21-1
「うっ……」
コーディが固まった。そりゃそうよね。悪いとは言えないけど、良いと言えるのか?まあ、良いと言えば良いけど、公序良俗的にはNGでしょうね。
「さっきの「関係性がよろしくない場合」ってのは、コーディが人質的に扱われるのを懸念しての話だったんだけど……状況が変わったわ」
「そうですね」
聖女サマ、教会的にはダンジョンが潰されるのは痛いが、異界の魔王が軍勢率いてやってくる方がヤバいという認識は持っている様子。コーディを置いていっても「ダンジョン潰したらコイツがどうなるかわかってんだろうなぁ?」みたいなことにはならないはず。
「なので、残しておいても良いんだけど……残る?」
「日帰りしていただけるのでしたら」
「さすがに無理ね」
「では一緒に行きます。あの空間にい続けて正気を保てる自信はありません」
「結構ズバズバ言うわねぇ」
「そりゃ言いますよ。聖女と呼ばれ、尊敬を集めるような者があんな……」
事前に届いていた手紙で、私もコーディもある程度予想はし、覚悟もしていた。まあ、その予想を遙かに上回られるとは思わなかったわけで。
あの二人は余程忙しいのか、翌日の朝食にも顔を出さなかった。「朝イチでレオナちゃんを!」とかならなかったのは幸いだろう。
「ではご案内致します」
朝食後、シャノンさんでもない、別の方、ジルさんが部屋を訪れ、一緒に馬車に乗り込む。ダンジョンまでの案内はこの方が全部と言うことなのでお任せして楽チンだと思っていたら予想もしなかった話が出てきた。
「聖女様より、「やはり不安なので」とハンター二名の同行が提案されました」
「ハンター?」
「はい。ダンジョン内の案内にと」
ダンジョンの色々な情報を書かれた資料をもらっていて、じっくり読み込んでいるんだけど、それでも不安?
「ええと、わかる範囲で良いのですが、これから向かうダンジョン、そんなに不安要素のあるダンジョンなのでしょうか?」
「うーん、私も子供の頃はダンジョンの一層で薬草採取などしていましたが、特に不安を感じる部分はなかったかと思います。もちろん、あまり奥まで行くと危ないとは言われていましたが、それはどこのダンジョンでも似たようなものでしょうし」
普通のダンジョンはちょっと入るだけでも充分危険なので、気軽に子供が入れる時点でかなり変わったダンジョン。
そして、結構深いところまで探索が進んでいて、地図はもちろん、どんな魔物がいて、どんな素材が採取できるかという詳細な情報が共有されているダンジョン。
「案内、いらないと思うんですけど」
「う……で、ですが、聖女様からのご厚意ということでして」
「うーん」
そもそも、今までだって私は何の前情報も無いままにダンジョンに入ってコアまでたどり着いている。今回だってコア、要するに穴がどうなってるか次第だけど、ダンジョン内の地形はともかく、魔物に関しては奥へ行けば行くほど変化している可能性が高い。つまり、もらった資料はもちろん、案内するというハンターの情報も古い。というか、どんな魔物が出るとか言われても、ゴリ押ししながら突き進むだけ。どうせ素材の回収もしないからね。
どうやって断ろうかと思っている間に馬車がダンジョンのそばに着いた。
「レオナ様?」
「うん。適当に断るからコーディはなんとか話を合わせて」
「え?あ、はい。わかりました」
色々なパターンを想定しながら馬車を降りると、今までに訪れたダンジョンとは違う景色が広がっていた。
「市場?」
「そうですね。そう見えるかも知れません」
そう言ってジルさんがダンジョンの方へ歩きながら説明してくれた。
「ここ「聖なるダンジョン」は訪れる人も多いですから、そのためにこのようになっているんです」
「へえ……」
「こちら、左手側はダンジョン探索に必要な物品の販売が主です。薬草などを刈り取るための道具や縛る紐、入れる袋などが各種サイズで。もう少し進むと、本格的な探索を行うハンター向けの道具類ですね」
なるほど確かにそうした物品が並べられ、十二、三歳くらいと思われる子供たちがどれを買おうか話し合っているようだった。
「対して右手側はダンジョンで採取した物を買い取るのが主ですね。薬草や鉱石の他、弱い魔物の素材などがこの辺り。ダンジョン近くに行くと、それなりに強い魔物の素材買取をしています。あと、入り口の横にはハンターギルドの出張所もありますよ」
朝の時間帯にダンジョンから戻ってくる人はほとんどいないのでこちら側は閑散としていた。昼過ぎくらいから賑わうらしい。
「見えてきましたね。あれがダンジョンの入り口です」
へえ、あれがダンジョンの入り口て……ダンジョン?
「レオナ様?」
「ダンジョンの入り口って、あんな感じなんだ」
「た、確かにちょっと変わってますね」
私の疑問にコーディも恐る恐る同意した。
私が今までに見てきたダンジョンは、ただの穴。地面に開いているとか山にぽっかり空いた洞窟だったりとか、微妙な違いはあっても穴だった。
それがここのは、大理石のような材質の柱や屋根があって、
「神殿?」
「すごいですね」
と、なるほど聖女サマの住まう教会本部だけあって違うな、と思っていたらジルさんが、教えてくれた。
「あれは五十年ほど前に「ちょっと威厳持たせよう」って建てられたんですよ」
「ロマンが吹っ飛んだ……」
「そして、その横にあるのがハンターギルドの出張所です」
なるほどダンジョンの入り口すぐ横に二階建ての、それこそダンジョン前の建物の中では一番立派な建物が建っていた。そしてその前に数人、こちらの到着を待っているようだ。
待ってなくてもいいのに。
断り文句のパターンをいくつか考えながら近づくと、ハンターギルド職員の制服を着た人が一礼した。
「お話は伺っております。レオナ様ですね」
すぐそばにいたのは通訳のヴィジョン持ちの方で、音声通訳できるタイプだった。
「うん。「様」はいらないわ」
「かしこまりました。それではレオナ、こちらが「「距離感?!」」
まあ、いいけど。
「ええと……聖女様から……そう、話があったかと思いますが、こちらの二名が……えっと、その……同行することに……はい、なってまして」
「はあ」
露骨に怪しいなと思いながら紹介されたのは二人。
一人は体のラインがよく見えるほどにぴったりとした服装に最低限の防具だけを身につけた女性。頭に布を巻いていて、目だけが見える。斥候兼遊撃タイプだそうだ。
そしてもう一人はフードを目深に被ったローブ姿の女性。背丈よりも高い杖を手にしており、魔法を主に使う魔術師だ。
「ええと、まずこちらが「ま、間に合いました」
「はい」
いきなり背後から聞こえた、実に聞き覚えのある声に恐る恐る後ろを振り返ると、聖女サマとシャノンさんが息を切らして走ってきたところだった。
「ええと?」
「み、見送りくらいはなんとか、と思いまして」
「そうですか」
「で、そちらの二人ですが」
「昨日話しましたよね?私たちだけで大丈夫って」
「そ、そう言わずに。絶対役に立ちますから」
……役に立たないと思うんだけどな。色々な意味で。
「えっと……続けても大丈夫でしょうか?」
「いえ……ちょっと気が変わりました」
「「「え?」」」
ツカツカと聖女サマの元へ。そして、何の前触れもなく抱きついた。ぎゅっと。
「わっ」
「聖女サマ……」
「は、はひ……」
よし、思った通り。
「あ、あう……あ、あ、あ……うう……」
私の後ろでローブ姿の魔術師が、こちらに手を伸ばそうと、いや、やっぱりダメだと、戸惑っている。




