21-10
「ああ、くそ。耳がガンガンしてちゃんとしゃべってるか自信が無いがラハム。とりあえず読み上げるぞ」
「……な、なんだろうか」
「かすり傷でも尻尾を斬り落としてステーキにするからそのつもりで、だそうだ」
どうやらラハムの尻尾はなくなる運命らしい。
「五十二層到着!やった!ダンジョンコア発「うごぉうぇぇぇぇ……」
ようやく最下層に到着。ダンジョンコアの位置を確認。同時にえれえれ……と。
まあ、私もすぐに息を止めて回れ右をして上に戻る。
「うげぇぇぇ」
吐かなかったよ。なんとか耐えたよ。ちょっと戻しかけたけどなんとか耐えた。
さて、そんな私の頑張りはさておいて、何があったのかというと……いや、あったというよりいただね。
ゴブリンの群れ……うーん、群れという規模を越えてるような。少なくとも私がパッと数を確認できないというか、マップ上に隙間無くぎっしりとゴブリンが詰まっていたというか、そんな感じ。
で、ゴブリンが集まっているだけならともかく、どうやら数日ここで過ごしていたらしく、それはもうひどいことになっていた。ゴブリン自身もひどいだろうが、そこに輪をかけて色々出した物とか、食べ残して腐らせたらしい物とか。
悪臭を放つという次元を通り越して、悪臭があるという感じ。
すぐに目をそらして回れ右をしたからはっきりと見ていなくて、正直自信がないんだけど……空気がやや緑が強い黄緑色だった。
毒ガスだよ、アレは。
良く彼らはあんなところにいて平気だなとか、悪臭もここまで来ると目に来るねとか、現実逃避を通り越して冷静に受け止めちゃったりする次元でひどい環境だった。
実際コーディも「目が、目が……」ってしきりにこすってる。こすると余計にしみるからやめさせようとしたんだけど聞かない。
「ほらコーディ、水を出すから。あと石鹸もここに。顔洗った方が早いよ?」
「はい……ああ……染み渡る」
顔を洗ってうっとりする人って初めて見たわと感心。
んで、落ち着いたところで服をクンクン。はいはい、服にも臭いが染み付いちゃったからね。水浴びして体を洗って、着替えましょう。
「さて、どうしましょうか。何かいい方法思いついたりしてる?」
「何かって……何も思いつかなくても行っても行くしかないんでしょう?」
「まあね」
コーディがガクリと肩を落とす。
あのひどい空気の中へ行くのかと。
「とりあえず全て焼き尽くしながら行くから大丈夫だと思うんだけど」
「骨すら残さず焼き尽くしてくださいね」
おおう、なかなかエグいリクエストだわ。
「そんな残酷なことをいう子に育てた覚えはありません」
「育てられた覚えがないんですが」
「言葉のアヤよ」
「そうですか」
そもそもあなたの方が年上だし。
緊張をほぐすための軽いジョークよと心の中で呟きながら、どうやって動くか組み立てていく。生まれ育った村にいた頃はゴブリンの一匹ですら命を脅かす脅威だった。しかし今は、ゴブリンなんてどれだけ群れたとしても脅威を感じないと思っていた。
それがまさかの毒ガス攻撃、しかも耐性貫通タイプとは恐れ入りましたと、反省。これからはダンジョンの層を移動するときは慎重になった方がいいだろう。
とはいえ、普通のハンターはもっと慎重に進むのが当たり前だとしても、私の場合、時間的な制約なども大きいから、そうそうゆっくり慎重に、とはいかないのは仕方ない。それに、私の本業はダンジョン探索ではないからね。
「よし、これで行こう」
「ん?どうするのです?」
「リクエスト通り焼き尽くすわ」
「は、はい」
ということで五十二層へ下りる階段を、って
「うわああっ!」
「ギャギャギャ!」
私たちの撤退の様子を見ていたらしいゴブリンが追ってきていたのに鉢合わせ、思わず火球を叩き込んでしまった。あまり狙いをつけずに。
「うひぃぃっ!」
「ギャァァァ!」
狙いも威力も中途半端に放たれた火球は、それでも使い手が私というだけあって、威力は相当なもの。数匹のゴブリンを吹き飛ばすには充分というか過剰なほどに。
そう、吹き飛ばすだけならね。
中途半端に当たったものだから、バラバラになって吹き飛んで、運悪くコーディの頭の上から降り注いだ。
「うう……ひどいです」
「わざとじゃないのよ」
あんなのが狙ってできるとしたら、それはそれで才能だと、コーディの着替えを出しながら謝罪する。
「それはわかりますけど……レオナ様、約束してください」
「何かしら?」
「ゴブリン、一匹残らず片付けると」
「え、ええ」
「ゴブリン死すべし、慈悲はない、と」
目が据わってるわ。なんか変なスイッチ押しちゃったかしら?
「では改めて」
「はい」
落ち着いて五十二層へ下りる階段の前に立ち、両手のひらを階段へ向ける。
「火球たくさん!」
ドドドドドッと数えるのも面倒なほどの火球が撃ち込まれ、すぐに爆音が鳴り響く。
「よし、行くわ!」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「いいの?」
「え?」
「一緒に来なくていいの?って」
「いや……あれは……」
「そう。じゃあ、一人で残って「さあ、急ぎましょう!」
わかりやすいわぁ……
「焼き尽くせ!」
かけ声と共に幅十メートル、厚さ五メートル、高さは天井まで届く炎の壁が現れ、ゆっくりと進んでいく。五十二層はダンジョンコアをいじったのか、それとも誰かが何かをやったのか、ただの広い空間になっていて、私たちが降りてきたところからコアまではまっすぐ進めば良い。なので、通り道の両側に炎の壁を造り、コアの方向に向けて、炎の壁を作ってずるずると前へ進めていく。するとどうでしょう、ゴブリンは灰も残さず焼き尽くされ、色が変わるほどだった空気も澄んだきれいな空気になったではありませんか。
「地面と空気がちょっと暑いのが難点ね」
「ちょっとどころじゃ無いんですが……」
「コーディ、私の造った風の結界~中に氷柱を添えて~の中にいてなかなか贅沢なことを言うわね。なら私と一緒に地面を歩く?」
「いえ!何でもありません!」
「そう?遠慮しなくていいのよ?」
「あはは……」
なお、私自身も風で作った結界の中にいる。理由はとても簡単。うるさいのよ。ギャアギャアと。押し寄せようとするのと、炎の中で上げる悲鳴の二種類が。
「ん?大物登場ね」
「大物?」
「うん。ゴブリンってこうやって数が増えるとね、突然変異して上位種になるのが現れるのよ」
「突然変異?上位種?」
「ゴブリンリーダーとか、ゴブリンキングとか」
「ああ……って、あれって生まれながらのリーダーとかでは無いんですか?」
「ゴブリンが急成長してなるらしいわよ?」
オルステッド家の書庫にあった本には確かそう書いてあった。本のタイトルが「ゴブリンを効率よく殲滅する十の方法」というなかなか物騒なタイトルだし、内容も眉唾物だと思う。
そもそもゴブリンなんて、人里近くにいたらすぐに討伐するべき相手。成長の様子を観察した人なんて多分いないはず。だいたい観察できるほどの距離にいたら気づかれて襲われるはずだからね。とはいえ、一応あの本に書かれていた内容はこの世界では定説らしいので、頭から否定はしない。だって、否定したら「じゃあお前が観察して何が正しいか確認しろ」なんてなるからね。
世間の皆さんにとっても私にとっても、ゴブリンは見たら討伐すべき魔物。その生態とかを知るより、どれだけ早く殲滅できるか考えた方がよいのよ。




