20-16
「ダンジョンへの入場制限は準備を整えてありますが、明日からとなります。申し訳ないですが、ダンジョンへ入るのは明日にしてください」
「わかりました」
今のところ、ダンジョンの様子に変わりはないとのこと。つまり、急ぐ必要はないので、問題はない。
「ダンジョンに詳しいハンターを同行させることもできますが、どうしますか?」
「この地図もあるし、大丈夫だと思います」
「わかりました。では私とシャノンが同行すると言うことで」
「え?」
なんで聖女サマがついてくるって話になるの?
「いえいえ、聖女サマのお手を煩わせるなんて」
「何も煩わしいことはありませんよ。むしろ世のため人のために役に立つ行いは聖女としての務めです」
「なるほど、一理あります。しかし……えっと、ダンジョンの周辺がどうなってるかわからないので憶測の話になってしまうのですが、ダンジョンが潰れたとき、周囲にも影響が及びます」
「ロアのように?」
「はい。小規模なダンジョンであっても、地面に亀裂が走り、陥没したりします。そうした事態に巻き込まれないよう、人々を誘導するのも聖女サマの大事な役割ではないでしょうか?」
「そんな些事、十把一絡げの神官にさせておけば良いのです」
「ええ、聖女様の仰る通り」
「言い方?!というか、些事って!大ごとですよ!」
「いいえ」
おかしい。確かにダンジョンの奥から異界の魔王が軍勢を引き連れてやってくるというのは世界の危機。つまり一大事。それは間違いない。そして、その対応のために私が来ている。こう言っては何だけど、ダンジョンコアの破壊、つまりダンジョンを潰すと言うことに関しては、私の方が経験豊富。一日の長がある。
一方で、人々を導くというのは聖女サマの一番基本的な仕事。これに関して私は聖女サマには全く敵わない。
ならば、適材適所として聖女サマが残って、ダンジョンから人を引き上げ、周囲に近づかないように誘導する旗振り役をしてもらうのが一番良いと思う。思うよね?
「レオナちゃんとダンジョンにこもる。これより優先されることなどありません」
「はい?」
どゆこと?
「考えてもみてください」
「はあ」
「ダンジョンと言えば!」
「ダンジョンと言えば?」
「薄暗く、狭く、ジメジメした閉鎖空間」
風の吹き渡る草原みたいなとこもあったような?
「そんなところにレオナちゃんと二人きり」
シャノンさんも連れて行くって、言ってませんでしたっけ?
「これはもう!」
「もう?」
「イチャコラするしか!いやむしろ、それよりも……ああっ!もうっ!……あっ!」
何を考えているのか手に取るようにわかるけど、考えないようにしつつドン引きしていたら、何か自分の中で完結したのかこちらに飛びかかりそうになったところをコーディが糸で絡め取り、そのまま宙づりにする。
「ナイス、コーディ。ボーナスよ」
「ど、どうも……って、銅貨一枚?!」
「手持ちの細かいのがそれしかないのよ」
「いえ、私は金貨でもいっこうに構いませんが」
「いいの?白金貨とかよ?」
「う……それは困りますね」
私の手持ちは白金貨か銅貨のみ。その他は全部タチアナが管理している。まあ、銅貨だけでも数百枚という単位で持ってるので、ちょっとした買い物は困らない。
ということで、私が今すぐ渡せるボーナスは銅貨になるわけです。
「それでも一枚って……」
「じゃあ百枚ね」
コーディがしょんぼりしているので百枚渡す。ジャラジャラと重くてかさばるけど、これ、あなたが望んだことなのよ?
「さて、こちらはこれとして……ということで、聖女サマには地上に残っていただきますが、それでよろしい?」
「うう……」
根気よく説得して、どうにか地上に残って人々の誘導をすることで納得させないとね。
「そのくらいならシャノンに任せておけば」
「それはそうですが聖女様、私だけではやはり荷が重いです」
「大丈夫よ、いざとなったらジジイ、じゃなかった教皇に押しつければいいんだし」
「そ、それは確かにそうですが……人々に受けが良いのは聖女様ですよ?」
「私はレオナちゃんとだけ仲良くなれればそれでいいのに」
二人の会話というか、聖女サマの思考回路が相変わらずヤバいので軌道修正しておこう。
「聖女サマ……私のお願い、聞いてくれないの?」
「はうっ!全力で当たらせていただきます!」
私のちょっとうつむき加減の涙目上目遣いに聖女サマは鼻血を吹き出しながら了解した。この人のコントロール方法はこれで把握できたけど……何かヤだなぁ。
ダンジョンに関しての準備を進めるという聖女サマを残し、シャノンさんに続いて廊下を進む。ダンジョンが気になるといえば気になるけれど、現時点ではまだ穴は大きくなってないだろうし、今回のダンジョンは階層も深い。出発が一晩遅れたところでどうということは無いでしょう。
なんてことを考えているうちに、来客用の客間に着き、コーディと中に入る。
最初、コーディと別の部屋が割り当てられそうになったところを「一緒の部屋にしてください」とゴリ押しし、部屋に入ると同時にコーディの糸でドアノブをガチガチに固め、ようやくひと息つく。
ヴィジョンの糸の良いところは、解除しようと思ったら、「バック」のひと言でほどけることだろう。実に便利ですね。
「レオナ様……」
コーディの目が「わざわざ一緒の部屋にした理由を話せ」と語っているので答えておく。
「私一人だったら寝込みを襲われるじゃない」
「私がいても襲われると思いますが」
「おかしいわね。コーディは私の護衛のはず」
「護衛よりも強い護衛対象が何を仰います」
「ぐ……あ、ああいう手合いはコーディの担当よ!」
「初耳です」
「さっき決めたから」
「いえ、あれは私の手にも余るのですが」
「それにあなたの元職場の上司みたいなものでしょう?」
「あんなのが上司だったら即職場放棄しますって」
「とりあえずドアと窓を固めてくれれば大丈夫よ」
そう言ってあることに気づき、立ち上がってとある場所に立つ。
「ここの床も固めて」
「え?あ、はい」
コーディが糸を張り巡らせて私の示した辺りに網を張る。
「あとは壁のここ、あとここ。それからこの真上と……ここの床、ここの真上」
「ここと、ここ……それからここ……まだあります?」
「んー、あとここも」
「はい。って、言われるままにやりましたけど、これは?」
「隠し通路」
「は?」
コーディが網の一部をほどいて操ると、床の一部にスッと筋が入り、持ち上がった。
「うっわ、ホントに隠し通路になってる」
「でしょう?」
なんでこんなに隠し通路があるのか。想像はしたくないけど、何かあったときに脱出するための通路だと信じたい。決して聖女サマが客の寝込みを襲うためではない、と。
まあ、あの聖女サマのヴィジョンなら、コーディの糸などあっという間に切断されてしまうだろうから、気休め程度。僅かでも時間が稼げればよいという程度で考えておこう。
「さてと……何かすごく疲れたけど、明日からのことを話しておくわね」
「あ、はい」
向かいに座るように促して話を始めると、コーディが姿勢を正した。ここからは真面目な話だと理解しているようで何よりだ。
「明日からダンジョンに行く。それはいい?」
「はい」
少々ゴタゴタはあったけど、ダンジョンについての情報をもらえたと考えればよい。何事も前向きに受け取らないとね。
「当初の予定では、聖女サマ、つまり教会との関係性が良好な場合はコーディをおいて私一人で、あまりよろしくない場合はコーディを連れてダンジョンにいくつもりでした」
「ええ」
「さて問題です。現在、私たちと聖女サマとの関係性は良好でしょうか?」




