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「さて、そうなると今後の聖王国との付き合い方をどうするかが難しいな」
聖女サマと個人的に友誼――だいぶ歪んでる――がつなげているのに加え、今後もダンジョンを回ることになるとしたら、聖女サマ、さらにはその後ろに控える聖王国というのは有効利用できる。
今までは「ダンジョンがヤバいので」と話を持ちかけても、なかなか信じてもらえなくて余計な苦労を背負い込んでいたわけだけど、それが「聖女サマに神託がもたらされた。このダンジョンは即時封鎖せよ」みたいなことが出来るようになる……といいな。
そして、そういう関係性を保つためには日常的に行き来できる関係なのが一番良い。さらに言うなら、今回の件で結構な被害の出ている街の復興を支援して恩を売る、もとい、友好な関係を深めることが出来るならなお良い。
だけど、物理的な距離が、間にある国が、それが簡単なことではないと告げてくる。だけど、もう一つ、確信、そうまず間違いないだろう、ということがある。
「これは個人的な予想なんですけど」
「うむ」
「多分、近いうちに向こうから何らかの連絡があるかと思います。どう動くか考えるのはそれからでも良いのでは?」
「向こうから?」
「はい」
おそらく我慢できずに、とは言わない。言えないわよ、そんなこと。
「そうか……ところで、実際に接してみての印象で良いのだが、無理難題をふっかけてきたりしそうかな?」
「無理難題?」
「うむ。あり得ないほどの高額な損害賠償を請求してきたりとか」
「無いと思います」
「ほう」
「そうですね。周囲に対しても自分に対しても誠実で、正直で、裏表の無い人、と思います。多分、彼女の周囲の人も程度の違いこそあれど同様で、いわゆる悪意のある者はいないと思います」
「なるほど。ならば、向こうからの連絡待ちでも良いか」
言い方一つだよねえ。
周囲に対して……自分の思うがままをさらけ出すことに抵抗がないのよね。聖女らしく振る舞うこともしていたけれど、明らかに「聖女を演じてます」感が漂っていたから。
それでも周囲の支持を得ていたのは「演じているとしても聖女としての振る舞いを貫き通すのは簡単なことではないはず。立派な方だ」と思われていたから、かな。
正直で裏表のない……つまり、自分の欲望に忠実。あらゆる方向で。私に対しても忠実だし、あの街の住人を始めとする、信者全体に対しても。
私に対して抱いている何かも、悪意があるわけではなくて、愛なのよね。ちょっと変わった形をしているけれど。そして、あの聖女サマが世の中の平和を願っているのもまた事実。
そう、私に向ける感情と、世界平和は彼女の中では両立できてるというわけだ。
その後、ドラゴン素材の買い取りについて少しやりとりをしてから城を辞した。
さすがの王様、オルステッド侯爵家でも鮮度抜群のドラゴン素材を買い取るというのはちょっと手持ちが、ということで後日相談。また、オークションへ出すことについては、
「くれぐれも慎重にな」
「モーリスが集めた情報を元に、勝手に動かないようにな」
と、私が勝手に色々暴走するようなことが無いように、と釘を刺された。おかしいよね。私、そんな暴走したりしたこと無いはずなのに。
「オークションという言葉を聞いたときのレオナの目の色が、な」
そんなに目の色変えてた?というか仮面越しに見えてた?
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
なんだか疲れた感じで帰ると、セインさんが「至急確認したいことが」というので、なぜか厨房へ。
そこにはクラレッグさんとエルンスさんが正座していた。
なんだかでっかい器械を背に、何かの入った二つの壺を前に。
「セインさん、これは?」
「私の目を盗み徹夜をしていた罰でございます」
その言葉と同時に二人がゆっくりと頭を下げ、土下座する。
「大変申し訳ありません」
「再三にわたるレオナ様からの徹夜禁止を守らず」
「このような事態に」
「なんとお詫びすれば良いのか」
二人が謝罪の言葉を口にするんだけど、私はなんて答えればいいのよ。
「で、これは?」
「ナトロアの実を粉砕して絞る器械です。絞った結果がこちらに」
壺の中には搾った汁と絞りかすがそれぞれ入っていた。
「……わかりました。今回に限り、この頑張りに免じて許します」
「おお!」
「ありがたきお言葉!」
二人がガバッと起き上がり、抱き合って喜んでいるけど、私にはわかる。この手合いはまたやると。そしてそれはセインさんも同じらしい。
「ただし」
「は、はいっ」
「ここを首にされる以外であれば何なりと!」
言ったわね?
「これからこれらを使って作る試作品の試食はお預けです」
「「……!」」
二人が静止した。そしてたっぷり一分ほど経っただろうか。ゆっくりと私のそばへタチアナが寄ってきた。
「レオナ様」
「何かしら?」
「それはあんまりです」
「安心して」
「え?」
「連帯責任。タチアナもお預けよ」
周囲を飛んでいたタチアナの目が一斉にこちらを見て数秒、全部落下した。
「そ、そんな……」
「どうせ、タチアナがセインさんの見回りを監視して、とかやってたんでしょ?」
「どうしてわかったんですか?!」
「ホントにやってたの?!」
その行動力、もっとほかの方向に向けられないかしら?
「さて、それでは……」
エルンスさんとタチアナの二人は自室に戻らせた。クラレッグさんだけはこれから行う工程を見てもらうために残したけど、自室にいるのと、ここで見てるだけ、どちらがつらいかしら。
そんなことを思いながら、絞り汁――ナトロージ――の方を少し掬い、なめてみる。うん、すこし塩味の薄い醤油ね。絞りかす――トロア――の方はこのままでは使えないらしく、届いた荷物に同封されていたメモにあった分量で水と塩を加えて寝かせる。五日以上寝かせれば完成だというので放置。ちなみにそのまま少しなめてみた感じ、塩味のしない味噌という感じ?さすがに前世でもそんなのを口にしたことないからわからないけど、なんかそんな感じなのよ。多分寝かせることであの味になっていくんだろうと期待して、まずはナトロージから。
「レオナ様、これはどのように使うのでしょうか?」
「え?」
そう言われてみると、確かに。
「醤油はどうやって使うのでしょうか?」
そう問われたとき、なんて答えるだろうか?意外に難しい質問だと思う。
例えば刺身、寿司にあるいは豆腐につける、かけるといった使い方。これは言うなればソースやドレッシングのような使い方がすぐに思いつく。だけど、この使い方はごく一例。水で薄めるなどして煮汁を作ったり、材料に混ぜて捏ねて使ったりという使い方もある。というか、前世の若い頃――といっても五十代だったと思う――によく言われていたものだ。
「海外旅行するときは醤油を持って行け。食べるものに困らなくなるから」
そのくらい、日本人の食事において醤油は身近で当たり前。何にでも使う調味料。料理のさしすせそに入っているだけのことはある。味噌も入ってるので、トロアの方も期待大だけど、まずはどうやって使おうか。
まず、ヨリトの肉を一口大に切る。
「唐揚げですか?」
「うん。だけどちょっと作り方を変えるわ」
軽く塩こしょうをふり、香りの強くない酒――日本酒っぽいものも作ってみたいね――と醤油、すりおろしショウガを混ぜた中に肉を入れ、揉み込んでいく。ビニールとかがないから直接もみもみ。その後、三十分ほどおいてから取り出して小麦粉をまぶす。あとは油でからっと揚げれば、竜田揚げの完成です。惜しむらくは片栗粉がないってことかな。まあ、そこは今後の課題ということで。




