21-8
レオナのことでおかしな方向へ進まないのであれば、基本的には優秀な二人。あっという間に様々な、詳細な指示を出していく。
さすがです、とシャノンは心の中で称賛しながら、各方面への指示伝達を進めていく。
いずれの指示も「聖女様からの指示」としておけば、概ね問題なく進められるはずだ。
「こんなところか?」
「そうですね」
「では、レオナ様が好きなオムレツはフワフワか、トロトロかについて」
「ええ。まずは……」
この二人、一刻も早く議論を再開させるためだけに全力を注いでいただけだったとシャノンは改めて二人に対する評価を下方修正した。
もっとも、議論の内容を聞きながら適宜助言という名の燃料を投下していくのだから、実に悪質とも言える。
「何だあれは……」
開拓村まであと少しというところでリリィが口にした感想がそれであった。
なるほど確かに連絡にあったとおり、十頭ほどのドラゴンがいる。しかもどれも大型で、戦い甲斐がありそうな連中だ。一度に相手にするのはキツいのは間違いないのでそこはなんとかしたいところであるが。
そこまでは良い。まあ、ドラゴン十頭の時点でだいぶマズいのだが、まあ良い。
問題はそんなドラゴンの群れが取り囲んでいる相手だ。
そう、ドラゴンは開拓村を囲んでいるのではなく、さらに彼らより一回りどころか倍ほどは大きな金色のドラゴンを囲んでいるのだ。少なくともリリィはもちろん、オルステッド侯爵家に残る記録に金色のドラゴンというのはない。つまり、見たことも聞いたこともない種類のドラゴンだ。
そして、どう見ても険悪な雰囲気……どころではなく、ちょうど囲んでいる一頭が大きなドラゴンに突進していったところだった。
「ガアッ!」
「ゴアッ!」
金色のドラゴンに比べると小柄に見えるドラゴンが首にかみつこうとしたのをヒラリとかわし、代わりに尻尾――それだけで他のドラゴンの体長くらいはある――をたたきつけると、一帯が揺れるほどの地響きと共に地面にめり込む。クレーターの直径が軽く二十メートル、深さも五メートルはありそうだ。
「これは一体……」
「むむ、こんなことになっているとは」
同行してきたセインもこんなのは見たことがないと、首をかしげている。
「ああ、あそこにアラン兄がいる。とにかく話を聞こう」
「そうですな」
オルステッド侯爵家の執事を長年勤めた者は胆力もなかなかで、すぐそばでドラゴンが大暴れしているのにひるむことなくリリィの馬を追う。まあ、一切おびえる様子を見せない馬もなかなかのものである。
「アラン兄!」
「リリィか……」
リリィが来たところで事態は改善される様子がないので、アランの表情は実に微妙である。
「一体何がどうしてこうなったんだ?!」
「それはこっちが聞きたいが……」
ドラゴンの事情なぞ知らんと前置きしながら、アランはとりあえずの経緯を説明した。
開拓村は周囲を定期的に騎士たちが巡回しているため魔物が襲ってくることはまずないし、盗賊も然り。とはいえ、何があるかわからないので常時見張りを立てている。普通の開拓村は多くても百人いくかどうで、周囲の警戒になかなか手が回らないことを考えると、人材の豊富な開拓村というのは実に非常識である。そして、その見張りたちがドラゴンの接近に気づき、すぐに確認したところ十頭の大型ドラゴンの接近と判明。
すぐにアランは二つの指示を飛ばした。一つはドラゴンの迎撃、もうひとつは村人の避難だ。幸いなことに開拓村の大半はロアからの移民。カイルをはじめとした元ロアの執行部の指示が通りやすく、すぐに避難を始めようとしたところで一つの問題が持ち上がった。
どこへ逃げればいいのか?
当たり前である。
が、アランは実に単純な指示を出した。
「とにかく逃げろ。生きるんだ」
正確なところはわからないが、数日でレオナが帰ってくるはず。そして村人たちさえ生きていれば、レオナは何があろうとも開拓村を立て直す。そう、生きてさえいれば。そう伝え、避難が始まった。
なお、この避難誘導で一番活躍したのは元国王夫妻。なんだかんだで人望のある二人が揃って、
「生きてさえいればなんとでもなる」
と言えば、素直に従い、騎士たちに守られながら移動を開始した。
そして避難開始から一時間ほどでドラゴンたちが村の南側に降り立ち、アランは騎士たちを率いて迎撃に向かった。
なお、妻のメアリーも完全武装して随行しているが、騎士たちは何も言わない。人は見かけによらないという典型である。
「ちょっと待て、ドラゴンたちはいきなり襲ってこなかったのか?」
「そうだ。まるで俺たちがやってくるのを待っているかのようだった」
「よくわからんな」
そして人間とドラゴンの距離が少しずつ近づいたところへ、あの超大型のドラゴンがやってきた。まるで人間とドラゴンの戦いを阻止するかのように。
「まあ、着地がひどくてな。騎士が数名吹っ飛んだ」
「それがあっちのクレーターか」
「ああ」
そしてそこからなぜかドラゴンたちが戦い始めたという。
「まさかあの金色のドラゴンがこの村を守っているのか?」
「そうかも知れんが……獲物を横取りするなという牽制かも知れん」
「それは御免被りたい」
ドラゴン狩りで名を知られるオルステッド侯爵家の兄妹といえど、このサイズのドラゴンは正直キツい。大型ドラゴン十頭もキツいので出来れば共倒れになってほしいのだが。
「む、決着がつきそうだな」
「ああ。だが、そうそううまく行かん」
人間たちが見ている前でドラゴンの争いに決着がつきそうだった。もちろん超大型ドラゴンの勝利で。だが、ふらついたドラゴンはするりと後ろに下がり、他のドラゴンが入れ替わりで戦い始める。そして、下がったドラゴンが大きく息を吸うと、爪や牙で傷ついたあたりがぼんやりと光り出す。
「まさか、回復しているのか?!」
「そうだ」
「クッ……なんとか止めねばキリがないぞ」
「そうだが、周りを他のドラゴンが囲んでいる。簡単にはいかん」
二人の力をもってしても同時に何頭もの大型ドラゴンはキツい。両親やレイモンドがいたとしても数はあちらが上。そうそう簡単にはいかないし、王都の守りを手薄にするわけにはいかない。
「コール!レオナ……頼む、急いで帰ってきてくれ」
先ほど手紙を飛ばしたばかりだが、状況が把握できた段階で続報を送る。この事態、解決できるとしたらレオナだけだろう。
「レオナ様、起きてください」
「んあ……どうかした?」
ダンジョン探索中は時間に関係なく少しでも疲れを感じたら休憩するようにしていたところ、コーディに起こされた。何だろう?周囲に展開している障壁はなんともない。外側には相変わらず魔物が集まってきていてちょっとした地獄絵図だけど、さすがにコーディも慣れてきてるし。
「手紙が飛んできてます。リリィ様からでは?」
「あら、何かしら?」
私の周りをぐるぐる飛んでいた手紙を手に取り開き……絶句しながら、コーディに中身を見せる。
「は?開拓村にドラゴン?」
「何なのよもう……」
どうするか。現在いるのは三十二層。多分四十か五十が最下層というのは当たりだろう。つまり、引き返すより進んだ方が早いか。
「仕方ない、ちょっと頑張って行きますか」
「はい。あ、食事の支度、出来てます」
「ん、ありがとう……ん?また手紙?」
追加で飛んできた手紙を見て、頭を抱えた。
「超大型の金色のドラゴンと十頭のドラゴンが戦ってるって、何?何が起こってるの?」
「この金色のドラゴンってまさか」
「ラハムね、多分」
大方、若い――それでも大型に成長しているからそれなりに歳食ってるはず――ドラゴンが「老害ドラゴンの言うことなんか聞けるか」と暴走し、ラハムが私に義理立てして守りに来ている、そんなところだろう。




