21-7
「ええい!仕方ない!」
幸いなことに、現時点ではフェンリルが階層を下りてくるところ。つまり、避けようが無い状況だ。
「氷結領域!」
パキン、と私の見える範囲全域が凍り付く。
「からの~地槍乱舞!」
凍り付いた狼たちが地面から突き出してきた岩の槍で粉々に砕かれていく。悲鳴の一つもあげずに。
さすがに群れを率いるボスたるフェンリルは危険を察知して足を止めていたが、まさか全滅するとは思っていなかった様子。さて、これで私との間に障害物はなくなったね。
「さあ、どうする?」
私の目的はダンジョンの最奥であって、ダンジョンの魔物狩りではない。だから私の移動を邪魔しないならこれ以上何かをすることはしない。もっとも、これで生き延びたとしても、ダンジョン崩壊に巻き込まれたら如何に神をも襲う獣と恐れられるフェンリルとてひとたまりも無いだろうから、長くて数日の命。そこは申し訳ないと思うので、心の中で謝っておく。
「グルルルル……」
フェンリルのとれる選択肢は三つ。また配下を呼び出してけしかけるか、単身私に挑むか、逃げるか。
「ガウッ!」
そして、一番愚かな選択をした。
「ほいっと」
飛びかかってきた速さはなかなかのもの。だけど、これだけ距離があると、どんなに速く駆けてきても対応できるのよ、と。風の魔法でスパンと斬り落とした。何を、なんて聞かないでね。
「さてと、先を急ぐわよ!」
「ああっ!待ってください、レオナ様っ!」
「何よ?」
「毛皮!フェンリルの毛皮は高く売れるんです!」
「私、一応貴族でお金持ちなんだけど?」
「お金も大事ですけど、あの毛皮、手触りとか最高なんです!」
お金があっても買えるわけではない、と。よくある話ね。
「何にするのよ?」
「ああいうモフモフしたものに包まれるの、夢なんです」
「ええ……」
かなりゴワゴワしてるけど、手を入れればふんわり柔らかになるのかしらねと、とりあえず近づいて触れてみる。うーん、なんだろう……一週間くらい洗わなかった髪みたいなごわつき?これなら洗ったら……臭っ!洗ってないというのもあるんだろうけどすごく獣臭い。これを持って行けっていうの?とコーディの方をジト目で見る。ダメだ、目をキラキラさせてる。
「……わかったわ。回収しておきましょ」
リリィが王都の侯爵邸で領地から送られてきた書類に目を通していると、来客があったらしく、玄関の方から声が聞こえた。生憎と公爵夫妻も兄のレイモンドも不在。自分が相手をするしかないのだろうかと手を止めたところで執務室の扉が開かれた。
「どうした、騒々しい……セインか」
「リリィお嬢様、ご無沙汰しております」
現在侯爵家の面々は城に出ており、残っていたのはリリィだけだったが、それでもセインはホッとした表情を見せていた。
「セイン?どうしたんだ?」
「先ほど開拓村より火急の報せが届きまして、いち早く、と」
「ふむ……話せ」
レオナには「何か困ったことがあったらいくらでも頼っていい」と伝えている。何しろ天涯孤独の孤児から領地持ち貴族への成り上がりだ。些細なことでも「どうしたらいいかわからない」ということは多発するだろうと。
ただ、そうは言ってもそうそう何度も頼られるのもなかなか大変なので、セインという、「既に引退した身です」とうそぶく有能執事と侯爵家という国内有数の教育を受けたアラン夫婦をつけていたから、だいたいのことはなんとかなるはず。オマケにここ最近は迷宮都市国家の国王夫妻まで開拓村にやってきているのだから、いくら村民が万単位に膨れ上がったとは言え、領地運営に関するだいたいの問題は自分たちで解決できるはずだ。
「村にドラゴンが現れたのです」
「ドラゴン?」
「はい」
ドラゴンと言えば、侯爵家にとってはいい腕ならしの相手でしかない。アランがいればなんとでもなるはずだし、ロアの王も相当な手練れと聞いている。何の問題も無いはずだ。
「ドラゴン程度ならなんとでもなる、そうおっしゃりたいのでしょうが」
「ああ。アラン兄がいれば大丈夫だろう?」
「ドラゴンが一頭だけならそうですが」
「え?」
「十を超えております」
「は?」
「しかも軒並み大型のドラゴンです」
「ちょ、ちょっと待て!そんな……十頭以上のドラゴンが?」
「はい、既に村を取り囲んでいる、と」
ガタン、とリリィは立ち上がる。
「マリアンナ!」
「ここに」
「聞いていたな。すぐに城へ」
「城へはシーナを向かわせております」
「さすがだな。では出る!用意を!」
「「はっ!」」
レオナの開拓村にドラゴン現るの報は場内でもすぐに大騒ぎとなった。
ドラゴンが出た、と言うだけならまだ良い。最悪、村が消し飛んだとしても。だが、レオナの開拓村は王都の目と鼻の先と言っていい位置。開拓村を滅ぼした後に王都に向かってきたら、文字通り国家存続の危機である。ダンジョン探索で留守にしていたレオナがブチ切れたりするという可能性もあるという意味で。
「リリィは?」
「単身、先行すると連絡が」
「騎士団第二部隊、出ます!」
「わかった!第三部隊は?」
「東門へ物資輸送中だ」
フェルナンド王国の歴史上、複数のドラゴンとの戦闘は先の王都南の魔族侵攻を除けば数える程度。それもせいぜい小型ドラゴン三頭まで。それが大型のドラゴンが十頭以上というのは前代未聞。他国ではよくあることかとロアの者に聞いても「ダンジョンの外でそんなことは聞いたことがない」という異常事態だ。
「はあ……レオナちゃんならパパッとやっつけちゃうのかしら?」
「エリーゼ……いくらレオナでもできることとできないことがあると思うぞ」
「そうかしら?あの子、結構なんでもできそうよ?」
「とりあえず、今すぐ帰ってくることはできないだろうな」
「そうね。さて、急ぎましょう、あなた」
「ああ」
侯爵夫妻は王都外壁待機となっていた。もちろん、我先に行こうとしたのを国王が必死に引き留めた(物理)成果である。
「ここまでで何か質問はありますか?」
「ええ、たくさんありますとも。まずは……」
「そうですね。それについては……」
聖女と教皇のやりとりは途中で僅かばかりのトイレ休憩が入るほかは休みなく続けられていた。そして、開始三十分とかからずにすっかり染まった教皇は聖女と熱い議論をするほどになっていた。もちろんその議論は前向きなものばかりであり、聖女としても「そうですね、そういう解釈もありますね」と新たな発見に喜び、共に高め合うことのメリットを感じていた。
そんな二人に立ち会うシャノンも、既に染まっており、たまに「そこはこう考えてみてはいかがでしょうか?」と述べるほどになっており、三人が対等に意見を戦わせるまでそれ程時間はかからないだろう。
と思いを巡らせたところでシャノンはハッと我に返った。
「失礼ながら、そろそろダンジョンが崩壊、消失したあとのことについて、検討をしてはいかがでしょうか?」
「ダメよ」
「ですな。まだレオナ様の好きな食べ物についての考察が足りません」
考察が足りないという点は賛成だが、このままではダンジョンの崩壊に合わせて街がヤバいと、必死に考えて言葉を紡ぎ出す。
「レオナ様ならそろそろダンジョンの最奥に到達していてもおかしくない頃合いかと」
「むむ……確かに」
「レオナ様ですからあり得ますわね」
「もしも対策が不十分で街で怪我人が出たなどとなれば、レオナ様は心を痛められるのでは?」
「「確かに!」」
同時にガタンと椅子を蹴倒して立ち上がると、テーブルの上を片付け、街の地図を広げる二人。
「ダンジョンの入り口はここ。ロアのケースでは……」
「ならば、ここからここまで……」
「避難誘導は……」
おわかりかと思いますが、作者の作品でもしも今後フェンリルが出てくるとしても、モフモフ癒やし系になることは多分無いです




