21-13
ドラゴンたちが一斉に飛びかかろうとした瞬間、ラハムの姿が忽然と消えて人間の少女に変わり、同時に全身が重くなり、ズドンと地面に落下した。
「ふう、ギリギリ間に合いましたね」
土魔法レベル九、重力操作。
小手調べに五倍程度にしてみたところ、意外にも効果てきめん。多分、ドラゴン自体の体重が大きいのが効いたと思う。体重六十キロの人だったら三百キロになるだけだけど、ドラゴンたちは軒並みトン単位の体重のはずだからね。あとは不意打ちになったのも大きいかな。
おかしな姿勢で地面に落ちたので、起き上がる姿勢をとりづらくてもがいている。ま、時間の問題だろうけど。
「ボニーさん?!」
「はい」
「どうしてここに?」
そこにいたのは元ロアの騎士団第三隊隊長、現私の開拓村の警備隊のメンバー、ボニー・マーカムさん。ある意味、私が今一番会いたい、ここに来てほしいと願っていた人だった。
「カイル隊長の指示です」
「隊長の?」
「ええ。レオナ様がいち早く開拓村に戻れるよう、全力を尽くせ、と。それでロアの跡地からここまで馬をとばしてきました」
「そう」
「間に合ったようで良かったです」
「ありがとう。ホントにありがとう」
「礼なら隊長に。いえ、ドラゴンを追い払ってからで」
「ええ!」
「では早速行きましょう!」
「ボニーさん、違いますよ」
「え?」
「行くんではなく、帰るんですよ」
「そうですね!はいっ!帰りましょう!」
クルリと振り返り、シャノンさんに礼を言う。
「色々ありがとうございました」
「いえ、大したおもてなしもできず」
「いえいえそんな。街の方の避難とか、素晴らしい手腕だと思います」
「そう仰っていただけると……」
社交辞令って延々続くから終わらせ時が難しいわね。
「では行きます!コール!」
ずず、と大きな扉が現れ、ゆっくりと開いていく。
「では」
「ムーッ!ムーッ!ムーッ!」
「……聖女サマ、用があるときは連絡してください。ボニーさんのヴィジョンがあればそれ程かからずに来られるようになりましたから」
「ムッ!ムッ!」
全身を鎖でグルグル巻きにされ、猿轡を噛まされ、コーディの糸で木から吊されている状況下でなんだか嬉しそうにぴょんぴょんしている聖女サマ。街の人の目にはどう映るのだろう?ああ、見えないように目隠しが周りにあるのね。用意周到だこと。
これをきっかけにおかしな性癖に目覚めなければいいんだけど……あ、もう手遅れか。そんなことを思いながらボニーさんの扉をくぐる。
ボニーさんの扉を抜けると開拓村そば。ドラゴン大暴れの現場までは数百メートル。
「さすがね……って、ちょっとマズいわね」
「わわっ!本当だ!」
「ちゃちゃっと片付けてきます!」
「はい」
「レオナ様、がんばってください」
「ええ!」
時間感覚操作百倍
一気に駆け抜け、倒れたままのラハムのそばへ。すぐに治癒魔法を施すが、百倍に引き延ばされた時間の中で治るのを待つ必要は無いのでヴィジョンに離れた位置まで運んでもらう。
そして時間感覚を戻すと同時に重力魔法でドラゴンを墜落させた。さあ、ここからはずっと私のターン!
「ぐ……この……小娘が、レオナか」
「ククク……飛んで火に入る夏の虫とはこのことだな」
「まったく……だ」
大して動けもしないのに口だけは達者ねえ。まあいいわと、アランさんの方を向く。
「アランさん、モーリスさんたち、商人の手配はどのように?」
「え?商人?」
「はい。このドラゴン全部、素材として売却しようかと思ってますので」
「えーと、手紙の返事に書いてあったアレのことかな?」
「はい」
「レオナ、アレは本気だったのか?」
「リリィさん、この状況で冗談を言う意味、あります?」
「「……」」
兄妹+メアリーさんが互いに顔を見合わせ、軽く頷き、アランさんが口を開いた。
「さすがに一度に十頭のドラゴンは簡単に買い手はつかない。つまり、その……」
「なら私が保管しますので、なんとか手配を。あ、なんだったらラガレット経由で他国へ売ってもいいかなって」
「わかった。モーリスには悪いがしばらく徹夜だな」
「体、壊さないように注意してくださいね」
「善処する」
さて、あとは……
「ということで話がついたから順番に仕留めていくわね」
「何をふざけたことを……」
「この……我々に」
「勝てるとでも?」
「たかが人間の分際で」
ミシミシと音をさせながらも、五倍の重力に耐えて体勢を整えつつあるドラゴンたち。どうやら私に勝つ気でいるようね。
土魔法レベル九、重力操作
二十倍にしてみたら、ドスンと崩れ落ちた。どこぞの戦闘民族は百倍でも耐えたのに情けないわね。んーと、ギリギリ骨は無事かな。ドラゴンの骨って、結構貴重な素材らしいから極力無傷で済ませたいところね。
「あんたたちはラハムが制止するのを無視してここまでやってきた。そして、私の大切なものを壊そうとした。ここまではいいかしら?」
「何の……問題が?」
「矮小な……人間の……分際……で」
「ではその矮小な人間に斃されなさい」
私に向けて「矮小な人間」と行ったドラゴンのそばへ寄り、プルプル震えている首筋に手を添える。
「うぃんどかったー」
スパン、と首が落ちる。そして首と体を同時にアイテムボックスへ収納。血の一滴も無駄にしませんよ。
「な!」
「何をした!」
「クッ……」
「こ、こいつ……」
「まさか」
「ラハムに何かしたのもコイツか?」
狼狽えているドラゴンたちにニコリと微笑む。こちらの意図は仮面越しでも多分伝わるでしょう。
「さて、次はどなた?」
「や、やめてくれ!」
「帰る!すぐに帰るからっ!」
「助けてくれっ!」
この手の連中は、反省ということをしない。というか、反省したことをすぐに忘れ、同じことを繰り返す。だいたい、ラハムが何度も「ここに来るな、帰れ」と言っていたのに聞く耳持たずだった連中だ。ここで追い返してもどうせ明日になったらやってくるに決まってる。
「ま、次を誰にするかなんていちいち選ぶのも手間だから、順番に行くわね」
「そんな……」
「誰に喧嘩を売ったのか、たっぷり後悔しなさい」
「しまって大丈夫です」
「はい。で、どうでしょうか?」
私の問いにモーリスさんが「うーん」としばらく考えてから答えた。
「これとほぼ同じ大きさで、最高の状態のドラゴンが十頭。正直なところ扱いきれません。値段がつけられないというか、買える人物なんて限られてしまいます」
「王様とか?」
「あとはオルステッド侯爵家をはじめとするある程度裕福な貴族家がどうにか、といったところでしょう。それでも一頭買うのがせいぜいです」
「なるほどね」
「ただ、ジェライザ様から色々と他国の状況を聞いております」
「ロア以外の国?」
「ええ。かなり裕福で、見栄をはるのが好きな貴族についても情報を得ています」
「そこに売りつける?」
「ただ売るだけではダメですね」
「フェルナンドなんて無名の国だから、ってモーリスさんも軽く見られるってこと?」
「ぶっちゃけて言うとそうなります。ですので、オークションにかけようかと」
「オークション?」
「ええ。これから色々確認しますが、国家をまたいだ規模で開催されるオークションがあるそうなので、そこに持ち込めば相当値が上がると思いますよ」
とりあえず、オークションがいつどこで開催されるのか、出品する手続きに関する諸々とかはモーリスさんにお任せ。運ぶのはもちろん私だけど、それ以外にも下準備のために出かけるというなら移動時間短縮のためにボニーも連れて行った方がいいだろうね。




