21-6
「コーディ、起きて。コーディ」
「うう……はっ!」
そろそろ休憩にしようと足を止め、気を失っていたコーディを起こす。
「ここ……は?」
「十八層。あまり進めなかったわ」
コーディを連れているとマップ内転移が使えないので、道が入り組んでいると時間がかかるのが難点ね。
「おはよー」
きっちり睡眠をとってもぞもぞと毛布の中から顔を出すと、コーディと目が合った。
「おはようございます」
「どしたの?」
「いえ、レオナ様はのんきだな、と」
「そう?」
「見てくださいよ!これ!」
「うーん」
寝る前にはっておいた結界は多種多様な魔物に囲まれていた。
「レオナ様が眠ってから続々と集まってきてるんですよ!」
「なるほど」
「やっぱり、レオナ様、何か魔物を引きつける匂いみたいなのを出してるんじゃないですか?」
「ええ……」
どちらかというと眠ると魔力のコントロールが甘くなってダダ漏れ状態になって、引き寄せているという方が正解だと思います。ただ、疑問が一つ。今までのダンジョンではこんなことはなかったのに、どうしてここではこんなことが?
ダンジョンと魔物には色々と理解不能な出来事が多いと聞く。これもそのうちの一つだろう……私以外では発生しない現象だと言うことに目をつぶるとして。では、どうしてそんなことが起こるのか?研究している人はいるらしい。いるらしいけど、研究は遅々として進まない。当たり前だよね、ダンジョンも魔物も危険なもの。研究者ってだいたいの場合、荒事に向かない人が多いから、ダンジョンなんてアウェーもいいところだからね。
それにそもそもこのダンジョン、私が潰してしまうのだから研究のしようが無くなるわけだし。
そんなことを考えながら毛布から抜け出して焚き火のそばへ。
「これ、温めておきました」
「ありがと」
ダンジョンで起きて早々に温かいスープと柔らかいパン。なんて贅沢だろう。
「はむっ……うん、おいひい」
「作った甲斐がありました」
通常、ダンジョン内の野営で見張りをする場合、せいぜいお茶を沸かしておくくらいしか余裕はない。そりゃそうよね。見張りがメインなんだから。そしてその見張りも、僅かでも魔物の気配があったら仲間を叩き起こすという、緊張を強いられるもの。料理なんてもってのほか、というのがダンジョン探索するハンターたちの常識。
それが私たちの場合、コーディがすることは私の展開した結界の様子を見ること。何しろドラゴンが直撃してもヒビ一つ入らない結界だから、見張り=ヒマになる。んで、昨夜私が寝るときにコーディが提案してきた。
「ヒマなんで料理しててもいいですか?……なんて、やっぱりダメですよね」
「いいよ」
「そうですよね……って、え?いいんですか?」
「うん。どうせヒマでしょうし」
その結果がこれ。コーディに言われるままに材料を出しておいた結果、こうして温かい食事をいただけているというわけ。
「たいした物じゃないんですけどねえ」
「作ってくれているという気持ちがありがたいのよ」
そういうと照れくさそうにぷいと向こうを向いてしまった。うん、なんだかかわいい生き物を見つけてしまったかも。
とは言え、ダンジョン内でからかったりはしませんよ。そのくらいはわきまえてます。
「さて、では行きましょうか」
「はい……この先もこんな感じなんでしょうか?」
「多分」
基本的にダンジョンというのは一層から最深部まで、極端に傾向が変わることはないとされている。なので、この先もしばらくは私たちの魔力を食べに来る魔物が多いだろう。
「ちょっとだけスピードを上げるわ。振り切るためにも」
「……わかりました」
「では……爆裂魔法!」
障壁の周りに集まってきていた魔物を一掃するとすぐにヴィジョンにコーディを抱えさせて、全力疾走開始。
「わぁぁぁぁぁぁぁっ!」
抱えられたコーディの周りを障壁で囲み忘れてしまい、顔が風圧で楽しいことになってしまったのは、ご愛嬌。
「ふひぃぃ……ひろいれふ……」
「ゴメン、ちょっとド忘れしてたわ」
顔中いろんなものを垂れ流しているのを拭うのは後回し。自分の荷物から布を出してもらうことにしてどんどん進む。
ええ、走りますとも。
後ろから狼の群れが追ってきてますので。
一頭一頭が体高二メートル以上はあり、毛皮は真っ白。見た目だけなら実に美しい狼ですが、それが数百という単位で私たちの後ろを追ってきています。
最初は魔法で吹き飛ばしていたのですが……意味がなかったので逃げの一手に変更。
彼ら、吹き飛ばしても吹き飛ばしてもすぐに復活するんですよ。後方から追ってきている親玉のそばで。
この親玉、見た目だけなら他の狼同様白い狼ですが、大きさはなんと倍以上。鑑定結果はフェンリルでした。
うーん、前世でひ孫が読んでたラノベではフェンリルはもふもふを堪能する癒し枠だったと思うのですが、この世界ではこれが現実って事ですね。
毛並みはとても柔らかそうですが、眼光が「絶対食ってやる。魔力じゃなくて肉を」という強い意志を持ってるのでとても危険ですね。
え?それならフェンリルを倒せばいいだろうって?試しましたよ。試したんですが、魔法が通り抜けちゃいました。
どうやらあのフェンリル、本体はどこかにいて、狼の集団によって姿だけが投影されているような感じらしく、いくら撃っても意味がなかったのです。
そのくせ、狼たちは実体があるという……ファンタジー、舐めてました。
おそらく狼を全部まとめて消し去れば、投影されるフェンリルも消えると思いますが、あちこちに分散していて、全部まとめて吹き飛ばせないように絶妙な位置取りをされています。まあ、滅却の業火あたりをぶっ放せば問答無用でしょうけど、コーディを抱えてる状態ではちょっと危ないのでできません。
ということで逃げの一手。
「ガオッ」
「うわっと!」
目一杯速く走っているつもりだけど、なかなか引き離せず、時々飛びかかかってくるのを避けたり弾き飛ばしたり忙しい。
私はマップを見ながら最短ルートを走っているけれど、フェンリルにとってここは庭のようなもの。この先の地形を全て把握しているというアドバンテージを活かし、曲がるときは壁を走るなどという荒技で速度が落ちないのだ。
「ていっ」
「ギャンッ」
魔法を放ってもうまいこと何かの影に隠れるので、一、二頭を仕留めるのがせいぜい。それどころか、爆風を使って加速しているほど。
「アオーン!」
「ワンッ!」
「ワンワンッ!」
「ガオッガオッ!」
フェンリルが何かの指示を出し、配下がそれに応えて左右に広がりながら地の利を活かして先回り。真正面からの衝突くらいどうということはないけれど、連続して何頭も衝突するとさすがに速度が落ちる。
距離を詰められて慌てて魔法を放っても、こちらをあざ笑うかのようにひらりと避けて、さらに距離を詰めてくる。
「くっ!」
一頭が左手に食いついたのを思い切り振り払うと、さすがにこれは避けきれなかったようで、何頭か巻き込んだ。
まあ、数的には気休めなんだけどね。
「よし、見えた!」
下の層への入り口が見え……って、左右から一斉にフェンリルの配下狼が現れて行く手を塞ぐ。
「道を空けなさい!火砲!」
ズドンと放った魔法のすぐ後ろを熱気を無視して駆け抜け、下の層へ飛び込んだ。
なのに!
「なんでついてくるのよ!」
階層をまたいで追いかけるほど、私たちはおいしそうに見えるのでしょうか。




