20-14
「神託の的中率八十%」
「はい」
「二十%は外してるって事?」
「いいえ。引き起こされる事態が深刻、重大であったために、回避策を講じ、その結果、起こらなかったというものになります」
「回避策を講じなかった場合は?」
「いくつか講じなかったというか、回避する時間的猶予がなく、というケースがあります」「なるほど」
○○すれば回避できる、というところまで神託でもたらされたとしても、五分後に隣の村で悲劇が起こる、なんて内容だったら、とても間に合わない。
つまり、的中率八十%と言うのは回避しようがなかった、またはする必要の無かったもので、二十%は回避できた結果、何も起こらなかった、というもの。
「ということは、神託が外れることは無い、というのが教会の考え?」
「はい。その上で、今回の神託は……とても看過できるものでは無いという結論に至りまして、どうにかできないか、と」
「なるほど。では、肝心の神託について」
「ええ……っと、ちょっとお待ちを。シャノン、どう?」
「大丈夫です。レオナ様のお言葉は、息づかいのタイミングまで漏らさず記録しております」
ブレないなぁ……
「では神託について話しましょうか……ええと、独特の言い回しがあるのですが、それだと長いので端的に」
「はい」
それ以外の前置きが長いんですけど、指摘はしませんよ。
「異界の魔王が世界を破壊しようとしています」
「異界の魔王」
「はい。どのような者なのかはわかりませんが、世界を破壊しようとしているという時点で私たちと相容れる存在ではありませんね」
「そうですね」
「で、その魔王を倒すため、勇者がこちらの世界を訪れようとしているのです」
んん?なんかおかしな流れ?
「ですが、その勇者がこちらに来ようとするのを魔王の配下の者が妨害している。どうにか魔王による妨害を阻止し、勇者を招き入れよ。これが神託のあらましです」
「ええと……勇者がこちらにやってくる?」
「はい」
「どうやって?」
「なんでも、ダンジョンから、と」
「ダンジョン?」
「はい。ダンジョンの一番深い……ああ、私の一番深いところ、レオナ様は興味あります?」「ありません」
「そうですか。それは残念ですが、私はレオナ「話を続けてください」
「……ええと、ダンジョンの一番奥にある、ダンジョンの核。このコアって魔力の塊だそうでして、他の世界と繋がっているのだとか」
「ふむ」
「で、そのコアを通じて勇者がこちらへ来ようとしているのだそうです」
「勇者ねえ……」
「ですが、それを既にこちらへ潜入した魔王が妨害していると」
「ん?既に魔王が潜入している?」
「はい。詳しくはわかりませんが、魔王も万全ではなく、力を十二分に発揮できないそうで、まだ世界にとっての脅威にはなっていないとか」
「でも、勇者が来ると困るから先回りして妨害している、と?」
「はい」
「で、その魔王が」
「レオナ様です」
「私、魔王だったんだ」
「どう見ても天使ですけど」
「天使でもないと思うわよ」
「そんなことはないですよ。抱き心地はとてもいいですし、いい匂いもしますし。きっと「はいはい、とりあえず話を戻すわね」
「はあ……では、後ほどじっくりと」
後ほどもじっくりもお断りですけどね。
「では、その神託に対する教会の見解は?」
「見極めが必要、と」
「見極め……まあ、そうよね」
「神託がもたらされたのは三ヶ月ほど前です。そのときは魔王がどう、という話があってもピンとこなかったのですが、神託である以上、しっかりと調べるべきと、各地へ通達をしたところ」
「ああ、リンガル辺りかしら?」
「はい。ダンジョンから魔物が溢れそうになったのを阻止した者がいると」
ただ、その時点では私がどこの誰という情報が足りず、「何者かがダンジョンの奥へ向かい、コアを破壊している」という以上の情報がなかったという。しかし、それからいくらもしないうちにラガレットの教会からの情報が届き、ロアに帝国の騒動だ。動くべきという判断を下すには充分すぎる状況ではあったが、聖女様は一つの違和感を覚えた。
ダンジョンのコアの破壊によってダンジョン自体が崩壊した。そこまではいい。だが、ダンジョンのコアの破壊なんて、これまでなされたという記録はない。女神教という、長い歴史を持ち、世界で一番影響力のある組織の記録にないということは、人知れず起こったことはあったかも知れないけど、少なくとも公になったことは一度もなかったと言っていい。
それがこの短期間で行われた。
そしてフェルナンド王国で起こった魔物の大軍の侵攻と撃退。ダンジョンから魔物が出てくると言うこと自体があり得ない話とされている中で起こった事態に、教会上層部では一つの疑問がわいてきた。
「この神託、本当に正しいのか?」
神託を疑うなど合ってはならぬこと。だけど、ダンジョンの奥からやってきた者がこの世界の人々に害を為そうとし、それを退けた者がいるという事実は、疑問を抱かせるには充分だ。
そこで聖女様が一つの可能性を口にした。
「これまでの神託はともかくとして、今回の神託はどこかおかしいのでは?」
と言うのも、今回の神託、妙に長いのだ。やけに説明的で具体的で。つまり、本来もたらされる神託ではなく、神託っぽく見せかけた紛い物ではないか、と。
そこで過去の神託の記録を洗い直した結果、私という人物を見極めてみようとなった。
もしも神託が正しいのなら、神託が長くて具体的だったのは、確実に危機を回避できるようにという神様の思し召し。でも、もしも神託が正しくなかったら?
そう、逆に魔王が神託っぽく誤った情報を流し、世界に混乱をもたらそうとしたのだとしたら、私を害するなんてそれこそ魔王の思うつぼだ。
「話はだいたいわかりましたけど、それで聖女様が私に直接会うって、それはそれで危険では?」
「ええ。そういう意見はもちろんありました」
神託が正しかった場合、私と聖女様を引き合わせたりしたら、それこそ魔王にとっては好都合。女神教の頂点にいる聖女に近づいて害する好機でしかない。そこで徹底的に私のことを調べた……かった。
通常なら各国の教会に「○○について調べよ」と連絡すれば済むところ、フェルナンド王国の教会にはそれができなかった。なにしろそれまで人の行き来自体が難しかったので、そういった体制が整っていなかったのだ。そこで、私が訪れたところを中心にしつつ、ラガレットから情報を引き出せるだけ引き出し、分析した。
そして、聖女様が判断を下した。これなら会っても危険はないだろう、と。
それどころか、会うべきだとも。
もちろん、反対する意見はあった。
聖女様は聖王国では王族と同等。教会にとっても教皇に並ぶ頂点の存在。どこの馬の骨とも知れない小娘と会うなど、と。
「しかし、それらの反対を押し切りました」
「何がそこまで」
「どうやらレオナ様が私たち歴代の聖女同様に神託を得ているらしいと言うこと。そして、その言動にある種の優しさが垣間見えること。何より、その外見がとても愛らしいとのこと」
「聖女様が重視したのって三つ目だけですよね」
「ええ」
「……少しは否定しよ?」
「神に誓って嘘偽りは申せませんので」
その位は神様も見逃してくれると思うけどなあ。
それより気になるのは
「ある種の優しさが垣間見える、って何?」
「一番大きなものはロアの方たちへの対応でしょうか。普通、街に住む人まるごと引き受けたりしませんよ?」
「あ、あはははは……」
あれはねえ……開拓村の人手が欲しいっていう打算的なものも多分にあるんだよね。まあ、蓋を開けてみたらさらに人手が足りなくなったのは予想外ですけど。
「もちろんそれだけではなく、ダンジョン内で助けられたと大勢のハンターからの証言もありまして」
「ホント、手広く情報集めるのですね」
「情報は武器になりますから」
なかなか物騒なことを仰る聖女サマですこと。
「とまあ、そんなわけで私が受け取った神託が果たして、という確認が必要だったのです」
「それで聖女サマ自ら確認を?」
「ええ」
「なんの警戒もなく私を抱きすくめたり?」
「それはなんというか……じゅるり……本能に抗えず」
聖女サマの理性、仕事して!




