21-2
「さ、行きましょうか」
「え、えっと……その……」
「どうしました?昨日あれほど一緒に行きたいって」
「あ、あぅ……あの……えっと」
「さあ、行きましょう」
そう言って、聖女様の手を引いた瞬間、
「だ、ダメェーッ!!」
魔術師さんがこちらに猛ダッシュしてきたのでひょいと避け、手にしていた杖をちょんと弾いて足に引っかけると盛大にコケてズサーッと数メートル滑っていった。
「せ、聖女サマっ?!」
慌てて斥候の人が駆け寄るのを見て、指をパチンと鳴らす。
「魔法解除」
パリンと音がして聖女サマとシャノンさんの姿が砕け散り、神官服の女性二人になった。
「レオナ様、これは?」
「見ての通り簡単な話よ。あの魔術師が聖女サマ。こっちにいたのは聖女サマのヴィジョンで姿を変えていた。そんなところかしら」
「ええ……」
コーディがドン引きです。
「うう……レオナちゃん、ひどい」
「ひどくないです」
「一緒に行きたかったのに」
仕事しろ。
「さて、では聖女サマをしっかり押さえといてくださいね。コーディ、行くわよ」
「は、はいっ」
そう言ってダンジョンに向かう。
「レオナちゃん!」
「うわっぷ」
振り向いた先にいきなり現れる聖女サマ。危うくぶつかる……じゃない、抱き止められるところだった。相変わらず、聖女サマのヴィジョンは謎の能力を発揮するのね。……もう少し、聖女らしい方向で能力を使うべきだと思います。
「どうして?私、何か至らないところありましたか?」
「えっと……」
周囲にいるのは信徒の皆様。あなたのことを崇め奉るまでは行かなくとも、女神教の象徴として尊敬している方々のはず。そんな聖女サマがそれこそどこの馬の骨ともわからぬ小娘に「至らないところがあったのか?」と問い詰める。
信仰の根幹を揺るがす出来事だと思う。女神今日の未来を心配するつもりはないけど、ゴタゴタは避けておきたいところ。さて、どう答えようか。
「答えてくれないのですね」
「あ、あの……?」
「私、こんなにも頑張ってるのに」
しょんぼりして言われても、頑張る方向性を変えて欲しいなあ、とは言えないよ。多分、いや絶対に聞いてくれないし。
そして思った通り、周囲から私たちに向けられる視線が色々マズい。
「聖女様、一体どうしたんだ?」
「あの少女が何かしたのか?」
「至らないところって……聖女様ほど完璧な方はいらっしゃらないのに!」
「そうだ。あんな小娘に何がわかる」
流れがマズい。それは聖女サマも感じたらしく、私と視線を合わせようと――どう見ても髪の匂いを嗅いでるようにしか見えない件――屈めていた姿勢からグッと背を伸ばし周りを見ながら告げた。
「皆さん、こちらの方は「わあああ!」
「はうっ」
何を言い出すかわからないので慌てて飛び上がってその口を手で塞いだら、変な声出して目がトロンとして……私の手のひらをペロリとなめたよ、この人は!!!
「「「聖女様!!」」」
いきなり崩れ落ちた聖女サマに周囲が慌てて駆け寄ろうとする。
とりあえず聖女サマはコーディに任せて、どうにかこの場を収めよ……って、手!というか指!なんでくわえてんのよ!ぬ、抜けない!なんていう吸引力?!
慌てて反対の手で頬をペチペチ叩いて……ダメだ、うっとりしてる。叩けば叩くほど逆効果!
「レオナ様?」
この異常事態にコーディもどうしていいやらとあたふたしてる。ええい、ここは!
「シャノンさん!」
「はい……尊いですね……」
「こっちもか!!」
コーディの糸でとりあえずグルグル巻きにしてどうにか引き剥がし、シャノンさんには任せられないので、ジルさん……もダメだな、他の、そう、聖女サマに化けさせられていた神官さんたちに引き渡……押しつけた。
「聖女サマが追っかけてこないようにキチンと見ていてください」
「そう言われましても」
「我々では抑えきれませんし」
チラチラと見る先にあるのはふわふわ揺れる聖女サマのヴィジョン。何でもありな能力という普通に考えたらチート能力をおかしな方向に全力で向けられたら確かにどうにもならないか。
「レオナ様、こうなったら」
「ぐぬぬ……」
昨夜、ダンジョン探索についてコーディと相談したときにこうなることは予想していた。そしてそのときに一番効果的な対処方法は何かについても話し合っていた。
「こうなったらアレしかありません」
「うう、いやだなぁ……」
「が、頑張ってください」
ああ……私に丸投げすれば解決する立場のコーディが羨ましいと、ちょっとにらみつけてから、ツカツカと聖女サマの元へ。
一歩近づく度に鼻息が荒くなるのはやめて欲しいんだけど……ええい、ここは我慢!
なんか、聖王国に来てからずっと我慢してばっかりの気がする……気のせいよ!気のせい!
なんとか気力を奮い立たせ、手を伸ばせば届くほどの位置で立ち止まる。
聖女サマの興奮もピークだ。
ポタポタ落ちてくる涎にちょっと、いやかなり引く。
これを見てる信徒の皆さん!これが聖女サマの正体ですよ!と声を大にして言いたいのをグッとこらえ、両手を胸の前で軽く組む。
そして上目遣い。ちょっと瞳に涙を浮かべて。
私の視界には「辛抱たまらん!」という表情の聖女サマ。そうか、これが前世でちょっと聞いたことのある……肉食系女子に襲われている草食系男子が見ている世界なのかしらね。
「聖女サマ……私、頑張るから」
「え?ええ!ええ!」
「だから、聖女サマもここで頑張って欲しいの」
ぷしゅ~と聖女サマの頭から湯気が上がった。
漫画的表現でしか見たことない現象が現実に起こるとは、聖女サマ、恐るべし。
もう一押ししておこう。
「聖女サマ、任せても大丈夫?大丈夫じゃないと私、私……」
「任せて!大丈夫よ!この私が!聖女の名にかけて!レオナちゃんの憂いを断ってみせるわ!」
つやっつやの肌でなんかカッコいい台詞が飛び出した。
というか、この様子だと、聖女サマ単独でダンジョンに向かわせても大丈夫かも?と思うわ。実際には聖女サマのヴィジョンにも何らかの制限がありそうだからやらないけどね。
さらにトドメの一押しをしておくか。
そっと、コーディの糸でがんじがらめにされている状態の聖女サマの手を取り、そっと口づける。
「では、お願いしますね」
「!!!!!」
プシューッと鼻と耳と頭頂部からすごい勢いで蒸気が出た。人体の不思議ね。
クルリと振り返り、タタッとコーディのそばへ。
「行くわよ」
「はいっ」
そのままダンジョンへ向けて全力疾走。さあ……やっと、やっとダンジョンよ!
……長かった。今まではダンジョンに入る許可をどうやって取り付けるか、みたいな苦労をしてたけど、今回はどうやって私たちだけで入るかという苦労。
要らない苦労はしたくないものね。
二人揃って両頬をパチンと叩いて気合いを入れ直し、先の見えない真っ暗な穴になっている入り口へ踏み込む。
一瞬の浮遊感の後、足元にくしゃりと伝わる草地の感触。聞いていたとおり、一層は草原のよう……な……ん?
「あの……レオナ様」
「うん……ダンジョンの……外?」
そう、そこにはダンジョンの外にあったような広い通りと市場のような店が建ち並ぶ光景が広がっていた。
「ええと……」
「外、ではないですね」
コーディがキョロキョロと辺りを見渡して答える。
「そうね。わかりやすいところで言うと、ハンターギルドの建物がないし」
「ええ。ですが、これは……」
二人して困惑しているところに神官服の女性がやってきた。
「ええと、お二人が連絡のあった、レオナ様とコーディ様でしょうか?」
「え?はい、そうです」
「ダンジョンに入ったら驚くでしょうから、説明に……っと、申し遅れました、私、アネットと申します」
「ご丁寧にどうも。レオナです。こっちが」
「コーディです」
「うふふ、驚かれたでしょう?」
「ええ。これは一体?」




