21-11
「ということで、コーディがどうしても調べたいなら調べてもいいわよ。ここに置いていくから」
「さあ、レオナ様!あと半分ですよ!」
そんなやりとりをしている先で、かなり大柄のゴブリンが炎の壁に突っ込んで、燃え尽きた。サイズ的にはゴブリンリーダーかしら?私の村を滅ぼしたのがジェネラルとかで……あ、いたわ。おお、突っ込んできて勢いで炎を突き抜けようという作戦ね?悪くないんだけど、私の炎の壁、中央付近二、三メートルの温度が軽く百度を超えるのよ。少しでも足を止めたりしたら……ほら、言わんこっちゃ無い。
「状況は?」
「住民の避難は完了しました」
「残っているのは?」
「役人と神官職、あとは見落としが無いか衛兵が手分けして見回っております」
「了解。そろそろ私たちも出ましょうか」
シャノンをはじめとする数名が荷物をまとめ始める中、聖女はダンジョンの入り口方向を見る。
「聖女様、こちらも準備が整いました」
「わかりました。行きましょう」
「私は少し先に行きますぞ」
「はい。お気をつけて」
もとより聖女の避難は最後、教皇はそれより少し早くと決めていた。
聖女は避難しながら周囲を杖で確認しながら。
教皇は避難した人々を落ち着かせるための説法。
それぞれの役割をこなすため、歩き出した。
いや、歩き出そうとしたところに、一人の神官が駆け込んできた。
「聖女様、お客様がお見えです」
「は?こんなタイミングで?」
「急ぎのようだと、こちらを」
聖女は渡された書簡を開き、目を丸くした。
「わかりました。応接に?」
「はい」
「状況が状況です。歩きながら話をすると伝えてください」
「わかりました。すぐに」
走り去る神官を見送るとシャノンが聞いた。
「一体誰が?」
「どうやらレオナ様の領地で問題が起こっているようです」
「領地で問題?嵐でも来たのでしょうか?」
だが、かなり優秀な者が代官を務めているという話だったし、そうそう問題が起こることはないはずだとシャノンは首をかしげる。
「ドラゴンが十頭押し寄せてきたとか」
「へ?ドラゴン?」
「そう、ドラゴン」
「それが十頭?」
「しかも大型らしい」
「……一大事じゃ無いですか!」
シャノンがアワアワとしだし、すぐにピタリと止まった。
「それ、レオナ様ならなんとか出来るんですか?」
「問題ないはずですよ。ただ、一つ問題としては」
「現在ダンジョンの中にいる……って、状況が伝わっていないのでは?」
「それは大丈夫でしょう」
聖女の杖の能力でダンジョン内部と何度も行き来している手紙を確認している。さすがに内容まではわからなかったが、ドラゴン襲来を伝えていたものだとしたらあの少女は最速で、それこそあと数分でダンジョンの最奥に到達するはずだ。
「でも、ダンジョンを出たあとは?」
「恐らくその方は、その件で来られたのでしょうね」
「いいいい」
「い?」
「急ぎましょう!」
「うわっ、ちょっ、そんなに押さないでっ」
とにかく急ぎましょうとシャノンが背中をぐいぐい押しながら歩いて行ったのだった。
「ハーッハッハッハ!無様だな、ラハムの名を騙る偽者め!」
「グッ」
「食らえ!」
「どこを見ている?こっちだぞ?」
「戦いの最中によそ見とは」
「そんな余裕、あるのか?」
ドラゴンの戦闘が一対一だったのはつい先ほどまで。十頭のドラゴンが一通りラハムとの一対一を終えると、一斉に襲いかかり、ラハム対十頭という戦闘に変わった。
「アラン兄、これはマズいのでは無いか?」
「ああ、マズいな」
ラハムがいくら大型ドラゴンよりも強いと言っても、ロクに連携のとれていない二、三頭を同時に相手取るのがせいぜいだろう。それが、かなり息の合った連携をとる十頭相手というのはかなり分が悪い。前後左右から同時に攻撃を仕掛けたり、わずかにタイミングをずらし対応しづらい死角から攻撃したりと一方的な戦いになりつつある。
幸いなことにドラゴンたちの爪や牙ではラハムを傷つけることすら出来ないようだが、それに気づくとすぐに体当たりや尻尾や噛み付きによる締め上げといった攻撃手段に変更。内臓にまで響くような衝撃をくらい続けてはラハムも無事とはいかず、少しふらつき始めている。
「このままではラハムが負けてしまう」
「しかし、ここに加勢できるか?」
レオナがいたら間違いなく「怪獣大戦争ね」と感想を述べるようなところに飛び込んで無事でいられる自信のある者はここにはいない。勇猛果敢で知られるオルステッド家の者は蛮勇という単語だって知っている。
「食らえ!」
「おっと」
「そうはいくか」
「ゴッ」
少しでも数を減らそうと、ラハムが息吹を仕掛けようとしても、左右からいきなり体当たりを食らわしてくる。いくら頑強なラハムといえど、ドラゴンの体重が頭にぶちかまされたら狙いがそれる。幸い開拓村や避難している者たちのいない方向に発射されているため被害は無いが、そうそういつまでも当たらないようにすることは出来そうにない。
「くっ……この程度っ!」
「やせ我慢がいつまで続くかなっ?!」
「グアッ」
ぐらりとラハムの体が大きく傾いた。
「ダンジョンコアまでなんとか到着ね」
「暑いです……ゴクゴク」
「贅沢言わないの」
進めば進むほどガスの濃度が増したため、空気をきれいにするための火力をアップした結果、高さ三メートルはある氷柱が五分と立たずに溶けきるほどの暑さになってしまって、私もコーディも汗だくになってて、水筒が手放せなくなっている。
「さて、最後の総仕上げね」
「やっちゃってください!」
「ええ!」
火魔法レベル十 滅却の業火
不思議な色合いのコアの向こう側に向けて魔法を放つと、ピシ、とヒビが入った。
「や、やめろ!」
「クソッ!どけっ!邪魔だっ!」
どうやらこちらに先行していた者がゴブリンの群れの向こう側にいたらしい。異変を感じて慌てて出てきた、いや、出てこようとしたけどゴブリンが多すぎて前になかなか進めず、といったところかしら。間抜けというか何というか。まあ、あんなゴブリンの群れの中で後続を待ち続けていたというのは尊敬に値するわね。
「クソッ!このっ……ってうぉわああ!」
「ぎゃあっ!」
ゴブリンをかき分けて進んだ結果、今度はゴブリンに押し出される形になってしまい、炎の壁に突っ込んで数秒で燃え尽きた。
うん、よく頑張った。名前も知らないけど、明日の朝くらいまでは顔を覚えておいてあげる……ちょっと無理かな。
「レオナ様」
「うん、崩れ始めたね」
パラパラと小石が降り始め、やがて握りこぶし大、私の頭より大きく、と降ってくる岩石が大きくなっていくと、炎と一定の距離を保ってなんとか維持されていたゴブリンたちの平穏が一斉に崩れた。
ある程度強靱な個体がいると言えど、直径数メートルという岩石が降ってきたらひとたまりも無いからなんとか逃げようとする。
逃げようとゴブリンたちが押し出された先には私の作った炎の壁。死んでたまるかと必死の抵抗。
さっさと散らばれと暴れ出す大きめの個体。吹っ飛ばされる小さい個体。
阿鼻叫喚の地獄絵図ね。
「さて、心の準備はいい?」
「はい、大丈夫です」
「一気に行くわよ!」
「へ?一気って、ちょ!うひょあああああ!」
崩れ落ちてくる岩石の中を突き破るように私たちは上昇していく。コーディ?心構えが不十分で、加速と同時に気絶したわ。心の準備は大丈夫か聞いたのに、聞くだけ無駄だったのかしら?
「もうすこし……よし!出た!」
「……」
今回はちょっと急いだ……つまり強引に行ったこともあって、わずか一分強で地上に出られた。




