21-14
オークションの詳細がわかったところで打ち合わせしましょうと、モーリスさんへの指示を終えたところに、避難していた住民たちの誘導に一段落つけたカイル隊長が部下数名と共にやってきた。
「レオナ様」
「カイル隊長、どうかしら?」
「住民の犠牲はゼロと見なします」
「見なします?」
「八十越えて、今日か明日かという老婦人が一人」
「……それはまあ、うん」
ドラゴンが来ようが来まいが、というのは天寿として受け入れる。
「逃げるときに慌てすぎて転んだ者がおりますが、軽傷です」
「手当は任せても大丈夫?」
「膝をすりむいた程度ですから」
「わかったわ。ただ、何かあったらすぐに報告を」
「わかりました」
さて、あとはラハムか。
「なんか、大きくなってない?」
「自覚はしているが、なりたいと思って大きくなったわけではない、多分」
恐らくまた私の治癒魔法か。
おかしいわよね。重傷を負った騎士たちは全快しただけで、体が一回り大きくなったりはしていない。テンションはおかしな方向に上がったっぽいけど、それはまあ、置いておくとして。
「もしかして、魔物を大きくする隠された効果があるとか?」
「うーむ、可能性はある」
「え?そうなの?」
「我らドラゴンは生きている間、ずっと成長し続けるからな」
「ずっと?」
「うむ。まあ、我くらい生きていると、数十年単位で見たときに大きくなったと感じる程度だろうから人間が実感することは無いと思うが……」
うーん、あ、もしかして。
「一応確認。ドラゴンって重傷を負って……例えば翼が斬れたりとか足を失ったりしたのって、生えてくるの?」
「そうだな。失った大きさにもよるが、例えば指先を失った程度なら一年もあれば元通りになるな」
「それだ」
私の治癒魔法、ドラゴンには成長促進による再生という効果があるのではないだろうか。
人間は手足を失ったらそれきりで、何年経っても生えてこない。私の治癒魔法はそこに無理矢理介入して再生させている。まあ、奇跡の御業と言ってしまえばそれまで。神様ありがとう、です。
一方、ドラゴンにかけた場合、成長による再生というそもそもの体の仕組みがあるので、そちらに作用し、結果として体が成長。うん、あり得る。というか、それ以上は考えないようにしよう。
「それで」
「うん?」
「その……帰っていいだろうか?」
「いいわよ。って、帰っちゃダメだと思ってたの?」
「あ、いや、そんなことは無く。ではな」
「うん。じゃあね」
危うく「説教の一つでもされるのかと思って」と口を滑らせかけたのをぐっと堪え、ラハムは翼を広げて飛び立った。
ざっと見て回ったところ、開拓村に大きな被害は無し。少し離れた、ドラゴンが大暴れしたあたりはひどいことになっているけれど、これから開墾しようとしていたところがいい感じに耕されたと前向きに捉えることにしよう。そう、ドラゴンの血もちょっと振りまかれているからいい肥料になるはずだ。
「ではアランさん、私は諸々の報告のために王都へ戻ります。何かありましたら連絡を」
「わかりました」
いつもなら屋敷から迎えの馬車が来るのだけれど、今回はリリィさんの馬に同乗する。コーディも他の騎士と同乗し、屋敷まで。
屋敷ではセインさんたちが出迎えてくれた。
「申し訳ありません、ドラゴンがいては迎えの馬車が出せる状況ではなく」
「気にしなくていいわ。それよりも留守中の報告を」
「では執務室にて」
騎士が乗るような馬は軒並み軍馬だから、少々の荒事にも怯むことはない。ドラゴン大暴れの現場でも、木に繋がれたまま草を食んでいたくらいに落ち着いていた。けれど、我が家の馬車を引く馬は普通の馬だからね。あんな怪獣大決戦の場に連れて行ったらパニックを起こすこと間違いなし。
馬車に繋がれている状態でパニックになったら馬も馬車も無事では済まないから、セインさんの判断は正しいし、私も特に気にしない。
「ではまず、こちら。開拓村の進捗状況です。特に問題なしと判断しておりますのであとで目を通していただければ」
「はい」
「そして、新しい店です」
「うん」
「明日、開店となりました」
「は?」
「明日、開店です」
「早すぎない?」
急がないからゆっくりで、って言っておいたはずなんだけど。
「無理や無茶をしないようにと目を光らせていたのですが」
「ですが?」
「まさか交代で夜中も作業を進めるとは思いもよらず」
「ご近所から騒音とか苦情来なかった?」
「夜はあまり音のしない作業を中心にするなど、色々と配慮しながら進めていたようです」
「その配慮、ゆっくり作業を進める方向に向けられなかったのかしら?」
「何でも、新作メニューがあるという噂が流れていまして」
「うん。それは否定しない」
むしろ広告になるとさえ思っているくらいだし。
「一日も早く食べたい、と募集もしていないのに大工が集まったとか」
「ええ……」
「こちらとしては当初の予算以上を支払うつもりはないと突っぱねたのですが、現場監督が「その予算内で仕上げてみせる」と意気込みまして」
「現場のことは現場、止められなかったのですね?」
「はい、力及ばず申し訳ありません」
「はあ……キチンと工事されていて、なおかつクラレッグさんの負担が増えてないなら不問でいいわ」
「そのクラレッグですが」
「うん」
「こちらも私の目をかいくぐって徹夜をしておりまして」
頭を抱えるしかなかった。
どうして私の周りにはワーカホリックが集まってくるのよ(一部除く)。
「とりあえずそちらはもういいわ。他は?」
「砂糖の件ですな」「うん、そっちは?」
「順調です。報告書はこちらに」
「……」
「大丈夫です。こちらはおかしなことにはなっておりません」
「ん、わかった」
そのあとは少し手伝ってもらいながら今回の遠征の報告書を仕上げる。
「ゴブリンがとても臭かった、ですか」
「はい。もう、うじゃうじゃといて、空気が黄緑色で」
「それは……大変でしたね」
セインさんが遠い目をした。
「私も若い頃は先代について魔物討伐に出向いたものです」
「へえ」
「まあ、どんなものだったかは想像できるかと思います」
「……うん、だいたい想像できたわ。そっか、領主自ら騎士を率いて討伐して回るのね」
「ええ。魔物、特にゴブリンは定期的に巡回しないといつの間にか大きな巣を作っていますからね。全く油断なりません」
そういってセインさんは「オマケにあの臭いです」と鼻をつまむ仕草をした。うん、鼻をつまんでどうにかなるような状況では無かったわね。
「私の村もあっという間になくなっちゃったし……って、私の村って、その……領主様が、そういう討伐を怠っていた、とか?」
「それはありません。レオナ様の生まれた村のあたりを治めていたのはアンデリク伯爵家。誠実さと実直で知られた人物です。ただ……」
「ただ?」
「領地が広く、荒れ地が多いので、隅々まで目が行き届くかというと、なかなか難しい土地ですな」
「ふーん……って、私の開拓村はどうなのかしら?あまり広げすぎるとマズいかしら」
「周囲の森をどの程度まで切り拓くかによりますが、今のところは警備隊がしっかり組織されておりますから心配は無いかと。さらに言うなら、この先ダンジョンがハンターに開放されれば、ハンターの行き来も増えます。そうなれば周辺の魔物への対処を依頼として出すようにすれば……そうですな、今の五倍以上に広げても全く問題ないかと思います」
「そっか……って、そうだ、ダンジョン。そちらはどうなったかしら?」




