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「今のところ進展はありませんな。少々難易度の高いダンジョンということと、内部が複雑に入り組んでいてどの程度の規模が見当もつかないと言ったところです」
「ものすごく危険だから探索禁止、とかにはならないってこと?」
「ええ。ただ、あのダンジョンに挑めるようなハンターとなると国内でもかなり限られます。今の調査に参加しているものの他にはせいぜい二十人いるかどうか、でしょうな」
「となると、ダンジョンの資源としての利用は難しい、かしら?」
「ええ。ただ」
「ただ?」
「今後、ラガレットをはじめとする他国からのハンターを受け入れるのであれば、事情は変わります」
「おお」
「私もハンターのことについてはあまり詳しくないのですが、正直なところフェルナンドのハンターはそれほど質は高くないようです」
「それ、言っても大丈夫なの?」
幸い、周りには誰もいないけどさ。
「問題ありません。というか、これは社会制度上の問題ですな」
「社会制度?」
「我が国ではハンターギルドの管理しているダンジョンはあまり多くありません。ですのでハンターの半数近くはダンジョンに入ったことすら無い、というのが実情ですな」
「ダンジョン探索の経験が少ないから、魔物との戦闘経験も少なくて、ってこと?」
「ええ。さらに言うなら難易度の高い、つまり危険度の高いダンジョンは領主が管理しています」
「マリガン伯爵のところみたいに?」
「ええ。ですので、騎士の方がよほど魔物との戦いに慣れております」
「それが他国では違う、と?」
「はい。聞いた限りではラガレットは我が国に近いようですが、リンガラやバスキになるとほとんどハンターギルドが管理しているようです」
「なるほどね」
前世で孫やひ孫が楽しそうに読んでいた異世界ラノベとは、大まかなところでは「あるある」だけど、細かいところで違いがあるのね。
確認しておくべき話はこんなところかしら。
それにしても開拓村はほとんど私が何もしなくても順調な一方で、お店周りはとても残念なことになるのはどうしてかしら。それも私が不在の時に限って。
なんて愚痴っても仕方ないわね。
「ええと、お城へ持っていく報告書を……」
「事前にいただいていた情報からこのように」
「うん……よし、これでいいわ」
「いいのですか?」
「ええ。報告するときに補足すれば大丈夫。それよりも城へ行けるかしら?」
「三十分ほど後に、約束を取り付けております」
セインさんが時計を見ながら答える。あらかじめ予定を押さえておくとは、仕事の出来る男ですね。
「なら、そろそろ出かけた方がいいわね」
「はい。すぐにタチアナを呼びますのでお待ちを。馬車の用意をして参ります」
そう言って、すぐそばを飛んでいたタチアナの目をひょいと捕まえ、ブンと一回振り回すと、ドアの向こうでゴンという音がした。多分いきなり振り回されて目が回ったんだろう。目がないのに目が回るとはこれ如何に、ね。
呼び出し方が雑なのは目をつむることにしておきますね。
「レオナ・クレメル様、ご到着です」
通されたのは王様の執務室。
中に入ると王様と宰相さんにオルステッド家の方々という、いつもの顔ぶれ。先に報告書は送ってもらっていたので、それに目を通し終えたくらいのタイミングで、促されるまま王様の真正面という定位置に座る。
「さてと、今回は?今回も?色々あったようだが、確認していこう」
「はい」
「まず、明日開店するという店につい「それ、後回しでいいのでは?」
「「「何を言うか!一番大事なところだろう!!」」」
王様含めた男性陣の心からの叫びで室内の調度品がビリビリと震えた。
「唐揚げだぞ?唐揚げが出る店だぞ?」
「……ご安心ください」
「ふむ?」
「特別な味付けの唐揚げは平民向けの店では出しません」
「「「特別な味付けだと?!」」」
脳みそが直接振動するほどの声に、ドン引きですわ。
「どんな味なのだ?」
「やはりうまいのか?」
「さてはピリ辛か?」
「いや、ここは肉の味を引き立てる何か」
「全く想像がつかんな」
ちょっと会話の持って行き方、失敗したかも。
色々想像しているところ申し訳ないけど、醤油、つまりトロアを絞ったナトロージをベースにした調味液を作ってしばらくつけ込むという、日本では、ごく普通の味付けですよ。
トロアの実が少し収穫できて、今後の目処がついたので、今頃はエルンスさんがクラレッグさんとともに、実を搾るための器械の製作に取りかかっているはず。また徹夜するんだろうけど、こうでもしないとこの場を乗り切れないだろうと予想して手を打っておいて正解ね。
「それで、そろそろ本題に」
「そ、そうだな。本題に入ろう。いつ食べられる?」
「そろそろそっちの話題から離れません?」
「確認だけでも」
「……数日中とだけ」
なんで全員がもどかしげな顔になるのよ。私は自分のペースで色々やろうとしてるのに、どれもこれも振り回されて大変なのよ?
「では本題に入るか……ええとだな」
何だか少し残念そうに王様がいくつか報告書に書き切れていない部分の質問をしてくる。何しろ私が時折リリィさんの手紙に書いていた内容を伝え聞いたセインさんが書き上げた報告書だからね。足りない部分があるのは当然。
足りないとわかっていても、急いで報告することが色々あるから、そこは止む無しとしてこういう場を設けているのだし。
「そうか、聖都は半分程度が崩壊したのか」
「ええ。ただ、詳細を確認したわけではないので、もしかしたらもっと広い範囲が崩れているかも知れません」
「なるほどな。その辺りの補償か……ううむ」
「補償、いらないと思います」
「聖女様のお考えか?」
「というよりも聖女サマのヴィジョンですね」
「そんなにすごいのか?」
「ええ」
多分。
マトモな方向に使っているのを見てないから何とも言えないけど、多分街の復興くらい数日で終わらせるくらい出来そうなのよね。
「フム。それで、今後の聖王国との付き合い方だが」
「難しいと思います。山を越えて結構な距離を進んでロア。そのロアから馬で十日以上の距離です」
「遠すぎるか」
「はい」
ボニーさんは聖王国の国境付近まで行ったことがあるので、そこから馬を飛ばしたけど、実際にはロアと聖王国の間には確か国が二つある。特段、悪い何かのある国ではないけれど、フェルナンドから聖王国へ陸路で出向くのにスルーしていくのはさすがにマズい。
外交経験の無い我が国がこの二つの国を飛び越えて聖王国となんて、彼らにとって気分のいい話ではないはず。
「それに山脈を切り拓くのも、かなり大規模な工事になりますし」
「そうだな」
ラガレットとの行き来もまだ手探り状態のところにさらに新しい道なんて、人材不足が加速していくだけでしょう。
「それに、山脈はドラゴンの住み処ですからね」
「そうだ、ドラゴン。開拓村を襲ったドラゴンというのは、道を切り拓いたのと関係しているのか?」
「直接は関係してないですね」
ラハムの件は以前報告済みなので、その辺を絡めて話をする。
「要するにドラゴン同士のもめ事か」
「そうですね。まあ、今回の件、遠くから見ていたドラゴンがいましたので、話は広まっていくかと思います」
「なら、もうあんなことは起こらないと」
「おそらく」
というか次があったら、私は山脈を隅々まで見回ってドラゴンを絶滅させようとまで思ってますよ。
私の心の安寧。それ以上に優先すべき事なんてないのですから。




