21-9
「大丈夫でしょうか」
「うーん……難しいわね」
どういうわけか私の治癒魔法でラハムは強くなった。が、それでも十頭のドラゴン相手は厳しいだろう。リリィさんの手紙によると今のところは一対一、それも肉弾戦らしいけれど、息吹など使い出したらラハムもただでは済まないだろうし、開拓村にも被害が及ぶ。村人たちの避難は進んでいるようだけど、歩くのもやっとという老人や病気、怪我の者たちは恐らく残されている。移動させられない、移動が難しい、という者はやむを得ないというのは……まあ、納得するしかない。でも……諦めるつもりもない。
パチン、と両手で頬を叩き、気合いを入れる。
「コーディ」
「はい」
「ここから覚悟してね」
「え?覚悟?」
「うん。覚悟」
大丈夫。すべて私に任せてくれればいいのよ。
「……」
先ほどまでの倍どころか五倍くらいの速さでダンジョンを駆けていく。コーディを抱えるヴィジョンの周囲を風の魔法で囲み、風圧は感じないように配慮しているし、ヴィジョンはしっかりコーディを抱えているから不安定さはない。そして私が先行して魔物を吹き飛ばしているから、魔物に襲われるかもという不安もない。そしてこの先はほぼ休憩なしと宣言したから、食事の用意なども不要。自分の分の携帯食を落とさないように袋をしっかり握っているだけでいいし、落としたとしても予備はあるし、そんな程度で叱りつけるような狭量な私では無い。
まあ、走り出して三十秒で気絶したわけで。
静かでいいけどね。
「とりあえず避難できる者はどうにか避難させた。ただ……」
「いや、それ以上はいい。全員を無事になんて、この状況で望むのは無謀だからな」
カイルの報告にアランが答える。彼らの前では既に超大型ドラゴンvs五頭目のドラゴンの戦いが繰り広げられていて、そろそろ決着がつきそうなところだった。
「圧倒的な強さ、だな」
「ああ」
実に不思議な運命の巡り合わせで、ドラゴン討伐経験者が多く集まっているが、そんな彼らが手を出せない、手を出したらマズいと感じる状況。
今のところ、あの超大型ドラゴンは人間を護るために戦っているようだが、その真意は不明。もしかしたら、十頭蹴散らしたら開拓村の人間(食料)独り占め、なんて考えているのかも知れない。
「ん?レオナから返事が来たな」
「おお!」
最初に送ったのが「開拓村にドラゴン出現」というひと言。次にこの状況を仔細に伝えたもので、その後は「いつ頃帰ってこれそうだ?」を何度も送っている。
ようやく返ってきた返事に全員が注目する中、リリィが内容を読み上げる。
「その超大型ドラゴンは多分ラハムというドラゴン。私が「人間襲ったら、全身くまなく素材にして売却するから」と脅してあるから味方のはず……って、なんだこれは」
「そう言えば、ラハムというドラゴンがどうこうと話してたな」
「それがこのドラゴンか」
「続きを読むぞ……ええと、ラハムは人間の言葉がわかるので「極力無傷で無力化してもらえると嬉しい」と伝えてもらえる?全部素材として有効活用できると思う……ええと……レオナは何を考えてるんだ?」
大型ドラゴン十頭をまるまる素材として回収など、リリィたちはもちろん、カイルたちも聞いたことがない。
「いったいどれだけの金が動くか……という以前に、アレを全部どうにかできるというのか?」
「多分……いや、間違いなくできるつもりでいるんだろうな」
「レオナ様ですからな」
「ですねえ」
とりあえず手紙の内容を伝えようとリリィが少し前に出る。
「ラハムというのはあなたのことか?」
「む?何か用か?見ての通り取り込み中なのだが」
「ふむ……どうやらあなたがラハムだな。レオナから伝言だ」
「なっ!レ、レオナ……様から伝言っ!」
なぜかちょっと姿勢を正すラハムにリリィは若干ビビった。まあ、地響きと風圧がすごいので誰だってそうなるだろう。少し離れていたアランたちも緊張で体が強張っているし。
「ええと……十頭のドラゴン、極力無傷で無力化してほしい。全部素材として活用するから、と」
「極力無傷か……まあ、なんとかやってみよう」
「それと」
「う、うむ」
「開拓村や住んでる人たちに少しでも被害があったら、ラハムが村の皆の食卓に上るからそのつもりで、と」
「な……ぐ……ぐぬぬ」
「ええと……塩を振って串焼きと、シチューとして煮込むのとどちらがいいか、希望を聞いておいてほしいとも書いてある」
「どっちもお断りだ!」
「そうだろうな……まあ、そういうわけで、なんとか頑張ってほしい」
「……肝心のレオナ様は?」
「現在ダンジョン探索中。こちらの事情は伝えてあるから全力で踏破して帰ってくると思う」
「……善処する」
そう言ってラハムは話が終わるのを律儀に待っていたドラゴンの方を向く。
「待たせたな」
「人間ごときに顎で使われているのか?気高きドラゴンの風上にも置けぬな。しかもラハムの名まで騙るとは」
「いや、本当に我はラハムなんだが」
「問答無用!人間もろとも吹き飛ばしてやる」
そう言って大きく息を吸い込み始める。
「息吹か!」
ラハムも対抗して息吹をと息を吸いかけて思いとどまった。
全く制御の聞かない威力になっている息吹を使ったら、無傷では済まない。それで無くてもこれまでに叩きのめした連中が無傷でない――幸い、ドラゴン自身の自己治癒力で回復しているが――のに、あの威力の息吹をぶつけたら跡形も無くなる。
「数が足りないわ」
「それについてはその……申し訳なく」
「……時間も無いし、串焼きにするわ」
そんなやりとりが目に浮かぶ。マズいマズいマズい!
一方でその様子を見ていた人間たちもちょっと焦っている。
「あの位置から息吹を撃たれたら、村はひとたまりも無いぞ!」
そうか、ひとたまりも無いか……と、ラハムはどうしたものかと必死に考えた。アレをどうにかしないとレオナが戻ってきた後は皿の上に並べられてしまうのだから必死である。もっとも、そのときはここにいる十頭のドラゴンも同じ運命……ちっとも良くないな。
「人間ども、少し下がって耳を塞げ」
「え?」
「早くしろ!」
息吹まであとわずか。慌ててラハムも息を吸い込む。ただし、息吹のためでは無い。
「ガアアアア「オオオオオオーーーーッ!」
どうやらあのドラゴンの息吹は何らかのガス――毒ガスか、腐食性のガスだろう――だったらしく、口から紫の何かが噴き出しかけた瞬間、ラハムは目一杯でかい声で吠えた。
「「「「――!」」」」
できるだけ人間に及ばないように配慮はしたつもりだがそれでもこの至近距離、残らず吹っ飛んでいったが、全員それなりに戦える連中のはず。少々の傷くらいは……尻尾くらいは斬り落とされそうだが、そのくらいは我慢しよう。
「く……か……」
「ふう。なんとかなったか」
如何にドラゴンといえど、いきなりでかい音をぶつけられれば目を回す。それがラハム渾身の咆吼ならなおのことで、息吹を吹き出しかけていたドラゴンは一瞬ふらついた後に落下した。あのくらいの高さ、ドラゴンならかすり傷程度。まだ許される範囲だろう。
「……まだ何か耳がおかしい」
「リリィ、今なんて言った?全然聞こえない」
周りが全員口をパクパクさせているだけの中、どうにかリリィは立ち上がり、ラハムを見上げる。と、そこへまた新たにレオナからの返事が届いた。




