21-5
遠巻きに精霊たちが見ているけれど、私が展開している暗闇魔法が発する闇属性の魔力波動がお気に召さないらしく、一定以上近づいてこないので、コーディも「ちょっとくらいですけどこのくらいなら大丈夫です」と足取りが軽い。
やれやれ、とりあえずこれで何とかなりそうね。
「ほう……これはまた高い純度で練り上げられた、濃厚な魔力」
「へ?」
「美味、美味である」
「……」
「……」
「心配せずとも、程々に味わうだけにとどめ「ひゃあああああっ!」
「ちょっ!コーディ?!」
闇属性を好む精霊さんご案内、となっただけだった。
なお、闇属性はただ単に日影や夜を司る精霊なので、「悪」というわけではありませんでした。まあ、なんて言うか、「女王様!」みたいな見た目でしたけど。
「あの、レオナ様」
「うん」
「どうするんです、これ?」
「どうしようか」
暗闇魔法を展開したまま歩いていたら女王様っぽい感じの闇属性を好む精霊さんがやってきた←まあ、なんとかわかる
さらに歩いて行ったら、どんどん増えてきた←わかる
親玉みたいなでっかい精霊がドンと待ち構えていた←いまココ
「苦しゅうない」
「なんか言ってますよ?」
「ちょっと待って……上級精霊だって」
「上級?」
「かなりの知性があって意思疎通も可能らしいけど」
「あれと意思疎通ですか」
「……言っておくけど私はいやよ?」
「私もいやです」
そう、ドンと構えていた精霊は、なんかでっかい椅子、それも王様が座っている玉座みたいな豪華なやつに座っていて、周囲の精霊が傅いている、そんな感じ。さっきまで私が「女王様」と思っていたのは女王様じゃなくて女主人だった、と。まあ、身長五メートルくらいあるからね、威厳がすごいよね。
「近うよれ、と言っているのだが?」
「ええ……」
ガツン、と大きくヒール――エナメルっぽい光沢のピンヒールだ――を鳴らし、精霊の女王様が立ち上がる。
「まあよい。その魔力、いただこう」
「いや、そろそろ切り上げてもらいたいのですが」
「何?妾に我慢しろと?僕たる中級精霊は存分に味わったというのに、この女王たる妾が我慢しろと。そう言うのか?」
なんかもう……面倒臭くなってきた。
「火の魔法レベル三、火球……連打!」
「最初っからああすればよかったんですよ」
「そうね、今後はそうするわ」
私の放った魔法で闇っぽい精霊を全部吹き飛ばし、移動を再開。さっさと行こう……ん?
「レオナ様、あれ」
「逃げるわよ!」
私の火の魔法につられたらしく、火の精霊たちが集まってきた。
「結局全部吹き飛ばした方が早かったわね」
「と言うか、ダンジョンにいる以上、全部魔物なのですから、どんどんやっつければいいと思うんですが」
「ちょこっと魔力を食べる程度なら害はないのよね」
私並みに魔力を外に垂れ流しているのでもなければ近寄ってこないらしいし。
「それはともかく、これで十二層?」
「そうね」
ようやく、いかにもダンジョンです、といったような洞窟になったので、マップを確認。今までは広々した草原だったから使う必要は無かったんだけど、ここからはこれで最短ルートをとらないとね。
「ひょわああああああ!」
私のヴィジョンに抱えられたコーディが毎度のごとく、なんとも間抜けな悲鳴を上げているのをBGMにダンジョンを進む。魔物の相手をしているのは私で、あなたのところには肉片の一つも飛ばないようにしているのに、どうして悲鳴を上げるのよ?
「コーディ」
「は、はひぃぃ?」
「前も言ったけど、あなたには夜の見張りをお願いするわけだから、今は寝ててほしいのよ」
「こんな状態、寝られませんよ!」
「どうして?」
「魔物が!すぐ目の前にいるんですよ?!」
「いるけど」
「そんなところで寝られませんよ?!」
「ある意味、私のそばが一番安全よ?」
「それはそうですけど!それはそれ、です」
仕方ない。
「あ、あれは?」
「え?何っ?あうっ……」
ちょっと別の方向へ視線をそらしたところで、ヴィジョンが首トン。ボギッと折れた音がしたのと同時に治癒魔法。これで完全に気絶してくれた。
「さて、加速!」
「あとは?」
「まだ五十人ほど中にいますが、全員ベテランのハンターですから明日の昼までには戻ってくると思います」
「そう。ならこちらは任せるわ」
「はい、お任せください」
ハンターギルドの職員に後を任せ、聖女はシャノンを伴っていったん教会へ戻ると、教皇からの呼び出しだ。
「どういうことか、説明を」
「報告は上がっていると思いますが?」
「説明が欲しいと言っているのですが?」
「はあ……」
教皇としては、レオナたちがダンジョンへ向かうことを渋々了承したというか、了承せざるを得なかったのだが、一応は教会の最高権力者の一人として、直接会って話をするべきだと考えていた。歳は食っているが、何をすべきかという判断を誤るような、よくありがちな悪の教皇的な人物ではないのだ。そして、わざわざ予定も空けていたのに、聖女によって盛大にすっぽかされたわけだから、腹も立つのも当然だ。
「説明……そうですね。確かに説明は必要です」
「うむ。で?」
「シャノン、例のアレを」
「はっ!」
聖女に言われ、シャノンがガラガラとキャスターのついた大きな板を引っ張ってきた。
「これは?」
「では、説明をいたします」
トン、とどこから取り出したのか三十センチほどの指示棒を手にした聖女が板の前に立つ。
「まずは……」
「っと、ちょっと待て!何の説明をするつもりだ?」
「何って、ココに書いてあるでしょう?」
トントンと、板の中央上部を指示棒で示す。そこにはこう書かれていた。
――レオナちゃんの素晴らしいところについて――
「えっと……?」
「レオナちゃんがどれだけ素晴らしい、いえ、可愛らしいか、こんな板の両面では語り尽くせませんが、わずかでも伝えられれば、と思います」
「いや、その……?え?え?」
「ではまず……」
これまたどこから取り出したのか、めがねをクイッとさせ、頬を紅潮させながら鼻息荒く、聖女による説明が始まった。シャノンの見立てでは最短でも現在見せている面で三時間、裏面は四時間かかる予定だが、聖女は休憩を挟みそうにないので、高齢の教皇が耐えられるか、体力勝負になりそうだ。そして教会内では既に教皇が耐えきれるかどうかで賭けが成立している。なお、シャノンは教皇がギブアップする方に賭けているのだが、大半がシャノン同様にギブアップに賭けているため、賭けが成立しそうにない。
「シャノン」
「はい、聖女様」
「教皇様は耐えきりますわ」
「えっと……」
「大金貨一枚」
「わ、わかりました」
説明開始と同時に賭けは締め切られ、教皇が耐えきる方が百四十二倍という掛け率になった。
「では……コール」
「え?」
ふわりと杖が現れた。
「――癒やしの空間」
ヴン、と低い音がして、室内が淡い光で満たされた。
「これで疲れることはありません」
「聖女様、ズルい!」
「いいえ。教皇様のお体を慮ってのことです」
「ぐぬぬ……」
とりあえず教皇は長丁場になる、それも十時間以上に、と覚悟を決めることにして、シャノンにこう告げた。
「後で軽食でも持ってきてくれんか?」
覚悟を決めたようである。




