21-12
さて、これからどうするか。
一刻も早く開拓村に帰りたい。ラハムといえど十頭のドラゴン相手では、多分無事では済まない。ラハムがどうなろうと知ったことでは無い。ドラゴン同士のもめ事はドラゴン同士で解決してほしいし。だけど、ラハムが倒れたあと、ドラゴンたちはおとなしく帰るだろうか?おそらく否。これ幸いと大暴れしそうだ。そしてドラゴンが大暴れしたらどうなるか。オルステッド侯爵家の方々がいてもドラゴン十頭相手はかなり厳しいと思う。もしかしたらワンチャンあるかもしれないけど、期待してはダメだろう。
ということで、全速力で飛ばしたいところなんだけど、さすがに私の最高速はどんな保護をしてもコーディがバラバラ(物理)になってしまうと思う。治しながらというのもあるけど、多分精神が持たないね。
仕方ない、聖女サマに頼んでここに置いていってあとで迎えに来よう。私の頼みなら多分二つ返事……いや、一つ返事で聞きそうねと、ちょっと怖い想像をしながらも聖女サマを探す。
「ええと……いた、あっちだ」
上空から見ると、やや楕円形をしていた街は中央にある教会からダンジョンの入り口あたりを半径とした円を描くように崩れ落ちていて、その周囲もなかなかにひどい状況。
しかし、私のマップでは崩れているあたりに何かがいる、という反応は無い。つまり一人残らず避難できていたと言うこと。私と対面していたときの言動は色々アレでしたが、やるときはやる、優秀な人なんだろうなと、ちょっとだけ聖女サマの評価を上げておく。もっとも、サマが様に変わる日はなかなか来ないと思う。だって、多分このあと会ったらまた評価が下がるはずだし(確信)。
安全マージンを多めに取ったのか、かなり遠くまで避難していて、私の視力でないと点にしか見えない距離をゆるゆる進んでいくうちに、コーディも目を覚ました。
「申し訳ありません……何度も気絶して」
「気にしなくていいって」
常人に耐えられる衝撃ではないし、悲鳴を上げ続けられるより、気絶していた方が静かでいい。物騒な発想ですけどね。それに、コーディは要所要所で役に立ってるんだからとフォローしておくのも忘れない。
さて、私たちが近づいていくと、あちらも気づいたらしく手を振っているのが見えた。
「手を振ってるって……どこです?」
「あの辺」
「人がいるってのはわかりますけど、すごい視力ですねえ」
「まあね」
「いえ、レオナ様の視力についてはあえて何も言いません。むしろあちら側がすごいなと」
「え?」
「だって、この距離で私たちが見えてるってことでしょう?」
よく見ると手を振っているのは聖女サマ一人だけ。あとはこちらがまだ見えていないようで「え?え?」って感じ。うん、どうして見えているのか、気にしないことにして近づいていくと「おーい」とか「こっち、こっち」とか呼んでいる声も聞こえてきた。
そして、集団の中から聖女サマとシャノンさんの二名だけがこちらに駆けて……聖女サマの全力疾走、速っ!
私の着地のタイミングと同時に抱きつこうとしているのが見え見えなので、回避しよう。
時間感覚操作百倍
ギリギリ私の着地の方が少しだけ早く、飛びついてきた聖女サマをするりと回避。後ろに回り込んで、シャノンさんを出迎えるような姿勢になって、解除。
「レオナちゃん!」
後ろからガッと抱きすくめられ、私の体が持ち上げられた。なぜだ?私が後ろに回り込んだとわかった?しかも瞬時に。
「すーはーすーはー」
「やめい!」
ガッ!
「はうぅ……」
思わず振り抜いた右拳は聖女サマの顎を正確に捉え、聖女サマは私を抱きしめたまま後ろに倒れていく。
「幸せ……」
「離してってば!」
どうにか脱出しようともがくが、倒れたことで両足も自由に動かせるようになった聖女サマが両手足で私を拘束する。
「ああ……このダンジョンで頑張ってきた感じのか・ほ・り♪」
「!!」
どう考えても若干残ってしまったゴブリンの臭いと、汗とか埃の臭いしかしないと思う!
おまわりさん、ここです!
ダメだ、この人、おまわりさんより偉い立場の人だ。この人をどうにかできる人なんてと思っていたら、全力で駆けてくる足音が。
「ああ……たまりませんわぁ」
ゴスッ
「うえっ……」
駆けてきたシャノンさんの振り下ろした結構な大きさのハンマーが聖女サマの側頭部をとらえて振り抜き、聖女サマの頭が向いてはいけない方向へ曲がった。
「落ち着けこの変態。レオナ様、大丈夫ですか?」
「シャノンさん……心の声が漏れてますよ?」
「大丈夫です。しばらく気を失っているでしょうから」
「うう……」
「チッ、もう復活しましたか」
そう言いながらジャラジャラと鎖を取り出して聖女様をグルグル巻きにしていく。恍惚とした表情で。
「気休めですが、やらないよりはマシでしょうね」
「シャノンさん……」
「ご安心を。コレは躾では無く、趣味ですので」
シャノンさんのキャラが崩壊している件。
「さて、このくらいでいいでしょうか。こちらへ」
「えっと、その、ですね。急いでフェルナンドに戻らないといけなくて」
「ええ」
「コーディをしばらく預かっていただけませんか、と」
「事情は存じております」
「え?」
「こちらへ。恐らくレオナ様が最も必要としている方がお待ちですよ」
私が最も必要としている方?
誰?
「ラハム!」
他のドラゴンよりも二回りは大きな巨体がずしんと倒れたのにはさすがに全員が動揺した。
「マズいな……」
「ああ」
恐らく、あのドラゴンたちはこのまますぐにラハムにとどめを刺すだろう。そしてその後は?そのまま引き上げることは無い。そもそもあの十頭がここに来たのが事の発端。彼らは自分たちの目的を遂行しようとするはずだ。
遠くに騎士たちが馬を飛ばして駆けつけてくるのが見てアランがリリィを見る。
「大型ドラゴン十頭か」
「アラン兄、どうだ?」
「我が家に残る記録では同時に三頭までだ」
「なら、記録を大きく更新するいいチャンスだな」
「騎士団の到着までもう少しかかるな」
「カイル隊長」
「何だろうか?」
「あなたは下がってください」
「そうは行かん。私は開拓村の警備を任されている」
「ならばなおのこと。あなたが守るべきは開拓村の住民たちだ」
「む……」
「そして、私たちはこのフェルナンド王国を守るのが仕事。それぞれの領分で仕事をしてくれ」
「……わかった」
渋々ながら下がり、部下たちに指示を出しながら村の方へ向かったかいるを見送りながら、アランはリリィに問う。
「レオナ様は?」
「先ほど戻ってきた手紙にはダンジョン攻略完了、これから戻るとあった」
「そうか」
「どれほどの速さが出せるか、本人もわからんらしいが、あと二時間かそこらはかかるだろう」
「二時間ね……」
ラハムが耐えた時間に比べれば短いが、一応は一般人だと思っている自分たちが持たせるには永遠に等しい時間だろう。
ドラゴンたちが倒れて動かなくなったラハムの周囲に集まってきた。いよいよとどめを刺すのだろう。
「ラハムの名を騙る者よ」
「覚悟はいいか?」
「……」
「フ……図体がでかいだけあって、まだかろうじて意識があるか」
「だが、それもここまでだな」
先ほどまで、爪も牙も通さなかった鱗の輝きも消え、打撃や締め上げを回復させ続けてきた回復力も底をつきたようで、かすかに開いた瞳にも先ほどまでドラゴンたちを睨みつけていた意思の力がほとんど見えない。
「皆、用意はいいな?」
「ああ。全力でやってやる」
「そのあとは人間狩りだな」
「ククク……何百年ぶりだろうな」
それぞれが大きく息を吸い込んでいく。周囲を囲んだドラゴン十頭による息吹。体力を使い果たしたラハムが耐えきることは不可能だ。
「行くぞ」
「「「死ね」」」




