20-13
「ああ、そうだ。じゃあこれを」
「何ですか?」
「食べ物です」
「おお!是非!是非!」
嬉しそうなので大丈夫だろうとおはぎを一つ取り出した。
「不思議な色合いですねえ。どんなお味なんですか?」
「んー、甘いお菓子ですね」
「おお!」
「では……お皿……」
一応、私の手持ちのお皿――ただの安物です――に乗せてあるけど、そのままってのもねえ。
「大丈夫です。ほら、あーん」
大きく口を開けて待ってるけど、近づいたらダメな気がする。
「あの?ほら、こちらへ……あ、もしかして」
「ん?」
「まさか、口移し「しないわよ!人としての一線を簡単に踏み越えないで!」
「ええ……」
口を尖らせて文句を言ってくるのを余所に、コーディに皿ごと押しつける。
「え?」
「簡単なお仕事よ。これを持っていって、あの口に放り込むだけ」
「それは……そうかも知れませんが」
「大丈夫よ。見た感じ、かみついたりとかの危険はなさそうだし」
私がやったら手首まで食いつかれそうだけどね。
「それはまあ、そうですが。ほら、聖女様に対して不敬というか」
「存在自体が不敬に見えるんだけどねえ」
「……」
「不敬とか言うならそこは否定しておくとこでは?」
「ノーコメントでお願いします」
心底イヤそうな顔をしているコーディに「ボーナス弾むから」と押しつけると、渋々聖女サマの元へ。
「手……」
「手?」
「手作り?!」
違う、と言いかけて思いとどまる。嘘はいけない。だけど、全てを正直に伝える必要もないだろう。
「私が経営する店で出すために作った試作品よ」
「試作品?」
「そう。メニューのレシピとして固めるために試行錯誤した中の一つ」
「ということは、やっぱり愛情込めた手作りねっ!」
愛情は込めてないと思うわよ。作ったのタチアナだし。その辺も正直に言おう。
「愛情は込めてないわ。売れるといいなって期待は込めてると思うけど」
「期待……私、期待されてる?!」
なんの期待?
「期待はともかく、手作りなのは確かね」
「早く!早くそれを!」
「うひぃっ!」
皿を手に近づくコーディに、早くしろと催促するその姿は、聖女として以前に人としてどうかという次元で、生理的嫌悪を覚えたらしいコーディが一瞬立ち止まる。
「早く!それを!口に!」
「……レオナ様ぁ」
「とりあえず危険はないでしょうから」
「これ以上近づきたくないですよ。何か色々まき散らしてますし」
主に涎ね。あと汗もすごいかな。ホント、なんでこの国はこんなのを野放しにするどころか、国王に匹敵するような地位に据えてんのかしらね。
「どうすれば……」
「投げちゃえ」
「え?あ、そうですね。じゃあ」
ポイッと投げられたそれは正確に聖女サマの口元近くへ。さすがコーディねと感心するより早く、聖女サマが動いた。
「パクッ!ハムッハムッ……」
前世で孫が飼ってた犬にジャーキーのカケラをポイッと投げたら上手にキャッチして、それを褒めてたっけな、と思い出した。絵面がそれより数段ひどいのがなんとも言えないところかしら。
「はあああ……おいしい……」
よし、なんとかなったかな。
「ん?おかしい」
「どうかされましたか?」
「レオナちゃんの匂いがしない」
そこなの?!そこに気付くの?!
「うう……レオナちゃん、騙したのね」
「騙してなんていません!」
「だって、手作りって……」
言ったけど、私の手作りとは言ってない。
「あの、聖女サマ」
「はい……」
「試作は大勢でたくさん作ったので、どれが私の手作りか、わからなくなってしまっているんです」
「そう……ですか……はう」
大丈夫、これなら行ける。
「でも、私の気持ちは詰まってると思うんですよ」
「気持ち?」
「はい。食べた人が幸せな気持ちになって欲しいって、そんな気持ちが」
「……そう言われれば……そうかも!」
単純か!
「じゃあ、そんなわけでそろそろ神託の」
「もう一個ください」
「え?」
「おいしかったのでもう一個」
「わかりました」
と、隣のシャノンさんも欲しそうな顔をしているので二個出してコーディに渡す。
渡すと、コーディは聖女サマには先ほど同様に投げ、シャノンさんには近づいて口元へ。
「んぐ、んぐ……おいしい……ん?」
「どうかされましたか?」
「今、シャノンに食べさせた方からレオナちゃんの匂いがする」
マジですか。というか、適当にアイテムボックスに放り込んでいるからそんな区別、つかないんですけど?!
「うう……レオナちゃんがシャノンを贔屓するぅ……」
「せ、聖女サマ!ご安心を!今すぐ吐き出しますので」
もう、何か、色々ダメだわ、この二人。
とりあえず、なんとかする方法もひらめいたので、早速実行に移すとしよう。
「聖女サマ」
「何かしら?」
何かを期待したまなざしに圧倒されてしまうのをどうにかこらえる。
「諸々落ち着いたら、私の店に招待しますので、どうかこの場はこのくらいで」
「お店に招待?」
「はい。その折は私の手作りでよろしければお出ししますので」
「お店……レオナちゃんのお店」
「いかがでしょうか?」
「レオナちゃんが接待してくれるのかしら?」
「え……ええ、まあ」
ガタッと音がして、聖女サマが執務机に、シャノンさんがそのすぐ後ろに立っていた。
「は?え?えっと……」
糸で拘束していたはずなのに、あっさり抜けられたコーディが戸惑っている。うん、私も何が起きたかサッパリだわ。
「では詳しい話に移りましょう」
キリッと、それこそメガネをしていたら、クイッとやりそうな表情で聖女様が続ける。
「レオナちゃんを膝に乗せて「あーん」のためなら、どんな協力も惜しみません。シャノン、例の資料を」
「はっ」
シャノンさんが棚から紙束を持って来たので、とりあえずソファに腰掛けて受け取る。一連の流れはできる女の仕事、みたいだけど、言ってることは変態という……なんだこれはと言いたい流れ。
「ええと……神託に関する資料ですか」
「はい。と言ってもお渡ししたものは参考程度で」
「え?」
「過去にもたらされた神託の内容とその精度に関する資料です」
「つまり、今回の神託の信憑性についての話ということ?」
「そうなります」
私から見ればファンタジー溢れる世界でも、前世の記憶やらなんやらのない人々にすれば、紛れもない現実の世界。まあ、私にとっても現実の世界なんだけどね。そんなところで「神託」がもたらされたとしても、それがどこまで信用できるかというのは重要になると言うこと。
神託がどんな風にもたらされるかは知らないけど、わかりづらい回りくどい表現がされていたりしたら、内容を曲解してしまうかも知れない。そんな懸念もあって、こういう記録をキチンとつけている、と説明された。
また、同時にこれは教会の立場を明確にするためとも。
教会が神託に基づいて行動するとき、何らかの不利益を被る人もいる。その不利益が、ちょっと不便を強いられるレベルなのか、一族郎党処刑されるレベルなのかは神託次第。ちょっとの不便なら「まあ、仕方ないか」と受け入れられるレベルだろうけど、一族郎党処刑というのは当人はもちろん、周囲もおいそれとは受け入れられない。それでも強行すれば「教会はいったい何を考えているんだ」ということになる。そこでこの神託に関する調査結果資料だ。




