21-3
「元々はダンジョンの外にしかお店はなかったんですけど、だんだん手狭になりまして」
「はあ」
「二十年ほど前でしょうか、大きな嵐でひどい被害が出た折に、「どうせならダンジョンの中に作ってみては?」という試みから始まって、こんな感じに」
人間ってたくましいわ。
「なるほど……って、それなら聖女サマもここまで入ってきて見送っても良かったような……」
「一応、そこは自分なりに線引きしているみたいですよ。超えてはならない一線として」
「越えてはならない一線?」
「ええ。一応、聖女はみだりにダンジョンに入るべからず、という決まりがありまして」
「なるほど」
人としての一線はとうに踏み越えているようですが、そこはいいのかしらね。
まあ、私が気にするところではないか。
「それでは軽くここの案内を」
「いらないわ」
「そうですか……残念です」
しゅんとされてもねえ……ここの案内受けたって意味ないし。
「ええと……二層へ下りる口はこちらの方になります。足下にお気をつけくださいませ」
「ご丁寧にありがとうございます」
ダンジョン内にできあがっている市場のような場所の案内は要らないし、どこをどう行けば二層に下りられるかもマップを見ればわかる。わかるけど、厚意を無下にするのは気が引けるのでそこは受け取っておく。
まあ、気を取り直したアネットさんが「こちらにあるのが……」「ここ、絶品なんですよ」とか案内し始めたのを「へえ、そうなんですか」「おお、機会があったら是非」と相槌打つくらいはするわよ。まあ、ダンジョンが潰れるのが確定してるから、機会なんてないんだけどね。
「あの……」
「……」
「えっと……」
「……」
しばらく歩いたところでコーディが恐る恐る私とアネットさんに声をかけてくるんだけど、私はなんて答えれば良いのかな。
「えっと……レオナ様、私の声、聞こえてます?」
「聞こえてるわよ」
「その……なんて言うか」
「……」
「レオナ様、前、見えてます?」
「すっごく見えづらい!」
「アネットさん、これは一体?!」
「ええと……なんて言えばいいのやら……そもそもこれ、なんですか?」
二人が困惑するのも無理は無い。どういうわけか私の周囲、というか、私の全身をなんかふわふわと光る何かが覆い尽くしていて、私の姿はほぼ見えなくなっているのだから。
鑑定結果は……
「なんか、精霊らしいわ」
「精霊?」
「ええ」
ファンタジーたっぷりなこの世界でも精霊というのは珍しいというか、滅多に人前に姿を見せない存在らしい。それが姿を見せているどころか、私の周りにいるというか、私が見えなくなるほど集まってきている。
私とコーディはもちろん、アネットさんもこんな光景は見たことがないというので、このダンジョンの日常風景ということではなさそうだ。
「うーん……私も伝え聞いてるだけなのですが、聖女様がダンジョンに入ると、精霊たちが集まってくるとか。それと同じようなことが起きているんでしょうか……」
「へえ」
「レオナ様、大丈夫なんですか?」
「え?何が?」
「その……身体に不調とか」
「そうねえ……ちょっと前が見づらいわね」
「それはそうでしょうね」
精霊一匹(?)はピンポン球くらいのサイズで、光っていると言ってもホタルの光程度。しかし、それがかなり集まっている。それこそこの明かりで勉強ができるくらいに。となると当然、私の視界は遮られてしまう。
「あとは……なんか吸い取られてる感じ?」
「ふえっ!だ、大丈夫なんですか?!」
コーディが慌てて飛び退き、そう言えば私の護衛という名目だったと思い出して恐る恐る近づいて確認してきた。
「んー、なんか、私の魔力を食べに来てるみたいね」
「魔力って……ホントに大丈夫なんですか?」
「え?」
「だって、魔力を食べにって……この先魔法が使えなくなったりとか、困りますよね?」
「大丈夫でしょ」
そもそも私の魔力はとても多く、意識していないと外に漏れてしまうほど。それが神の使徒の威光という能力の正体であり、そのままだと周囲の者に五体投地させてしまう。
そして仮面によってそれを抑えていると言っても完全では無く、魔力を餌にしているらしい精霊たちを引きつけてしまっている、ということだろう。漏れ出ているという時点で、食われようが吸われようがどうということもないわけで……
「だあああ!鬱陶しい!」
視界を遮られて歩きづらいことこの上なしと、両手を振り回して追い払う。
またすぐに集まってきたので振り払う。
「うう……アネットさん、これ、何とかなりません?」
「そう言われましても」
「そうですか」
「ええ……というか、ここ、こんなに精霊がいたんですね」
「え?」
「えっと……一層に精霊がいる、というのは結構知られているんです」
「へえ」
「ただ、ご存じの通り、滅多に人前に姿を見せません」
そもそもご存じではないんですがそれは。
「ですので、数は少ないのかな、と思われてまして」
「こんなにいたなんて、これは新発見です」
「そう……ですか」
言わないでおこう。結構離れた位置に、大きめの精霊がいて、どうにかこちらに近づけないか、悩んでるような動きをしていることは。
「もしかして聖女サマにダンジョンに入らないように、と制限しているのって」
「ああ。もしかしたら聖女様も同じようなことが起こるのかも知れませんね」
んー、あの聖女サマがこの状態になったら、どうなるか……身悶えして喜びそうだわ。
鬱陶しいのをなんとか我慢して歩くこと三十分弱。これまた唐突に現れた石造りの建物の前に到着した。まるでダンジョンの入り口に立てられていたような……
「こちらの中に二層への入り口があります」
「これ、建てたんだ」
「はい。ただ、なぜか一年おきくらいに建て直さないとダメなんですよね」
その労力、もっと他のことに向けられないのかしらね、と言いかけてやめた。
こうやって厳重にすることで、子供が誤って二層へ下りないようにという配慮なのだろうから。
「案内ありがとう。ここまでで大丈夫です」
「は、はい」
「聖女サマから話があったかと思いますが……」
「ええ。ダンジョンから引き上げる準備は進めております。明日から引き上げ開始、明後日にはあの辺りは完全に無人になります」
「ありがとう。さ、コーディ、行くわよ」
「はい」
「お気をつけて」
「ぷっ」
「コーディ、そこで吹き出さない!」
「だって……痛い痛い!痛いですって」
余計なことを口にするコーディのほっぺたをつねってそのまま引っ張って行く。なんか微笑ましい物を見るような視線を感じるけど気のせいということにしておく。
「まったくもう……」
「だって、光ってほわほわのレオナ様がなんかこう、キリッとした感じで話す様子にギャップが痛たたたた!」
さらに力を込める。まったく……私だって光りたくて光ってるわけじゃ無いのよ!というか、私が光ってるわけじゃないし!というか、私、転生してから結構光ってるっぽい?
「待て待て~」
「ほ~ら捕まえてごらん」
ダンジョンの中を互いに声を掛け合いながら駆け抜ける二人の姿はこんな恋人同士のような甘い雰囲気ではなかった。
「ひょわあああああ!」
「コーディ、待ちなさい!こら!逃げないの!」
「だって!だってえええ!」
「だってじゃなくて!ああ、もう。なんでそんなに足が速いのよ!」




