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このダンジョン、地元というか、教会では「聖なるダンジョン」と呼ばれているとかで、五層に到達した時点でも出てくる魔物は、魔物と呼ぶかどうか微妙なラインの魔物ばかりだった。
短い角が生えている可愛らしいウサギ――襲ってこない――とか、銀色に輝く毛並みがいっそ神々しささえ感じさせる狼の群れ――襲ってこない――とか、全身真っ白でつぶらな瞳の熊――襲ってこない――とか、魔物ってなんだろうねと考えさせられるようなものばかり。
なんなら、真っ白な熊は「こっちだ」と道案内までしたほどだし。
でも、そんな平和も五層まで。六層に入った途端に、コーディが悲鳴を上げて逃げ出す事態になった。
六層に入ってすぐ、薄らと白く光る、透き通った人の姿をした魔物の群れがやってきたのだ。ダンジョン内の風景はこれまでと変わらない、爽やかな風の吹き抜ける草原なのに、出てきたのは割とガチな魔物、というか幽霊の類いねこれは。
と思っていたんだけど、鑑定したところ、幽霊では無く、精霊らしい。
一層で――というか五層までも普通に集まってた――私に集まってた精霊よりは上位の中級精霊とか呼ばれるらしく、人に近い姿をとれる上、ある程度のコミュニケーションも可能……らしい。
らしいというのは、現状でコミュニケーションが成立していないから。
だってさあ、言葉は発してるけど、その内容がこれよ。
「おいしそうな人が来た」
「わあ、たくさん食べられるね」
「おいしい!みんな、こっちに来て!」
「本当だ!おいしいね!」
私、彼らのご飯じゃないんですけど。
で、私だけだったら良かったんだけど、どういうわけかコーディにも飛び火した。
「ねえねえ、こっちもおいしそうよ」
「本当?」
「ちょっと味見してみよう?」
「そうね」
そりゃ逃げるか……って、私は逃げないのになんでコーディだけ逃げるのよ!私だってこんなやりとり聞かされたら恐いわよ!
「こっちに来ないで!来ないでってばっ!」
「コーディ、待ちなさいって!なんでこういうときだけ足が速いのよ!」
まあ、私も全速力が出せていないわけで。理由?言うまでもないでしょう?視界が遮られてて走りづらいのよ。
「追いついちゃった」
「うふふ」
「きゃあああああ!」
精霊って、物理的な縛りがないせいか、かなりの速さで飛ぶのね。そう、コーディが全速力で走っても軽く追いつける程度には。
「助け!助けて!」
囲まれたのと同時に盛大に転んだコーディは逃げようと必死にもがく。というか暴れ回っている。精霊には触れることができないから、一人で暴れ回って地面に手足をぶつけて無駄に傷つけてるだけという、ちょっと切ない状況ね。
「ああ、もう……しょうが無い!」
どうにかコーディに追いつけそうなので一発ドカンとやりますか!
「魔力障壁!」
ガン!
「きゅ~」
コーディの走る先に壁――ほぼ透明なので走ってたら気づかないだろう――を作ってやると見事に突っ込んで、妙に可愛らしい声と共にダウンした。
「ふにゅ~」
「……これでも一応、教会の暗部……実行部隊だったのよね」
徹底的な訓練の結果が捕まった直後の姿だったとして、これは……本来のコーディなのかしらね。
さて、コーディが目を覚ますのを待っているつもりもないので運ぶ……さすがに体格差がありすぎるわね。
「コール」
ヴィジョンを呼び出し、すぐに後悔した。
私に群がっていた以上の数の精霊が押し寄せてきたから。
「何なのよ、もう……」
仕方なく背負って歩く。コーディの足がズリズリ引きずられているのは仕方ないとしておく。多分目を覚ましたら靴を替えないとダメだろうね。歩きづらくてしょうがないのでさっさと目を覚ましてほしいところ。
そんな私の苦労をよそに周りを飛び交う精霊たちの声がやかましい。さっきヴィジョンを呼び出したのがマズかった。なにしろ飛び交う精霊たちの言葉が色々ダメな方向に向いている。
「ねえねえ、さっきの子は?」
「すっごくおいしかったよ?」
「どこに行っちゃったの?」
「ねえったら」
台詞だけ聞くと人食いの妖怪のそれだね。
「はいはい、あっち行って」
「えー」
「そんなあ」
「ああもう……うるさーい!」
思わず両手を振り回して追い払……ゴン。
コーディを落としてしまった。頭から。
「ええい……ヒール!目一杯全力で!」
「ふぉぉぉぉっ!」
あ、起きた。
起きたというか、なんかパワー注入しちゃったみたいで、「ふぉぉぉぉっ!」って叫びながら走り出し……って、そっちじゃない!
仕方ない!先回りしてなんとか止めるしか!
時間感覚操作百倍
「なんか今回は苦労が多いわ!」
愚痴りながら走り出す……え?
「すごーい」
「こんなことできるんだぁ」
「すごい子!」
「いい子!」
「いい子だね!」
「だね!」
精霊が私の感覚の中で普通に動いて会話してる。さすが、超常の存在……ってこと?
それはさておき、とにかくコーディを追わねば!
急いで前に回り込むと、そこには「ひゃっはー!」な表情をして全力疾走中――ただしスローモーション――のコーディ。
えーと……少なくとも私の治癒魔法は頭の中身……たとえば脳腫瘍などは治せるはずだけど、思考まで影響を与えることはないはず。
つまりこれは、幽霊と見まがうばかりの精霊に追い回されて精神的に追い詰められたところに物理的な衝撃を受けて気絶。その後、回復したけど、最初に見たのは精霊に覆われたままの私、且つ、治癒魔法を強めに使ってしまったために、ちょっと高揚感を得られてしまったとか、そんな感じ?ああ、もう面倒な!
とりあえず背後に回って飛びついて、両目を手で覆う。普段ならあり得ない光景を見てしまったことで混乱しているだけだろうから、これで収まる……と期待して。
して、時間感覚を戻す。
「コーディ、落ち着いて」
負ぶさるようにしがみつきつつ、耳元でそっと。
「ふわあぁぁぁぁっ!」
足は止まったけど、なんか身悶えてる。
「ちょ、ちょっと?落ち着いてって!ちょっ!」
「ふぇぇぇぇっ!」
振り落とされた。
「い、いきなり耳に息を吹きかけないでください!変な声でちゃうじゃないですか!」
「……正気に戻ったようね」
「へ?」
あ、しまった。視界を塞いでいなかった。
「ひょわああああっ!」
「しょうがないっ!暗闇!」
明かりをともす魔法を反転し、闇をつくり出す魔法。中二感たっぷりに聞こえるけれど、実際には夜と同じくらいの暗さにしかならないし、範囲も私を中心に数メートル程度。夜間の行動が苦にならないコーディなら歩くに支障はないはずだ。
「お、おお……」
「きゃあ!」
「なにこれ!」
「なんだか変な感じ」
精霊たちが逃げていく。どうやら魔法の中でも光の属性を好んでいるだろうという予想は当たったらしい。
「落ち着いた?」
「はい」
「じゃ、行きましょう。こっちよ」
「え?あ……あははは」
自分が走ってきた方角が間違っていたことに気付き、照れ笑いでごまかそうとするコーディ。まあ、いいけどね。このくらいのアクシデントは。
「一つ聞きたいんだけど」
「は、はい」
「なんで逃げたの?」
「それは……その、話に聞いてた悪霊っぽくて、恐くて」
「一応、あなたも神官の資格持ってたわよね?」
「ええ」
「神官が悪霊怖がってどうするのよ」
「それはそうですけど、恐いものは恐いんです!」
ちゃんと「これも精霊よ」って伝えた……あ、伝えようとした時点で逃げ出してたか。
これでよく暗部の実行部隊にいたものだ……まあ、あまり活発な活動はなかったらしいから、こんなんでも大丈夫だったんだろうか。あまり昔の話をほじくり返すつもりはないけどね。
「まあ、いいわ。ちょっと時間食っちゃったから、急ぎ足で」
「はいっ」




