙に蝋で封をしたときには、紋章を刻んだハンコみたいなのを押しているんだから受け入れられると思うんだよね。
一通りのチェックを終えた頃に夕食。タチアナが私のそばでかいがいしく世話を焼く。そしてスッと手を伸ばしたところをペシッと叩く。
「痛いです」
「何をしようとしているのかしら?」
「お皿を下げようかと」
「持ってきたばかりで全く手をつけていない皿を?」
「おっと、勘違いしました」
どう見ても唐揚げののった皿を回収してつまみ食いしようとしていたでしょう?
「連帯責任になりたいのかしら?」
途端に周りの皆が殺気立つ。
「……うう、後生です。お願いですから」
「自分が何をしたか、胸に手を当てて考えなさい」
「……レオナ様より立派なものがつい「セインさん、おしおき室へ」
「はい」
「え?おしおき室ってなんですか?」
「タチアナ、諦めるのです」
「さ、こちらですよ」
「え?ちょっと?え?」
タチアナは三人がかりで運ばれていった。
なお、おしおき室の詳細は私は知りません。
「では、お休みなさいませ」
「ん、お疲れ様」
セインさんと部屋の前で別れ、ベッドにそのまま倒れ込む。今回は色々あったけど、攻め込んできていたのはぶっちゃけ小物だらけで、これまでにあったような強い魔族はいなかった。どうしてだろう?
穴が開いてからまだそれほど経っていなかったから、魔族が通れるほどではなかった?
違うな。向こう側に魔法を撃ったときの感触は今までのものとそれほど変わらなかった。むしろ、穴は今までの中で一番大きかったかも、というくらい。それに、あのゴブリンの群れ。いくらゴブリンといえど、あれだけの数。穴を通ってくるだけでもかなり時間がかかるはず。つまり、魔族がいてもおかしくなかったんだけど、私のマップには反応はなかった。
たくさんいる魔物に紛れていた可能性もゼロではないけど、外に出たあともマップには反応はなかった。
なんか、薄気味悪いんだよね。
神様なら何かわかるかな?行った方がいいかな?でも、帰ってきたばかりで行くというのもなんだか……うーん。
「行くかあ」
悩み事があるときは神頼み(本物)ね。と、礼拝室の扉を開けた。
「うーん……これも悩みどころね」
元々の礼拝室の中はこぢんまりした祭壇と跪くための絨毯が敷かれていて、特に飾り気のない部屋だったんだけど、何度か使った結果、壁や柱に彫刻が現れ、なぜか色がつき、祭壇もなんだか豪華になってきた。そして、極めつけは、明かりをつけてるわけでもないのに明るいのよ。
いずれはなんとかした方がいいのかしら?
その辺りも相談してみようかな。




