20-11
「コーディ、ちょっとこっちに」
「はい」
一番距離をとれる隅っこへコーディとともに移動し、どうするか相談しよう。間違いなくいえることは一つ。この部屋にいる中で一番の常識人は私たちだけだ。
「失礼ながら申し上げます」
「何?」
「レオナ様は……変態を呼び寄せる才能でもあるのですか?」
とりあえずスパンとハリセンで頭を張っておいた。
「さて、一応コーディの感想を聞きたいんだけど、あれ、本当に聖女様だと思う?」
「それは多分、間違いないかと」
「どうして?」
敢えて言わない。あんな変態で聖女様だなんて、とは。
「身につけている物です。あの首から提げている物、わかりますか?」
「うん」
円を基調とした何かの模様を描いた金色の何かが揺れているのが見える。
「あれ、司教以上が身につける法具でして、邪気を祓い場を清める力があります。司教以上が、という時点で彼女の地位が相当高いことは間違いありませんし、シャノンさんが嘘をついているとは考えにくいので、やはり聖女様で間違いないと思います」
「そう……邪気を祓う、ねえ……」
「えーと……その、私もそういうふうに聞かされているだけでして、実のところ本当にそういう効果があるのかは知りませんというか……ああ、そうだ!純粋!純粋な気持ちは邪気と見なされないのでは?」
「そういうことかぁ」
人間の三大欲求、食欲、睡眠欲、性欲は本能に基づくもの。仏教なんかでは煩悩扱いされていたりもするけれど、それ自体は害悪な物では無いという解釈もあるとかないとか。
つまり、聖女サマの過剰な愛情表現も、そこに邪なものがない、純粋なものならば、教義的にはOKなんだろう。かなりこじつけ感があるわね。
けど、そもそも人として、こんなのを聖女サマに祭り上げるってどうなのよって思う。
「聖女ってどういう基準で選ばれるの?」
「さあ……」
フェルナンド王国では知る由のないことだもんねえと思っていたら吊るされているシャノンさんから声がかかる。
「聖女様の選定基準、知りたいですか?」
「んー、あまり知りたくないような」
正常な精神の持ち主ではなく、どこか突き抜けた変態であること、なんて条件はないわよね?
「神の代行者、です」
「ほへ?」
こちらの返答を待たずにシャノンさんが続ける。
「ええ」
「神の代行者?」
「ええ。そう呼ばれるヴィジョンを顕現させた者が聖者、聖女として認定されます」
「神の代行者と呼ばれるヴィジョン?」
「はい、そこに」
シャノンさんが糸で拘束されたまま指し示した部屋の隅には、ふわふわと宙に浮いた、豪華な装飾の杖があった。というか、今までそんなものが存在したこと自体気付かなかったよ。聖女サマのインパクトが強すぎて。
「杖……」
「必ずしも杖ということはないのですが、我が国では時折、あのような神の代行者と呼ばれるヴィジョンを顕現させる者が生まれます。そうした者を教会で保護、教育しながら教会の仕事を学ばせます」
「へえ」
そして、何らかの理由で聖人、聖女が引退すると、次の聖人、聖女として就任するのだという。
「ふーん。そう言えば、聖女様って呼んでるけど、名前は?」
「ありません」
聖女に就任した時点でそれまでの名前は捨て、聖女と名乗るのだそう。引退すると、教会から名前を授けられるそうだけど、聖女になる前の名前とは違う、らしい。
という事で「聖女様」としか呼びようがないということね。
「私としては、レオナちゃんの好きなように呼んでくれて良いのですよぉ」
「変態はちょっと黙ってて」
「んほぉ~、し、辛辣なところが、また!」
認めないわ。あんな、天井から吊られた状態でクネクネと気持ち悪く身をよじらせて、変態と呼ばれると喜ぶようなのが聖女だなんて。くねらせる度にコーディが不快そうに顔をしかめるのがまたなんとも哀れを誘う。
「ああっ」
「ん?」
「いいわぁ……その、蔑んだ視線」
「え……」
「いいわっ!かわいらしい顔と視線のギャップ!もう!これはっ!」
ため息をついて、床に転がり落ちていた仮面を拾い上げて身につける。が、なぜかコロンと落ちた。
「え?」
「どういうことなのでしょうか……」
拾い上げて紐を耳にかける。なぜか外れて落ちる。慌てて拾い上げてもう一度。また落ちる。
「……まさかと思うけど、これが神の代行者の力?」
「その通りよっ!すごいでしょう?!」
私が仮面をつける度に、ふわふわ浮いているだけの杖が一度クルンと回したように動き、紐がスルリと外れて落ちる。神の代行者なる力が、神様の力を一部引き出して行使するとかいうのだとしたら、私の仮面を外すくらいは造作も無いのでしょうね。
能力の無駄遣いってこういうことなのね。
実際には難病を治したり、凶悪な魔物を退けたりという力を持っていて、聖女様はそういう方面での活躍を期待されているはず。もっとそういう方面で使ってやって欲しいというかやるべきだと思う。
「あらレオナちゃん」
「何かしら?」
「私が私のヴィジョンをどう使おうと、私の自由でしょう?」
それもそうか。私の知る限り――なおフェルナンド王国限定――ヴィジョンの使い方に制限をするような法はない。もちろん、犯罪に使ったりしたら逮捕されて相応の処罰が下されるが、それは制限というか、ヴィジョンを使おうと使うまいと犯罪はダメだというそれだけ。そうでない範囲に於いてはどう使おうと自由。
例えば、私が私のヴィジョンに命じてあちこちの店でバイトさせて生活費を稼いだとしても、それを咎められることはない。まあ、私からの命令以外聞かないし、融通も利かないので単純作業ですらさせるのには不安があるからやらないけどね。
つまり、この聖女様が自分のヴィジョンを使って、私の仮面を外したとしてもそれを咎める法はない。単に私がクレームを入れるだけである。
「ん?もしかして……私たちと同じ、フェルナンド語を話せるのも?」
「そうよ。私のヴィジョンの力よ」
とんでもない能力ねえ。
「レオナ様、これ、使うべき方向に使えばすごく役に立つのでは?」
「そうね……一応聞くけど、今までの聖女様はどんなふうに使っていたのかしら?」
「さあ……詳しいことはよくわからないわ。少なくとも人々の癒やしのために使っていたのは確かね。私もそうだし」
「レオナ様、先代はともかく先々代は、護衛騎士隊長に一目惚れして、自分に惚れるようにしていたらしいとの噂があります。似たような例は五代前、六代前でも」
とんでもない情報がぶっ込まれたわ。
「周りは止めなかったの?」
「止められると思います?」
なんて答えれば良いのやら。まあ、当人同士が幸せで、周りで不幸になる人がいなかったなら良いかな。
「確か十代前は略奪「聞きたくないわ!」
これ以上教会の闇は聞きたくないのでお断りしておく。ついでに聖女に対する認識は改めた方が良さそうね。
「ということでえ……レオナちゃん。私といいこ「半径三メートル以内に近づかないで!」
言って数歩下がる。
「ちぇ……」
ちょっとしょんぼりしているが、ここで情けをかけてはいけない。なにしろ、ポタポタと涎が垂れ落ちているのだから。
「ええと……そろそろ本題に入りたいんだけど」
「私の養子になるために必要な書類は机の上に用意してあるわ。あとはレオナちゃんの署名だけよ」
「何を書いてたかと思えばそんなのを書いてたのかーい!」
話が全然進まないわ……




