20-15
「私が差し出した物をなんのためらいもなく食べるし」
「毒殺するくらいなら私が近づいたときにサクッとやるでしょう?」
「それはそうかも知れませんが……」
「とまあ、そんなわけで、私にもたらされた神託は誤りだったという確信を得ました」
「確信、しちゃうんだ」
「ええ」
「となると、その神託は?」
「誤情報、ではありませんね。むしろ、偽の情報を流された、と言う方がしっくりくるかと」
「偽の情報?」
「ええ。つまり何者かが神託に見せかけて私に嘘を吹き込んだ」
「そんなことできるんだ」
「できる、できない、でいえばできるでしょう」
そもそも神託がどうやってもたらされるのか、と言うところの話になるそうだ。
私の場合、直接――精神だけ(?)――神様のところに乗り込んで、お話ししてくるわけだけど、聖女サマの場合は違う。
夢の中だったり、突然気を失って神託を口走ったりというものが主で、特に後者は本人には神託の内容が記憶に残らないので、周りが大慌てになるのだそうな。
今回の場合は後者で、突然気を失ったかと思ったらムクリと起き上がり、神託を告げたんだって。
「それってどんな感じだったんです?」
「いえ、私はその場に居合わせませんでしたので」
シャノンさんとて四六時中聖女サマのそばにいるわけではない。それもそうだ。子を産んだばかりの母親だって、身の回りの世話のためにそばを離れることはよくある話。私だって前世の子育てでは子供をなんとか寝かしつけて洗濯とかしていたしね。で、そのときもいくつかの用事を済ませるべく、この部屋を離れた直後、聖女様が倒れた。
そしてその音に気付いた、警備の者が部屋に飛び込んだところ、神託がもたらされ、慌てて近くの紙に書き付けたという。
「ん?つまりそれって……その警備の方一人だけが聞いたってことですか?」
「ええ。そうなります」
「聞き間違い、書き写すときに勘違いした、とか?」
「可能性は否定しません」
「その方に話を改めて聞いてみたり、できます?」
「すぐに手配します」
シャノンさんが部屋を飛び出し、すぐに戻ってきた。
「いませんでした」
「え?」
「いませんって、どういうこと?」
「そのときの警備の者がいないんです」
「今日は休みで、出勤していない、とか?」
「いえ、今思い起こしてみると、おかしいんです」
聖女サマは教会の中ではシャノンさんの他、ある程度地位の高い者と個人的に親しい者数名くらいしか顔と名前の一致する者はいない。それは護衛に関しても同じことが言え、護衛の隊長以外はロクに名前も覚えていない。「聖女」の仕事は、机の上に積み上がっている書類からもわかるとおり、儀式的なものの他、書類仕事も多いので、周囲で護衛している者の顔と名前まで気が回らないのも無理はない。
一方、シャノンさんは聖女サマの秘書的位置づけだから、護衛の顔と名前も完全に一致しているし、聖女サマと関わるだろう教会関係者も全部把握している。
そのシャノンさんが「あんな人は護衛にいなかった」というのだ。
「どういうこと?」
「さあ、なんと言えばいいのか……うーん、あえて言うなら」
「言うなら?」
「レオナ様の仮面が外れたとき、何か頭がすっきりしたような感じがしたんです。可愛らしいお顔でしたからそのせいかと思ったのですが、先ほどドアを出てすぐに「あれ?」と思いまして」
はて、どういう……
「レオナ様、仮面が外れると色々おきますからね」
「……否定はしないわ」
コーディの突っ込みになんて答えればいいのやら。あれかしら、孫が読んでたキ○肉マンにそんな設定があったような気がするけど、まあいいわ。それはそれとしてちょっと聖女サマの顔色が悪い。
「聖女様?」
「う、ううん。大丈夫、大丈夫よ」
シャノンさんの問いかけに気丈に答えているけど、かなり無理してる感じね。
「一歩間違えば命を落としていたかも知れない……という事よね」
「!」
ズバリ指摘すると二人の表情が強ばる。
「レオナ様?!」
「コーディ、こういうのはもうズバッと言った方が良いのよ」
教会の警備体制の問題点を、ついさっき来たばかりの完全部外者に指摘される。これだけでも充分すぎるほどのダメージ。ただし、私たち――聖女サマを襲った(?)者同様の部外者――がつまみ出される可能性もある諸刃の剣。
「警備体制については一考の余地どころか、根本からの見直しも必要としておきましょう」
「聖女様?!」
「それよりも今は」
聖女サマが姿勢を正してこちらを見据える。言動はアレだけど、教会上層部という決してきれい事だけでは済まないだろう場所で暮らしつつ、信者の皆への慈愛ある態度を忘れないという肝の強さに裏打ちされた眼力はなかなかのものねと感心。
「殺そうと思えばいつでも殺せた。それなのに生かしておいた、ということですよね」
「そうなりますね」
「異界の魔王の配下と言えど、教会の警備をかいくぐって侵入するのはかなり骨のはず。偽の神託という曖昧なものだけですませているとは思えません」
おや、意外に危機感を持っている?
「つまり……レオナ様のために護り続けてきた純潔が奪わ「シャノンさん、聖女サマを黙らせて!」
「はい」
シャノンさんがにこやかな笑みを浮かべて、どこから取り出したのか金属光沢すら見える棍棒で聖女サマの後頭部を振り抜いた。直後、ボグンという、ちょっと人の身体から聞こえてはいけない音と共に聖女サマがテーブルに突っ伏し、ピクピクと痙攣する。テーブルにちょっとひびが入ってめり込んでるわね。でも血は出ていない。なるほど。神職の使う武器は流血を厭うと聞いたけど、こういうことなのね。
「レ、レオナ様……」
「コーディ落ち着いて。残念ながらまだ生きてるわ」
「そ、そうですね」
「それに……」
ダンッと両手をテーブルについて、ゆっくりと聖女サマが起き上がる。
「痛いじゃないの。死ぬかと思ったわ」
「それは残念です。世の中のためにもそろそろケリをつけるべきかと思っていたのですが」
シャノンさんが思いのほか辛辣だった件。
「でも!」
ぐっと両手を握りしめる。
「レオナちゃんにちょっと心配されたみたいだから、それはそれでいいかも!」
「私はちっとも心配してないんですけどねえ……」
さて、本題に戻れそう、かな?
「教会の警備に関しては私から言えることは何も無いわ。私が知りたいのはダンジョンのこと」
「そうですね。どうやら私にもたらされた神託が偽物みたいですからダンジョンに行くのは構わないというのが私の考えです」
おや、意外にも柔軟な対応です。てっきり「それはそれ、これはこれ」という対応をされるかと思っていたんですが。
「私たちが詳細を得ているのはロアと帝国で起こったことについてです。ロアについてはダンジョンから出てきた魔物に王が殺されかけたこととそれをレオナ様が救ったこと。帝国では皇帝に成り代わっていたのをレオナ様が看破したこと。他にも色々ありますが、神託の内容との齟齬が大きくてどういうことか、となっていたんですよ」
「で、それが解消された」
「はい。まあ、神託が偽物だということをどうやって納得させられるかという問題が残りますが、そこはなんとかします」
聖女サマ自らがどうにかするというのなら、私が口を挟むのはむしろ逆効果にもなるのでやめておこう。
「ではダンジョンについてです。まずこちらを」
「これは?」
「現時点でわかっている、最新の情報です」
渡された紙束をめくると地図とどんな魔物が確認されているかが記されていた。
……ぶっちゃけ意味は無いのよね、私の場合。だけど、厚意は厚意として受け取っておこう。




